第4話 外道の手

第四話 外道の手


サイド 剣崎蒼太



 あの後、少女の案内のもと彼女の家へと向かった。第六感覚に意識を集中させながらだったが、どうにもこちらの感覚よりも少女の『目』とやらの方が高性能な気がする。


 本当に何者なんだこの少女。まだ少しふらつく少女はこちらの腕を掴んでいるが、これはもしかして歩くのが大変というより俺を逃がさない為では?


 腰まで伸ばした銀髪を一本の三つ編みに緩くまとめた少女は、それを尻尾のように揺らしながら玄関を開けて入っていく。


 それにしてもでかい家だな。豪邸とまでは言わないが、それに近い気がする。東京都内でこれって、かなり金持ちなのでは?


「どうぞー、無駄にでかいだけの家ですが、そのぶん部屋は余ってますので」


「は、はあ」


 ……あれ、これもしかして前世今生合わせても初めて女の子の家に来たのでは?おいおいマジかよ緊張してきた。


 まあ、この少女がわけわからな過ぎて怖いから緊張しているのもあるが。


 一見容姿以外普通の少女。だが、自分の第六感覚よりも優れた感知能力を有している。わかり易くやばい奴も怖いが、こういうのも怖いんだよなぁ……。


 客間らしい所に通され、『着替えてきます。ついでにお茶入れて来ますからちょっとだけ待ってくださいね』と言われ、咄嗟に『あ、お構いなく』としか返せなかった。


 ど、どうすればいい。今になって鎧の下で冷や汗を流す。


 前世新人とはいえ社会人。そして今生では中学で生徒会長を務めた。これでも対人スキルはそこらの中高生よりも高い自信がある。


 だが、前世今生合わせても、十代の女の子とまともに話した事なんて、碌にないのである!


 碌に!ない!十代女性とのコミュニケーション歴合計して一時間いくかどうかレベル!その内容も事務的な物のみ!


 中学の教員もほぼ男性。女性もいたが六十を超えていたはず。申し訳ないが、十代の少女とは比べる事はできない。前世だって同世代とはほとんど……。


 え、義妹?義理とは言え妹だからノーカンでは?というか最近反抗期だし……。


 野郎相手ならある程度ベラ回しできる自信は少しだけある。少なくとも前世よりはだいぶコミュ力自体は上がったはず。だが、女子相手、だと……!?


「お待たせしました~」


「あ、どうも」


 ドアの近くでつっ立ていると、少女が戻ってくる。さっきまでの黒ゴス衣装から、白ゴス衣装に着替えていた。それそんな早く着替えられる物なの?


 というかさっきまでの間に逃げるのはありだったのでは?いや、この少女の正体知るまでは目離せないわ。


「あれ、まだ鎧着てたんですか?」


「あ、いえ、顔を見られるのは」


 なんかおしゃれなおぼんを手に苦笑いを浮かべる少女が、ソファーの近くにある机に紅茶のはいったカップを置いていく。


「そう言われましても、もう顔知ってますよ?」


「えっ」


「私を助けに来てくれた時、青い炎が出る直前バッチリ顔見えてましたし」


「えっ……あ」


 そう言われれば、テンパリ過ぎた結果最初鎧も身に着けずに歩み出てしまった気が。


 これは……特大ミスやらかしたのでは?


「というわけで鎧脱いでくださいよ~。その恰好でソファー座られたら破れちゃいますし、かっといってお客様が立ったままは私の沽券にかかわるんです~」


「え、あ……はい」


 一瞬ライターで暗示をかけるか迷ったが、あれはもう残り一個。慎重に使いたい。なによりあれはあくまで『誘導』。本人が『そうかも』と思っているのを『そうだよ』と後押しするぐらいしか出来ない。


 もう諦めて鎧を解除しよう。さ、最悪『喋れない』ぐらいに頭を叩かせてもらおう。ちゃ、ちゃんと生き残ったら治しに行くから……嫁入り前の女の子にそんな事をするのは気がひけるが、こっちも命かかってるし。


 あの怪物から助けたって事でチャラにしてくんないかなー……。


「おー、やっぱり凄いイケメンさんですね!いやぁこの顔一瞬でも見たら忘れる人いませんよ!」


「ソウデスカ」


 まあ、うん。バタフライ伊藤と同等の美貌ってそりゃ忘れんわ。自分もあの顔忘れてないし。


 前世ではイケメンに怨嗟の感情を抱いていたが、今生はイケメンの苦悩というやつも理解できた。主に中学生活で。


 なお、じゃあこのイケメンフェイスを捨てたいかと言えば絶対にNOだ。


 モテたい!


