第18話 決裂

第十八話 決裂


サイド 剣崎蒼太



「マジかぁ……」


 こちらの話を聞いた魔瓦が、頭を抱えてうめき声をあげる。


 まあ、こんな情報もってこられたらそりゃあこうもなる。もしもこの戦いを生き残っても、邪神が地上に降臨したら世界は十中八九滅ぶのだから。少なくとも現在の社会は完全に崩壊する。


「この情報を他の転生者にも伝えたら、どうにか停戦できないかなぁ」


「可能性は低いと思います。相手にこちらの情報を信じる理由がありませんし、そもそも話が通じるかどうか……」


「だよねぇ……」


 金原も人斬りも今までの経歴を考えると、とてもじゃないがまともな思考をしているとは思えない。更に言えば、金原は自分をかなり敵視している。腕を切り飛ばして片足を失う原因を作っただけなのに……いやそりゃ恨むわ。


「とにかく、私達の今後の方針としては『金原と人斬りに対処』しつつ『邪神の降臨阻止』かな?」


「そうですね。どっちも対応しないと、お互い死にます」


「「はぁ……」」


 二人そろって大きくため息をつく。片方だけでもかなりの難易度だというのに、同時に両方解決しないといけないとは。


「……地下の魔法陣について、私に考えさせてもらってもいいですか?」


「新城さん?」


 それまで黙っていた新城さんが、魔導書を胸に抱きながら話に加わる。


「剣崎さんが私よりも魔法の知識があるのは知っていますし、魔瓦さんも凄い人なのはわかっています。けど、お二人とも魔法陣をどうにかする余裕はないですよね?」


「それは、そうだけど……」


「……頼めるか?」


 不安げな魔瓦を横に、新城さんの目を見ながら問いかける。


「はい!」


「魔瓦さん。彼女の言う通り俺達は金原と人斬りで手一杯だ。魔法陣については新城さんにメインで動いてもらいましょう。もちろん、彼女一人では難しい場面ではそちらにも加わるべきですが」


「うーん……けどその子、現地の子なんだよね?異能があるわけでもないし……」


「確かに私はお二人みたいな凄い魔力を持っているわけではありませんが、私が持っている魔導書は『召喚する事』に特化しているので、力になれるはずです」


「魔瓦さん。なにも一から十まで彼女に任せるわけではありません。ただ、メインでやってもらうだけです」


「……わかりました。困った事があったらきちんと相談してくださいね?」


 まるでお姉さんのように魔瓦が新城さんに語り掛ける。いや、彼女の方が年上だと頭ではわかっているのだが、見た目のせいで子供が大人ぶっているように見えてしまう。


 ……大丈夫。自分はまだ、揺らいだりしていない。


「まずは居場所のわかっている金原をどうにかしませんか?」


「え?人斬りを先に探した方がいいんじゃ?」


「これについては申し訳ないんですが、自分は金原に恨まれていますので……」


「ああ、なるほど」


 下手に外を歩き回ると、金原に捕捉される可能性がある。奴との遭遇戦は絶対に避けたいし、昨日の様子だと周囲に人がいてもお構いなしに攻撃を仕掛けてきそうだ。


「わかった。元々彼女を倒すための同盟だしね」


「よろしくお願いします」


 そうして対金原の作戦を話し会っていく。


 現在四日目の午後二時。もう、猶予はなかった。



*        *        *



帝都ホテル。そこから一キロほど離れたビルの屋上。随分と見通しの良くなってしまった今なら、日が沈み月と星明りが照らす中でもホテルの最上階を見る事が出来る。


 そこに一人立ち、ホテルの方を見つめる。スマホに魔瓦から連絡が入り、小さく深呼吸をしてから耳にあてた。


『こちら準備できたよ。そっちはどう?』


「ええ、問題ありません」


『……ごめんね。一番危ない役を』


「構いません。元々、奴の正面に立つのは俺の予定でしたから」


 作戦の第一段階。『金原を魔瓦の迷宮に誘い込む』。その為に自分が魔力を垂れ流し、場所を金原に知らせる事で奴をおびき寄せる。


 その際に、『金原に説得を試してほしい』と魔瓦に頼まれたのだ。


『やっぱり、私が説得を』


「いいえ。魔瓦さんでは奴の攻撃を正面から防げません。貴女が死ねば、作戦が崩壊します」


 本音を言うと、勘弁してくれといった感じだ。せっかく金原がワンフロア貸し切りにしているのだから、奇襲でフロアごと吹き飛ばしたいところだ。


 だが、自分と魔瓦の同盟は現在対等なものではない。


 魔瓦はやろうと思えば金原側に自分の事を売り払う事も出来るのだ。自分と金原が勝手に潰し合うのは彼女にとって都合がいいはず。まあその後が問題だろうが、それは自分と協力した場合も同じ。金原亡き後俺をどうするかという問題が出てくるのだから。


