第22話 新城明里の過去と未来

第二十二話 新城明里の過去と未来


サイド 剣崎蒼太



 一夜明けて五日目。十二月二十二日の朝。


 魔瓦とも三人で電話越しに相談し、本日は魔法陣の研究を行う事に。とにかく時間制限でランダムに死ぬのをどうにかする。それさえ解除できればこれ以上戦う必要はない……はず。


 直近の問題は自分達以外に唯一生き残っている『人斬り』。


 彼女の行動原理は正直意味が分からない。強いて言うなら、『殺す事』自体が目的の様にも思える。


 というのも、あれほどの暗殺者……暗殺者というには堂々とし過ぎている気もするが、人斬りとまで世界中で呼ばれているというのに殺害依頼について貴賤を問わな過ぎている。


 普通殺し屋と言うのは金目的で殺しをする。危険な相手を狙うのなら相応の金銭を要求するし、依頼額に不満なら依頼を受けない場合もあるという。まあ、金に困っていてそれこそ子供の小遣い程度の金額で殺しを行う人もいるらしいけど。


 だが、それにしても人斬りの依頼は振れ幅が大きい。このバトルロイヤルが始まる直前に行われた犯行は『イギリス某大臣の暗殺』。あまりニュースを見ている余裕はなかったが、ネットでは彼を切り殺す人斬りの姿がアップされていた。


 で、その更に前に行われた犯行は『高校のいじめの主犯と取り巻き三人の殺害』。依頼者の提示金額は千円。そちらも調べたら新聞の端っこに殺された者達の名前があったので実際に殺されたのだろう。


 これらを考えると、『人斬りは殺す事こそを目的とした猟奇殺人鬼』という可能性が高いと思えてくる。


 微妙に違和感の残る人物評だが、なんにせよ『殺し合う意味はなくなったからやめよう』と言っても聞かない可能性がある。最悪、バトルロイヤルを滅茶苦茶にしても命を狙ってくるかもしれない。


 また、こちらはほとんど推論なのだが……。


「人斬りって、複数いない?」


「ですよねぇ」


 午前一杯それぞれ魔法の解読やら準備をしていた新城さんと昼食のオムライスを食べながら、そんな話をする。


「あの人、一番有名な三カ国の要人襲撃の時だって時系列がおかしかったですからね」


「だよなぁ。移動時間が変だ」


 飛行機で移動するにしても、中国、ソ連、アメリカと次々移動していてはあのペースで殺せるはずがない。それもあの時代だ。今よりも国から国へ海を渡るのは大変のはず。今も『人斬りとは同じ顔に整形した暗殺集団である』と噂されるのはそういう理由だ。


 ワープ系の異能持ちかもしれないが、それにしたっておかしい。少し前に見たバラエティーでは、まったく同時に別の国で犯行におよんでいた姿が防犯カメラに写っていたのだ。


 自分達は奴がただ『整形しただけのそっくりさん』でない事を知っている。というか、ただ整形しただけで自分の感知を誤魔化せるならその方が怖い。これでも邪神産だぞ?


 と、なるとだ。人斬りは最低でも三人に分身している可能性がある。どこの忍者だ。


「本体とか、いるのかねぇ」


「いるといいですねぇ……」


 思わずため息をつきそうになる。


 そう、本体がいるのならいい。それを叩けば他の分身も消える可能性が高いから。


 だが問題は『全て本物』のパターン。この場合分身と言うより分裂と言うべきか。こっちのパターンだと、全滅させないと殺しきれない事になる。


 正面からの強さは不明。だが暗殺者の怖い所は『いつどこで殺しにくるかわからない』所だ。二十四時間三百六十五日ずっと気を張っていられる人間なんていない。


 だから、本来なら後手に回るのは悪手。こちらから探し出し、やられる前にやるのが理想だ。


「本体も何も見つからないんですけどね」


「それな」


 自分は新城さんに言われればわかる程度。そして彼女も視界内にいる場合のみ索敵可能。魔瓦に至ってはたぶん真ん前にいても気づかない可能性有り。そんなんでどうやって探せと。


 魔瓦の信者に東京中の監視カメラをハッキングしてもらい、それを新城さんに視てもらうとも考えたが、どう考えても無理なので却下となった。


「……ごめん、せっかく料理作ってもらったのに暗い話を」


「そうですね。そこはこれほどの美少女が作った手料理に感涙むせび泣きながら、美味しさのあまり昇天しながら食べるべきです」


「昇天はしちゃやばくない!?」


 いや美少女の手料理なうえに美味しいから凄く嬉しいんだけども!?これが最後の晩餐かもと一瞬頭をよぎるからやめて!?