「ささ、じゃあこちらにどうぞ。温かいうちに紅茶も」


「あ、はい」


 少女の勧められるままソファーに座り、対面に少女が座る。おお……やっぱおっぱいでけぇ。


 余裕のある雰囲気で少女が紅茶を一口飲んで口を湿らせる。これは、もしかして少女側も緊張している?


 よく考えたら当然か。少女からしたら自分は彼女を殺しかけた怪物を瞬殺した人型の怪物だ。そんなのをこうして家に招き入れただけでもかなりの度胸と言える。


 恐らく、『わざわざ姿を晒して助けた事』『助けた後彼女を放置して立ち去ろうとした事』『ここまでのコミュ力不足全開の立ち振る舞い』から『よほどの事がなければ自分を殺しにこない』と判断したか。


 思ったよりも頭の回転が速いらしい。それだけになんであんな杜撰が召喚をしたのが謎だが。


「まず自己紹介からしましょうか。私は新城明里、見ての通り超絶美少女中学生です。歳は十四歳で、最近『魔法使い』になりました」


「あ、はい」


 自分で超絶美少女って言ったよ。いやそれは認めるけども。確かに美少女だけれども。


 それにしても魔法使いか……転生する時バタフライ伊藤が『裏社会に存在している』と言っていたが、直接目にするとは。


 だが、それ以上に驚くべき事がある。


「十四歳……」


 思わず言葉がもれ、視線が一部に向かう。最近の子って発育すげぇ……!いや、だが同い年の義妹はたいへんスレンダーな体つきというか、水泳部なだけあって泳ぎやすそうな肉付きだというのに。


 十四歳でこのサイズだというのなら、高校生になる頃にはいったい……!日本の未来は、明るいと言っていいだろう。


「……あの、もう少し視線隠しません?」


「はっ!?す、すみません!」


 慌てて視線を逸らして頭を下げる。『まあいいですけど』と言って貰えたので顔を上げるが、小声で『うわー、最初の騎士様、王子様って空気完全に死んでるよ……』って聞こえた。ふっ、このチートボディならそれぐらいの小声はっきり聞こえるのさ。


 泣いてなんかないが?


「俺は佐藤宗次郎。高校一年生だ。こちらも魔法使いだよ」


「はいダウト」


「 」


 マ?頑張って生徒会長モード出して適当な嘘ついたんだが?え、秒でバレんの?


「嘘だなんて。これでも真面目に答えたんだが」


「真面目に嘘つきましたよね?気づかないとでも?」


 これは……第六感覚の反応からしてブラフではない。だが理性の方で判断するなら完全に見抜いているふうでもない。


 言葉選びからして『嘘はついていないが本当も言っていない』と言った所か。恐らく、最初っからこちらが偽名を告げると読んでいたな。そのうえで鎌をかけたか。


 あー、ダメだ。全然頭が回らない。そもそも自分は自頭のいい方ではないし、色々ありすぎて碌に舌が回ってくれないのだ。


 ……虎穴に入らずんば虎子を得ず。ここは本当の名前を告げるか。真名を話すと魔法で攻撃を受けるかもしれないが、一応呪術対策はしている。今は彼女、新城さんの正体を暴くため信用をとるか。


「すまない。魔法に関わる者として、本当の名前を教えたくなかった。俺は剣崎蒼太。中学三年だ」


「なるほど、確かに魔法使いにとって『真名』は大切ですね」


 これは『自分はそれをわかったうえで言ったんだぞ』って牽制……ではないな。単純にテンションが上がっているだけみたいだ。


 なんだろう、この『サンタさんに出会った幼稚園児』ぐらいのノリは。生徒会活動でやった幼稚園へのボランティア思い出すな。


「ではでは、お互いの名前を知れたわけですし、ちょっとお互い質問しませんか?答えるかどうかは別として、ね?」


「……そうだな。色々と聞きたい事もある」


 新城さんが自分の膝に手を置いてやや前かがみになる。くそ、乳が!


「貴方はどういう目的で東京に?」


「バトルロイヤルが……」


「えっ」


「あっ」


 しまったぁぁぁぁぁあああああ!?


 俺は馬鹿か!?前屈みになって揺れるパイ乙に目がくらみ、頭がピンク色に染まり過ぎていた!


 くそっ、前世から合わせて四十を超える童貞にして、男子校生活。それがここまで異性への耐性をさげているだなんて……!


 な、なんとか、誤魔化せるか……?