一番質が悪いのは魔瓦としてはそんな事を一切考えておらず、単純に『話し会えばわかってもらえるかもしれない』というかなり甘い考えのもと提案してきたっぽい事か。


 まあ、もとより奇襲でフロアごと吹き飛ばしても奴に大したダメージを与えられる気がしないし、下の階への被害を考えると避けたいのは自分も思っていた事だ。


『……わかった。渡してある携帯が今なら金原の部屋の電話に繋がっているから、お願い』


「はい」


 魔瓦の所の信者に、機械関係に詳しい……詳しすぎる人がいるらしい。ぶっちゃけヤバい奴じゃね?とは思う。鎌足といい、手駒が多いというのは本当に厄介だな。


 魔瓦に渡されていた使い捨て携帯を使い、金原の部屋に電話をかける。三コール後、電話がつながる。


『はい……もしもし』


 不機嫌さを隠そうともしない声が聞こえる。間違いない、金原武子だ。


「お久しぶりです、金原さん」


『は?……誰ですか、あなた』


「貴女と同じ転生者です。本日はお伝えしたい事があり電話をさせて頂きました」


『っ……!お前、もしかして鎧のやつか!?』


 電話越しに重い物が倒れたり転がったりする音が響く。かなりの動揺と、怒りを感じ取れる。まあここまでは推測通り。


『殺してやる!よくも私の腕を!治るまでどれだけかかると思ってるんだ!』


 あ、やっぱ生えるのね、腕。そんな気はしてた。バトルロイヤル中欠損したままなら別にいいけど。


「あれは不幸なすれ違いとしか言いようがありません。謝罪は出来ませんが、一刻も早い回復を祈らせていただきます」


『ふざけるな!お前!お前神様から貰える固有異能欲しさに私を攻撃したな!』


 は?何言ってんだこいつ。


『お前のせいで街がこんなになったんだ!私は正しい事をしているのに、お前らが好き勝手するから被害が広がったんだ!責任とれ!自分で首を斬って謝れ!』


 あー……うん。なるほど。少しだけ金原がどういう奴かわかった。


「落ち着いてください金原さん。どうか、私の話に少しだけ、ほんの少しでいいので耳を貸して頂けませんか?」


『うるさい!死ね!』


「――貴女に世界を救ってほしいのです」


『……は?』


 キンキンとした金切り声が一瞬止まる。


「この東京の地下に、邪神を召喚する魔法陣があります。転生者同士の殺し合いは、その邪神を呼び出すための生贄を用意するものだったのです」


『……なにを言うかと思えば。お前、頭おかしいんじゃないの?』


 お前が言うな。


「いいえ、事実なのです。私も最初は驚きを隠せませんでしたが、実際に地下へ向かうと魔法陣らしき物があったのです。金原さんがご宿泊しているホテルのフロントに証拠の資料を預けてあります」


『ふざけるな!神様がそんな事するはずないだろ!』


「人に殺し合いをさせる神が、善神だとお思いですか?」


『そ、それは……』


 丸め込めるか……?ここで金原を味方に出来るなら、それはそれでありだが。


「どうか、貴女に世界を救ってほしいのです。これは貴女にしかできません」


『私にしか……』


「そうです。矮小な身である我らにはどうする事もできません。しかし、御身ならば救えるのです。どうか、救世主となっていただけませんか……?」


 のるか、反るか。はたして……。


『……信じられない。お前は私欲のために被害を広げた悪党だ。私を騙して、利用しようとしてるんだ!』


 ――ダメか。


「お待ちください!どうか話を」


『うるさいうるさいうるさい!死ね!死んじゃえ!どこだ!ぶっ飛ばしてやる!』


 交渉は決裂。今の流れだったなら、魔瓦に任せた方がよかったか?……いや、ダメだな。それはダメだ。奴に任せるのは危なすぎる。主に自分が。


 一方的に通話が切られ、ホテルの窓が壁ごと吹き飛ばされるのが見える。金色の翼をはためかせた金原が、周囲を睥睨していた。


 使い捨て携帯を放り捨て、自分のスマホで魔瓦に連絡をとる。


「交渉は失敗。予定通りいきます」


『……わかった』


 スマホをしまいながら、鎧を身に纏い剣を構える。魔力は抑えず、垂れ流しだ。当然ながらこの距離で気づかれないはずもなく、金原がこちらを向くのがわかった。


「そぉこぉかあああああああああ!」


 ここまで響くほどの大声をあげたかと思うと、猛スピードでこちらへと突進してくる。フェイントも何もない真っすぐな軌道。だというのに反応するだけで精一杯だ。単純に速過ぎる。


 奴の左手にギリギリで剣を合わせる。相手は片手、こちらは両手。本来なら勝負にすらならないはずの状況で、しかし圧倒されるのは自分だった。


「ぐぅ……!」


「しぃねぇええええ!」


 衝撃と同時に後ろへ跳ぶ。それでなお全身に響く鈍痛に、兜の下で顔をしかめる。


 後ろへと流れていく体。そして勢いそのままに拳をねじ込みに来る金原。奴とて実在する生物だ。この速度ならば、慣性の法則には逆らえまい。


 自分の背後に現れた迷宮の扉。そこに自分と金原は砲弾のような勢いで跳び込んでいった。


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