「というか、新城さん本当に料理上手いな。ここまでご飯お世話になりっぱなしだけど」


「いやぁ、こっちとしても片付けや掃除をしてもらって楽ですよ」


「いやいや、こっちが泊めてもらっているわけだし、それぐらいは」


「……なんの会話しているんですかね、私達」


「……つ、つきあいたてのカップルみたいな。なんて」


「うわキッモ」


「ごめんなさい調子乗りました」


 涙目で頭を下げる。うん、ダメだ女の子相手の冗談の範囲ってどこまでなのかがわからない。男内だったらもう少し上手いギャグとか場を和ませる自信があるのだが。


 ……いや、それができていなかったから生徒会崩壊したのでは?


「ごちそうさまでした」


「はい、お粗末とは言い難い我ながら美味な食事でした」


 あ、そこは『お粗末さまでした』とかじゃないんだ。いや、確かに美味しかったけども。


 ここでツッコむと一時間ぐらいの自画自賛を聞かされそうなので自分と彼女の食器を片付け、エプロンをつけて流しで洗い始める。


「あー……なんで食後ってこうも動きたくなくなるんですかね」


「え、それはほら。お腹に血の巡りとかがいっちゃうとか」


「そういう話ではなくですねぇ……あっ」


 突然途切れた言葉に、首だけ振り返ってみれば新城さんが机に肘をついて手に顎をのせていた。


 少し上体が前にいくだけで机に胸がのるとは。あれでまだ中学生……!日本の未来は明るい。


「そう言えば、私の過去話って言ってなかった気がしますね」


「あー、そう言えば」


 少し前に話す流れになった時、こっちの話に『胸焼けする』と言ってさっさと寝てしまったのを覚えている。


「どうせだから今話しちゃいましょうか。私が家事も完璧なスーパーエリート美少女である所以もそこにありますし」


 否定はしないけど凄い自信だな、スーパーエリート美少女って。


「実は私、小さい頃にお母さんが病気で亡くなっているんですよ」


 ……やべぇ、初手から重い。さっきまで机にのった巨乳の事を考えていたのが申し訳なくなるレベルで重い。


「昔から体の強くない人だったんですが、私を産んだのが一番大きかったんじゃないですかね。その少し前に私から見て叔母が……母さんの妹さんが亡くなっているのもありましたし」


 これ、食器を洗うの中断して聞くのに専念した方がいいのだろうか?いや、けどここで突然手を止めるのも不自然?いや不自然でもいいのか?


 ど、どうしよう。タイミングが。タイミングがわからない。


 つうか人に胸焼けするほど濃い話って言いながら自分だってとんでもない過去ぶっこんでくるな!?


「私のお父さんって、やたら家を空ける人なんですよ。仕事に逃げているふうでもないけど、ほとんど家にいない。偶に家にいる時は私の事を全力で甘やかしてくれる人です」


 新城さんのお父さん。ある意味一番謎の人である。


「お父さんが普通の警官でないのは知っています。詳しくは聞いてませんけどね。ただ、せがめばどんな事でも教えてくれましたよ。漫画の影響で軍隊格闘技を学びたいと言えばマンツーマンで見てくれましたし」


 あ、やっぱ普通の警官じゃないんだ。だろうなとは思っていたけど。


 というか父親に軍隊格闘技を教えてという娘も娘だが、それに答える父親もどうなの?


