第44話 魔王対勇者その弐(後編1)

 

 どさっ……


「……えっ?」


 ガイおにーさんの、勝負をかけた一撃。

 わたしの目には、一瞬の閃光にしか見えませんでした。


 魔剣の一撃は相手を真っ二つにしたものの、ガイおにーさんも膝をつき、地面に倒れ込みます。



 じわり……



 地面に広がる、赤い水たまり。


「ガイっ!?」


「私も手伝います!」


 真っ青な顔をしたノナちゃんと、回復術士の冒険者さんが慌てて駆け寄り、ガイおにーさんに回復魔法を掛けています。



「あ……うあっ」



 両手が震え、足の先が冷たくなっていく感覚。

 どう見ても、軽いダメージじゃありません。


 格闘術を中心に鍛えてもらっていたので、魔法はまだ駆け出しのわたしに出来ることは何もありません。

 ようやくつかんだ、わたしとノナちゃんの幸せな日常が……失われてしまうかもしれない。


 最悪の可能性が頭をよぎる中、背後から不快な声が聞こえます。



「んなぁっ!? デニス殿がヤられた!?」

「もっと兵隊を集めろ! 傭兵団の頭を奪うチャンスだぞ!」

「おい、女もいるじゃねぇか! 殺さずにとらえろよ!!」


 仲間を斃されたというのに、欲望にまみれた声、声、声。

 なんという人たちでしょうか!!



 ぷちっ!



 わたしの頭の中で何かがキレました。


「ゆるっ……さないっ!!」



「ひゃっは~っ! オレはこっちのつるぺた貰いッ!!」


「!!!!」



 ぶんっ……バキイッ!!



「ふげうっ!?」


 失礼な言動への怒りも込めた上段回し蹴りがスキンヘッドAさんを捉えます。


 ベキイッ!

 ぼちゃん!


 植木を真っ二つにしても勢いは止まらず、向こうにある噴水の中に落ちるスキンヘッドAさん。


「な、何だこのガキっ!?」


 小さな獣人族の女の子 (服装は悪の幹部っぽいですが)が大男を一撃で蹴り飛ばしたことに驚いたのか、一瞬たじろぐスキンヘッドさんたち。

 その隙を逃すレナちゃんではありません。


「レナちゃん風神らんぶっ!!」


 全身のバネを使って飛びあがります。

 右膝が一番近くにいたスキンヘッドBさんのアゴを捉えます。


 バキッ!


「がふっ!?」


「まだまだっ!!」


 ベキッ!


 ドガッ!


 その反動を利用し、スキンヘッドCさんの顔面に右ストレート!


「こ、このガキャッ」


 ズドンッ!


 飛び掛かって来たスキンヘッドDさんの腹に下段蹴りを叩きこむことも忘れません。


「ぐはあっ!?」


「つ、強いっ!?」

「おい、我々も加勢するぞ!!」


 冒険者さんたちも戦いに加わります。

 数十人のスキンヘッドさんたちとの乱闘が始まりました。



 ***  ***


(か、回復魔法……かいふくまほうっ)


 頭の中がぐちゃぐちゃになったまま、あたしは震える手をガイのお腹に伸ばす。

 鎧には大きな傷がつき、ざっくりと刺さった大きなナイフを伝って真っ赤な血が地面に流れ出している。


「…………」


 ガイは意識を失っているのか、僅かに口を動かす他はあたしの声にも反応しない。


「ふっ、くうっ!」


 大丈夫、ガイはまだ生きてる。

 そう自分を鼓舞するものの、ガイに教えてもらった術式がどうしても組みあがらず、魔力を練ることが出来ない。


「大丈夫よ、落ち着いて深呼吸して……私も手伝うから」


 回復術士の女冒険者さんが駆け寄ってきて、あたしの肩を抱いてくれる。



 ぱああっ



 女冒険者さんが回復魔法を唱えたのか、青白い魔法の光がガイの脇腹を照らす。


「くっ……このダメージはっ」


 あまり状態は芳しくないのか、女冒険者さんの表情が歪む。


「たあっ!

 くらえっ!!」


 レナ姉が他のスキンヘッドどもを抑えてくれている。


(あたしも……しっかりしなきゃっ!)


 すううっ


 大きく息を吸い込むと、ようやく心が落ち着いてきた。

 いたずらするのは勘弁してほしいけど、あたし達を苦しい生活から救ってくれたガイ。


 ここでその恩を返さないでどうするのノナ!!

 かちかち、かちんっ!


 頭の中で、何かが組み上がる感覚。


「はあっ!!」


 ぐんっ!


 出来上がった術式に気合と共に全魔力を込める。



 ぱあああああっ……カッ!!



「な、なんて回復魔力なの!?」


 自分でも驚くほどの魔力が放出された。

 青白い、むしろ真っ白な光はガイの全身を包み……。


 ずるっ……からん。


 ガイのお腹に刺さっていたナイフが抜け、地面に落ちる。


「……うっ……もしかしてノナか?」


 青白かったガイの顔に血色が戻り、ガイはゆっくりと目を開けた。


「!! 良かった!

 どこか痛むところはない!?」


「ああ……俺としたことがこの程度の攻撃で意識を失うなんてな……」


「ガイっ!」


 感極まったあたしはガイに思いっきり抱きつく。


 ぎゅっ!


「あっ、ノナちゃんずるい!!」


 ごめんレナ姉、あとで埋め合わせするから!


 なでなで。

 あたしの頭を撫でる大きな手。

 その感触にほっとした瞬間、大きな女性の声が辺りに響いた。


「こ、これは……なんという事でしょう!」


 慌ててふりむくと、噴水の向こうに立っている一人の女性が見えた。

 白銀の鎧を着こみ、聖剣を構えている。


 間の悪いことに、フェリシアさんが戻って来たのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る