「バトルロイヤル?なるほど、それで『黒い着物の人が貴方を探すみたいに動いていた』んですね」


「っ、そう、それだ。こちらが聞きたいのは」


「はい?」


「君は何故、その人物に気が付けた?」


 黒い着物、か。十中八九人斬りだな。一応後でもう少し詳しく聞くか。近代史でトップクラスに有名な人物だから、新城さんも顔を知っているだろうし。


「ああ、それですか。ふふっ、聞きたいですか?」


「それはもちろん」


「私のスリーサイズより?」


「……ああ、当然だな」


「……そこは即答して下さいよ……私の能力の価値が……」


「……ごめん」


 なんとも言えない空気になる。しょうがないんだ。突然巨乳美少女のスリーサイズとか言葉が詰まっちゃうんだ。きちんと状況は理解できている。


 具体的に言うと『自分が凄まじく不利な事』は。


「ごほん……ではお話ししましょう、私の能力を」


 新城さんが自信満々に胸をはる。おっぱい。


 それにしても、あんまり手の内を隠したいという感じがないな。むしろ自慢したそうにしている。これ、やっぱり魔法使いじゃなくって偶然力を手に入れただけの子供なのでは?いや、魔法使いの価値観って知らんけども。


「私は先の召喚こそ失敗してしまいましたが、得意なのは『視る』事です」


 黙って続きを促す。こういう人は勝手にペラペラと喋り続けてくれるものだ。逆に遮らないと延々続くけど。


「この能力に気が付いたのは三日前のこと」


 めっちゃ最近じゃねえか。


「街中を歩いていると、ストリートパフォーマーを見かけましてね。手品をしていたんですよ。なんかの大会で優勝するぐらい有名な人でした。まあ、私はそういうの詳しくないですけど」


 まあ自分も手品の類は詳しくないな。あまり興味がないのもあるが、今生はそれ以上に忙しすぎたし。


「で、ですね。私も少しだけ立ち止まって眺めていたんですよ。そしたら、なんと手品の種がぜーんぶ視えてしまいましてね」


 うわぁ……なにその手品師殺し。


「どうやら私は『隠してある物、人』をまるっとバッチリ見抜いてしまう目を手に入れたようなんですよ。ふふっ……これが選ばれし者というやつですね」


 なんか浸っている感じに笑う新城さんをよそに、少しだけ思考を巡らせる。


 隠しているモノを見抜く、ね。先ほどまでの会話から、たぶん『言葉の中』にある隠し事は見抜けないようだ。となると、物理的に隠れている存在に対してのみ有効と言う事か。


 看破……というよりは『観測』?自分に与えられた知識は魔道具に偏り過ぎているので、そこまで詳しくはないのでなんとも言えないが。


 一番重要なのは性能だな。転生者が本気で隠れているのにそれを見つけるとは。しかも黒い着物の人物が人斬りであったなら、彼女は『衆人環視の大国のトップを斬り捨てて歩いて帰る』という化け物だ。


 当然どこの国も当時の最新技術と人海戦術を駆使したはず。なのに彼女を発見する事はついぞ出来なかった。


 一応『下手人を捕らえた』という報道は中国やソ連でされた事がある。だが、中国で処刑された人物は整形させられた別の囚人とわかっているし、ソ連正当政府は映像すら公表していない。どう考えても逃げられただろ。


 それを新城さんは見抜いた。まさに神の目が如き……よそう。この表現はなんか失礼な気がしてきた。新城さんに対して。


「私はこの能力を『ワールド・サーチャー=ネクスト』と名付けましたよ。ふっ、ちなみにネクストの部分は『新時代さえ見抜く』という意味合いで付けまして。具体的には」


「待った。その前に聞きたい。その黒い着物の人物はあの有名な人斬りか?」


「むっ。ええ、そうですね。前に見た暗殺事件の映像に写っている人そっくりでした」


 少し不満そうにしながらも新城さんが答える。やはり、奴か。


「けど、おかしくないですか?彼女、映像と比べて全然老けてなかったですよ?はっ、もしかして子供?一子相伝の暗殺術が……!」


「いや、たぶん本人だ。彼女も『人ならざる力』を持っている」


 バタフライ伊藤産のチートだから文字通り『人ならざる』だな。自分もだけど。本体は人間だからこうして困り果てているわけだが。


「なるほど。確かに彼女も特別な存在ならあの暗殺劇も頷けますね」


 新城さんが紅茶を口に含む。どうやら少し落ち着いてきたらしい。話をして少しガス抜きができたか。


「ではこちらから質問です。そのバトルロイヤルとやらは何故起こっているのですか?」


「……色々だ。質の悪い神様からの試練らしい。優勝者には何でも願いを叶えてあげるそうだ」


「願いを?」


 ピクリと、新城さんの眉が揺れる。どうやら叶えたい願いがあるらしい。まあ、なんでもと言われたら誰だって一つぐらい欲しい物は出てくるか。


「もっとも、本当に質の悪い神様だからな。願いを叶えると言うのも罠がありそうな気がするよ」


「そう、ですか」


 例えば『世界一お金持ちになりたい!』と願ったら『金持ち過ぎて全方位から狙われる』ぐらいの事は普通にオプションで付けてきそうだな。『その願いだったら当然こうなるよね』と嘲笑いながらやるだろう、バタフライ伊藤なら。