「だから、寂しくはなかったですねぇ。お手伝いさんも寄越してくれようとしましたが、私が拒否しましたけど。この家には私が認めた人以外出入りしてほしくないですし」


「えっ」


 思わず振り返る。自分はそこまで信用されるような事をしただろうか。


 自然と彼女と目が合うと、新城さんは苦笑を浮べてみせた。


「剣崎さんの場合私が浮かれていたのもありますが、命の恩人でしたからね。悪い人にも思えませんでしたし」


「……いいや、俺は悪い奴だよ」


 少なくとも、自分のために他人の命を次々踏み潰せるぐらいには。


「そんな顔をしても説得力ありませんよ」


「だけど」


「はいはい。今は私の話をしているんです。野次はほどほどに。私の天使もかくやという美声に酔いしれていてください。」


 ひらひらと面倒くさそうに手を振った後、新城さんが天井を見上げる。


「……出会った時、私の願いはどこにでも行ける翼って言いましたよね」


「……ああ」


「あれ、天国でも地獄でも行き来できるためなんですよ。お母さんがどっちにいてもいいように」


「天国はまだわかるけど……」


「まあお母さんは私を産んだだけあって聖女と呼ぶに相応しい人でしたが、魔導書が保管されていたのはお母さんの金庫でしたからね。魔法使いが綺麗ごとだけじゃ済まないのはここ数日でよくわかりましたよ」


 そう、魔法使いはその技術を高めるほど、人としての倫理観は捨てられる。


 当たり前だ。基本的に魔法の発動は『生贄ありき』。自分のような例外を除いて、己の身だけでは足りるわけがない。


 大規模な術式を使いたければ、相応のサイズをもった生贄がいる。そうなると、人間と言うのは非常に『手頃』な生贄だ。相手と手段を選べば、警察にだって捕まらないかもしれない。


 優れた魔法使いとは、本来の摂理から外れ人の道から逸れた『外道』なのだ。


「お母さんに、もう一度会いたかったから……この戦いに?」


「正確には、私の顔を見せたかったんですよね」


 少し勢いをつけて、新城さんが椅子から立ち上がるとその場でクルリと回ってみせた。


「『貴女の娘はこれほど立派に、可憐でお淑やかでしかも聖母のごとき慈愛に満ち溢れた美少女に育ちました』って。そう伝えたかっただけなんですよ」


「相変わらず、凄い自信だな……」


「おや、私は過ぎた謙遜をして周囲に嫌味を言う趣味がないだけですよ?」


 唇に人差し指をあて、怪しく微笑む彼女に思わずため息がでた。それは呆れからか、歳に見合わぬ妖艶さからか。たぶん両方だ。


「だけどこれは必要のない事だと、自分の中で結論がでました」


 かと思えば、今度は両手の平を上に向け、ニッコリと今度は太陽のような笑みを浮べる。


「私がこれほど綺麗に成長するのは自明の理!強いて言うなら不器用なお父さんについて、今もなんだかんだ元気ですと伝えるべきかもしれません。ですが、私がいるのだから問題ないのはわかっているでしょう!ですので、よく考えたら伝える事がありません!」


 自信満々に腰に手を当てて笑う彼女が、人差し指をこちらに向けてくる。


「色々な感謝の言葉は墓前で一方的に言えばよし!ですので剣崎さん!私は協力の代価として要求した願いを叶える権利を取り下げます!」


「……なら、同盟は解消かな?」


「いいえ、新しく別の代価を要求します!」


 少しだけ試す様に笑いながら問いかければ、思った通り即断で否定された。


「この戦いが終わった後も同盟を組んでくれる事を望みます!私が助けを呼んだらいつでもどこでも駆けつけてください。剣崎さんが大変な時は気が向いたら助けてあげます」


「気が向いたらかぁ……」


「私を動かすのは高いですよ?}


 相も変わらず自信満々な新城さんに、苦笑がもれる。確かに彼女を動かすのは大変そうだ。


「わかった。じゃあこの戦いが終わった後も、お互いに助け合うという事で」


 そう言って差し出した右手を、彼女が即断で握ってくる。


「ええ。このパーフェクト美少女と手を組めたこと、末代までの誇りにしてもいいですよ」


 握られた細く白い手は、しかし自分よりも力強く感じられた。


「……まあ、このパーフェクト美少女の手をもってしても安全に魔法陣を解体する方法は、まだ浮かんでないんですけどね!」


「だよねぇ」


 そんな方法がわかっているのなら、彼女は喜び勇んで伝えに来るタイプだ。


 へにゃりと力なく笑う新城さんに、逆にこちらは得意げな笑みを作ってみせる。


「ちなみにこっちはもう調整が終わって、別の魔道具の準備に入っているぞ」


「なんですと!?というか別の魔道具って!?」


「まあ、保険?」


 そう、保険だ。


 こんな予想、外れてしまえばいい。そんな、ゴミになるべき代物だ。


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