王妃シンデレラの花嫁候補たち

ときわ はな

第1話

 彼は明日、十六になる。

 立派な成人として認められる歳だ。

 大人たちの会話に加わることを認められ、政治に口を挟むことも許される。

 だがひとつだけ、意にそわないことがあった。

 明日、彼は自分の伴侶を見つけねばならなかった。

 彼の誕生祝いの式典が催される六時から十二時までの間に、王太子妃、やがては王妃となる女性を選ばなければならなかった。

 一人前と見なされることは嬉しかったが、本心を言うとそれだけは不満だった。

 父王の話では、このパーティーに対する人々の思い入れは、一種異様なものがあると言う。

「いっそ男の手をとって、こいつを妃にしてやると言ってみたかったな。皆のものはどんな反応をするだろう」

 あっはっは、と父は笑ったが、彼はやれるものならやってみたいと思っている。王国を自分の代で終わりにさせてもいいのなら可能な話だが。

 父王自身の時は運命的な出会いがあったおかげで、事なきを得た。

 今、父王の横で編み物をしている女性がそれだ。

「明日のパーティーでは、このレースを胸元に飾って出て下さいまし」

 三十を過ぎたとは思えないほど愛らしい笑顔で話しかける。いつも笑みを絶やさない人だ。名はあるはずだが、何故か人には灰かぶりと呼ばれている。貴族の出なのに、あまり王妃らしくない。信じられないことに城中の掃除や家事を一人でこなしてしまうのだ。使用人たちは泣いているそうだが、それが彼女の幸せなのだからと、父は勝手にさせている。

「なにか悩みでもおありですの? せっかくの男前さんが台無しですわ」

 彼はこの母には何を相談しても無駄だとわかっている。いつもほがらかで、人の悩みも些細なことと笑い飛ばす。なんでも小さいときには義理の母や姉たちに苛められたそうで、多少のことには参らないのだ。幼い時に不幸のどん底にあった人は、昔に比べたらと何でも軽く乗り越えられる。きっとこの人はいつまでもいつまでも幸せな人だろう。

「いいえ。私も父上のように、素敵な女性に出会えるといいなと思って……」

 十六の彼には理想の女性像もあいまいだった。

 美しさにもそれぞれある。ましてや気立ての良さなど、そう簡単に見抜けるものではない。父は幸運だったが、表面的なことに騙されてとんでもない悪女を妃にした日には、末代まで悪名がついてまわる。曾祖父がいい例だ。稀代の面食いで絶世の美女を妃にしたのはいいが、浪費癖がひどかった。諸侯にも借金をしまくり、あわや王室崩壊の危機に陥ったのだ。

 女はわからない。どうやって本性を見抜いたものか。

 いっそブスを、と思いもするが、それでは国民が納得しない。妃は少なくとも「可愛らしい」と言ってもらえる女性でなくては、支持が得られない。とくに女性陣の眼は厳しく、反発を受けたら最後だ。王室の人気は国の安定に大いに影響するから、軽々しく変な女は選べない。

「いっそ誰かが選んでくれれば楽なのに」

「何を仰いますの。あなたが明日、結婚相手を選ばなければ、それだけ同世代の男性の結婚が遅れることになるんですよ」

 迷惑な話だが、貴族はこの日のために何年も前から準備をしてきているものだという。上は三十から下は八才まで王子の妃候補が待機しており、この五年の間は、我が娘こそをと思う親たちは、一切他の男を寄せつけない。政府はこの間の出生率の低下に頭を痛めているが、明日、彼が相手さえ見つければ、貴族の子弟たちは「王子が選ばなかった女性たち」と交渉を始められるというわけだ。