「だから個人的には強制参加のこの『殺し合い』を生き残る事が目的だ。願いについては……ついでぐらいにしか考えてない」


 というか考えないようにしている。神様の『願いを叶えてやろう』は大抵ヤバい事になるってギリシャ神話パイセンが言ってた。


「そのうえで言っておきたい。この東京は戦場になる。今のうちに家族や友人を連れて逃げろ。今日見た事は忘れて、二度と魔法になんか関わらない人生を歩んだ方がいい。君は美人だし、家もお金持ちみたいだ。きっと魔法なんか使わずとも輝かしい未来が待っているよ」


 これは紛れもない本心であり、警告だ。『感情』からの言葉と言っていい。


 吠えたてる理性を押し込め、精一杯言葉を捻り出す。


「期間は今月の24日の夜まで。その間東京を離れるんだ。ご家族への説得が難しいなら、俺も手伝う。だから、逃げろ」


 必要なら最後のライターも使おう。馬鹿な事をと我ながら思う。本当に人命を尊ぶなら、今すぐテレビ局にでも乗り込んで異能を見せびらかしながら避難を訴えればいいものを。これは単なる自己満足だ。


 だが、こうして顔を合わせて話してしまったのだ。情もわく。それに一度でも救った命、無駄に散らされるのは腹が立つ。こちとらかなりのリスクを背負って助けたのだから余計にな。


 だが、この警告が無意味だとは察していた。


「ふっ、この新城明里に戦場から逃げろと?」


 無駄に自信満々な笑みを浮べて、新城さんが足を組む。


「ご心配には及びません。親は仕事で四国の方に行っていますし、友達は家の都合で海外に。ここにいるのは私だけ。なんの憂いもありません」


 熱に浮かされた愚か者。夢に焼かれたか、はたまた欲に溺れたか。


「手を組みませんか、剣崎さん。私の目は有用なはず。それに助けてもらった恩返しもしたいですから」


「……何を望む。恩返しだけで命を懸けるわけじゃないんだろう?」


「おやおや、私はこう見えて義理堅い人間なんですけどねぇ」


 随分と芝居じみた話し方だ。いや、彼女には本当に演劇じみたものなのか。状況に、異能に、自分自身に。酔って浸って楽しんでいる。


「ではそうですね……貴方がついでと言ったなんでも願いを叶える権利、私にいただけませんか?」


「確かに俺にとっては不要なものだ。だが、あらかじめ願いの内容を聞いても?」


 もとより、あの邪神が叶えてくれるという話は信用できないからくれてやるのは構わない。自分の最優先目標は『五体満足でこの戦いを生き残る事』だ。


 だが、新城さんの願い次第ではここで殴り倒す必要も出てくるが、はたして。


「どんな所にでも行ける翼。宇宙でも、天国でも。どこにだって自由に行き来できる翼が欲しいです」


 芝居がかった口調から、彼女本来と思しき話し方に戻る。第六感覚、そして今までの経験からして嘘には思えない。


 その願いなら、自分に危険は少なそうだ。更に言えば、『他に叶える方法があるからやめておけ』という忠告が出来るものではない。


 なら、ここは『理性』に従うとしよう。


 自分が生き残る為なら、手を汚す事も厭わない。人を殺すという意思は、東京に来る前に固めたはずだ。


「わかった。同盟を組もう、新城さん。一緒にこの戦いを勝ち抜こう」


 笑顔を張り付けて、立ち上がり右手を差し出す。それに新城さんは迷うことなく立ち上がって握手をしてきた。


 感情では、中学生の女の子を殺し合いに巻き込むのは嫌だ。


 だが理性は新城さんを使い潰せと結論出している。


 公園での一件で複数、最低二つの陣営に姿を見られた可能性が高い。『未知』というアドバンテージが大いに傷ついた自分が生き残るには、『目』が必要だ。他の転生者の情報を得るための手段が。


 左手の爪が掌の皮膚を突き破ろうとするのを抑えながら、右手で彼女の手を優しく握り返した。


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