第11話 討伐令

第十一話 討伐令


サイド 剣崎蒼太



 先制したのは金原武子。彼女は手の平に魔力の塊を生み出すと、それをアバドンの顔面へと無造作に放った。


 それに対してアバドンは無反応。ただし、雷撃が奴を守る様な動きをみせ光弾を撃墜。大きな爆音が響く。


 そしてお返しとばかりに雷撃が金原武子に迫るが、凄まじい速度で飛行する事でそれを回避している。なるほど、あの雷撃も魔力で生み出されたものだからか雷速と言うにはやや足りない。


 しかし、それは決して雷撃が遅いという事ではない。雷速には遠くとも、音よりは速いだろう。


 両者ともにまるで音の壁など障子紙に等しいとでも言うかのように、容易く人外の速度にて攻防を続ける。


 その光景を腕で新城さんを抱えて運びながら視界の端で観察し、兜の下で冷や汗を流す。


 どっちも規格外としか言いようがない。互いの攻撃の余波だけでビルが崩れ地面が大きくめくれあがる。奴ら、この街を地図から消すつもりか。


 新城さんにはとりあえず持っている石を全て渡しておいた。これで煙を防ぐなり、避難誘導なりしてもらうとしよう。


 とりあえず被害の酷い場所に降りるか?状況を知りたい。こうも火と煙が充満していては、地上の様子がわからない。


 そう思って燃え盛る街並みに降り立ち、周囲の惨状に絶句する事となった。


 崩れ去った家屋。焼け落ち、看板が今も燃えている何かの店。公園だったと思しき場所は、大きな穴だけが残っている。


 そして、所々に見える焼け焦げた『なにか』。


「あ、ああ……」


 脳が理解を拒絶する。しかし、第六感覚はそれが何なのかを理解してしまう。あの大き目の塊に包まれるように崩れている、黒い炭が何だったかを叩きつけてくる。


 どれだけの人がここで……ここまで目を逸らして来た事実に、足元がぐらつく。当たり前の話だ。あんな化け物が暴れていて、死人が出ないはずがない。まして東京は人の密集地帯。その、死者数は……。


 人が、人が死んでいる。もうすぐクリスマスだと浮かれていた子供たちが。それを見ながらプレゼントを用意していた大人達が。全て、全て炭へと変わっている。


 ふと、脳裏に昨日自分が犯した罪が浮かび上がる。


 鎌足尾城。彼が燃え尽きていく姿が刻み込まれる。彼はきっと、決して善人ではなくむしろ悪人と呼ぶべき人間だっただろう。あの戦いは、正当防衛と言えなくもない。


 だが、それは自分が人を殺した事実を許容していい理由になるのか?もし、もしもそれを『仕方がなかった』で済ませてしまった時、自分は――。


「剣崎さん!」


 耳元でした大声に、意識が浮上する。


「落ち着いてください。私を見て、呼吸を合わせてください」


 新城さんに視線をやれば、彼女は頬に冷や汗を流しながらも必死に笑みを浮べていた。


 自分とて、この光景に思うところがないわけではないだろうに。まだ中学生の子供がこちらを励まそうとしている。


「ごめん。大丈夫だ、ありがとう」


 優しい子だ。だからこそ、自分が情けない。


 今すべきは死者を悼む事でも、ましてや勝手な罪悪感に飲み込まれる時でもない。この子を協力者として巻き込んだのならば、この子の前だけでも『戦士』でいよう。


「残念だが、ここに生存者はいない。移動しよう。それに、煙は君にとって危険だ」


「は、はい」


 地面を蹴って跳びあがり、もう一度奴らの戦いへと視線を向ける。未だ人外の戦いは続いており、轟音が遅れてやってくる。


 戦いは膠着状態。互いの攻撃は有効打とならず、撃ち合いが続いている。


 少し移動すると、火の手に囲まれた人々を発見した。数は三十ほど。状況的にかなりまずい。


 その場に降り立つと、いくつかの悲鳴が聞こえた。それ以外は声を上げる事すら難しいという事か。


「な、なんだ!?」


「あ、悪魔だぁ!」


「俺達はもう終わりなんだ……!」


『落ち着いてください』


 血の石を喉にあて、新城さんが彼らに魔法で呼びかける。今回はスピーカー越しではなく肉声だ。その効果も当然のように高い。


 自分も右手を差し向け、指輪の力を起動する。この人数をいっぺんにか。だが一人一人治療する時間もストックもない。炎を分散、怪我の重さは第六感覚でどうにか把握しろ。そう自分に言い聞かせながら、魔力を流し込む。


 倒れている人、座り込んでいる人、足を引きずっている人へと火の玉が飛んでいき、患部に燃え移って治療を開始。数秒程で動く程度なら問題ないぐらいまで回復させる。


「こ、ここは……?」


「あ、あれ?私お腹に鉄パイプが……」


『大丈夫です。今から助けます。できるだけ煙を吸わない様に、なにか布で鼻と口を守ってください』


 とりあえず治療は成功。右手に剣を呼び出し、塞がっている進行方向に振りぬく。


 魔力は最小限に。ひたすら筋肉のみで叩きつければ、彼らの精神を蝕みはしないはず。


 剣圧で炎を振り払いながら瓦礫をどかし、道を作っていく。そして左手で抱えた新城さんが魔法で先導。どうにか避難は出来ている。


 その時、第六感覚に反応。金色の光弾が高速で飛んできた。最低限の魔力で放った炎で迎撃し、空中で爆散させる事には成功。


 今の攻撃は間違いなく金原武子の物だった。馬鹿な、奴はこの状況で他の転生者まで相手取る気か!?