「わかっています」

 彼の学友や側近たちも、独身の者がほとんどである。意中の女性がいるのに交際もできないのが実情で、申し訳ないと思っている。

「 明日私の選ぶ女性が、母上のように細やかに気のつく女性だと良いのですけれど。もしもはずれてしまったら、よろしくご教育下さいませね」

 何気なく彼は言って立ち上がった。

 父と母は顔を見合わせた。何か思いついたようだったが、気持ちの沈んでいた彼はそれに気づかず、両親に就寝の挨拶のキスをして自分の寝室に戻った。

 明日、やがてやってくる彼の治世の命運が定まるのだ。


「お美しい!! いや、さすがに陛下が顔で選んだ王妃の子供だけある!!」

 衣装部屋から彼が出てゆくなり、駆け寄ってきたエセルバートが叫んだ。幼い頃からの学友の一人だ。

「まずいなあ。どんな女も惚れちまうかも。なあユリウス。あの娘だけは選ぶなよ。頼むから」

「私はお前とは趣味が全然違うんだから、心配しなくていいよ」

「そっかあ。お前、マザコンだもんな。ベリルみたいな女は好みじゃないか、そりゃいいや」

 エセルは貴族の三男でユリウスの大の親友だった。口は悪いが憎めない。エセルは上機嫌でユリウスに抱きついてきた。

「エセル。せっかくのシルクがしわになる。やめろよ」

「お。舶来品じゃん。さすが王子様。すげー、刺繍がしてある」

 しばらく二人でじゃれていると、教育係のロレンスがやって来て咳払いをした。痩身で背はすらりと高く、エセル同様舞踏用の衣装を纏っているが、本人に華やかさに欠けるためか今ひとつそぐわない。

「殿下。お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう」

「わたくしはこの日を楽しみにしてまいりました。どうか今までと変わらず、勉学に励み、身体をきたえ、友と語らい、良き統治者としてのたゆまぬ努力をお続けください」

 ロレンスは感慨深げに述べた。三十前だが、老成したような一面がある。国一番の学者の息子であることから、二十代の若さで王子付きの教育係として仕えてきた。ユリウスは友として師として、ロレンスを尊敬している。

「今日からよーやく解禁だぜ。ロレンス。目当ての女性、いるんだろ?」

 エセルが小躍りしながら師に尋ねると、ロレンスは困ったような顔をして笑った。「いえ、残念ながら……。せっかくですので、今日は王子のお側につかせて頂いて、観察しようかと」

 他の男たちとは別の意味で、ロレンスは王子の成人を、結婚をさきのばしにしてきた理由にしていた。興味がないわけではないのだろうが、体力勝負の教育係に他のことに気をまわす余裕はなかったようだ。

「それいいな。ユリウス、パーティーの間、俺がついててやるからな」

 ユリウスの心中は複雑ではあったが、ロレンスやエセルが側にいてくれるのは心強かった。一人きりで女性に囲まれるのは心細かったし、気の聞いた助言をしてもらえるかも知れない。

「いや、従兄もさあ、このパーティーに出たがってたんだぜ。なんせ国中の貴族の娘たちが集まるなんて、十五年から二十五年に一度だもんな」

「あ、実はわたくしの父も先王陛下の成人パーティーで、陛下と御一緒させて頂き、母を見初めたそうです。母は田舎の出ですからね。こんな機会でもなければ父と会うこともなかったろうと申しております」

「俺たち、すっげえ幸せモンだよなっ」

 羨ましいなと思う。彼らのように気楽な身分であれば。不安でこうして立っているのさえ辛い。しかしなんとしても今日中に妻を選ばなければならない。万一収穫が得られなかったら、今度は若い貴族たちに殺されてしまう。

「殿下」

 エセルとロレンスはその声のする前にユリウスの後ろに下がり、膝を折っていた。「母上」

 王妃は華やかに着飾って現れた。緑色のドレスは布から自ら裁断した手製で、宝石も以前の王妃たちに譲り受けたものをアレンジしてある。一説に彼女は国で一番のデザイナーで、パーティー以前にドレスのデザインは絶対に公表されない。一流の感覚と腕を持つ彼女のモードは常に都の流行となるため、貴族の奥方は皆悔しがっているそうだ。

「よくぞここまで御立派に」

 王妃はエセルとロレンスを見やった。

「あなた方のお陰です」

 ユリウスはこんな母親がたまらなく愛しかった。自分の心を代弁してくれるかのように、大切な友と師をねぎらってくれている。この細やかな気遣い。心からこんな女性がいたらと思う。

 王妃はユリウスの胸元に昨夜まで編んでいたレースを飾ると、一歩下がって眺めた。満足がいったのか、王妃はうなずいてから微笑んだ。

「そうだわ。陛下からお話があるのだったわ。おいで下さいまし」

「はい。エセル、ロレンス。また後で 」

「あら、お二人にも来て頂きたいの。家臣たちも呼んであるから」

 ユリウスの顔に不安がよぎるのをエセルは励ますように見つめ返した。視線が斜め上に動き、ロレンスと目が合うと、何故か彼は笑った。

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