そう思ったのだが、どうも様子がおかしい。こちらに視線をよこしていないし、意識は全てアバドンに向いているように見える。


 どうやら、単純な流れ弾らしい。金原はまるで機関銃のように光弾を連射し続けている。それが一割ほど街に降り注いでいるのだ。


 これは、本当に東京が地図から消えるかもしれない。


 十分ほどかけて、どうにか火の手が回っていない大通りまで出る事が出来た。


『あとは真っすぐこの道を行って駅に避難を。そこまで行けば大丈夫です。駅員さんの誘導に従ってください』


 彼らが走っていくのを見送ると、アバドンのいる方角から莫大な魔力反応。慌てて振り返ると、奴の口腔が発光しているのが見えた。


 ここからでもはっきりとわかる強い光。まるで太陽が突然現れたかのような極光が周囲を照らし出す。


 次の瞬間、その膨大な熱量が解放される。金原に、たった一人の人間に放たれたそれはあまりにも強大な『剣』だった。


 ビル複数を瞬く間に貫通。よく見えないが、あれは触れた個所が融解しているのがわかる。


 辛うじて回避に成功した金原を追うように、光の剣が迫る。アバドンはぐるりと首を回し、光線を振り回したのだ。


 たったそれだけの行為。それだけで、景色が一変した。


 焼き切られて崩れ落ちていくビルの群れ。掠めてすらいないのに燃え始める家々。崩壊した建物や光線の余波だけで大地がめくれ上がり、土砂が降り注いでいる。


「化け物め……!」


 思わずそう呟く。未だ認識が甘かった。あれは間違いなく自分から見ても埒外の存在。生物と呼べるかも怪しい『何か』だ。


 今からでも金原に加勢するか?いや、そうなればそれこそここら一帯全てが滅ぶ。逃げ遅れた住民とか関係ない。現在避難している人が集まっている場所まで消し炭になる。


 とにかく避難を急がせよう。その後、自分も参戦する。勝てるかはわからないが……いいや、勝つのだ。手段は浮かんでいないが、どうにかして奴を倒さなければならない。最悪金原に倒してもらってもいい。その後が問題だが、とにかくアバドンだ。


「新城さん、俺は救助を続ける。君は」


「逃げろって言うつもりですか?」


「いいや、行けるか?」


「もちのろんですよ。急ぎましょう」


「わかった」


 ……新城さんも、決して余裕があるわけではない。かなり体力を消耗している。


 無理もない話だ。自分と言う移動手段はお世辞にも快適とは言えないうえに、走り回るのは火の海だ。今は持たせている血の石を使い自分を保護しているようだが、魔法とは魔力は補填してもかなり神経を使う。本来ならこうも連続で多用する物ではない。


 これは、どこかで彼女も避難場所に投げ込む必要があるか。


 新城さんにも意識を向けながら、そこから五回ほど先ほどと同じような手順で逃げ遅れを救助して回る。


 どうやら、第六感覚とはかなり汎用性が高いらしい。どちらに行けば生存者がいるか、かなり大まかだが察しがついた。


 その時、戦闘音が止んでいる事に気づく。いいや、破壊音は続いている。だが、それらは雷鳴のような物のみ。金原の攻撃が止まった?


 不審に思い視線をアバドンの方へと向ければ、金色の光で編んだような鎖が奴の巨体に絡みついていた。それらの先端は大地へとのび、一本だけでもかなりの太さを持っている事がわかる。


 しかし、それでもアバドンは止まらない。雷撃で地面ごと鎖を砕きながら、強引に歩を進めようとしている。


『GYEEEEEEEEEEEEEEE―――!!』


 では、金原はどこにいった。あの鎖はどう考えても奴が作った物。術者はどこに……。


『ぴーんぽーんぱんぽーん!』


「っ!?」


 またか。今度はいったいなんだと言うのか。


『緊急事態だ!転生者諸君!金原武子を止めたまえ!』


「は?」


 何を言っている。少し前にどうにかしてアバドンを倒せと言ったくせに、どういうつもりだ。


『彼女は私の警告を無視し、東京丸ごと破壊してアバドンを殺すつもりだ!』


「……うそだろ」


「剣崎さん?」


 心配げな新城さんに、小声で『また例の声だ』とだけ返す。


『彼女が今からやろうとしている事を見過ごせば、東京は抉れ飛ぶ!急いで止めるんだ!』


 焦っているようにみせて、裏で嗤っているような声。それを不快に思いながらも、視線を上にむける。


 ああ、そんな事言われなくってもわかっている。いいや、わかってしまった。


 先ほどまで黒い雲に覆われ、地上で燃え盛る炎が光源となっていた街並みは、まるで昼間の快晴なみに明るい事だろう。


 なんせ、今まさに雲を押しのけて『太陽』が姿を現したのだから。


 金色に輝く、新しい太陽。直径にして一キロは優に超えているだろう魔力の塊が、東京上空に出現した。


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