第7話 寝不足の朝

 渕山美化の朝はドヴォルザーク交響曲第9番『新世界より』第4楽章の旋律と共に始まる。


 時刻は6時。


 スマホから流れるドヴォルザークは普段より長めに鳴って……止まった。


 なかなかベッドから起き上がれない。気合いを入れて起きてみる。睡眠不足特有の気だるさが美化を襲う。


「うわぁ……ふわふわする」


 昨晩はレアレトロゲーム『残酷のネル・フィード』を深夜の3時までプレイし、その後 興奮した脳みそを睡眠にいざなうまでに1時間を要した。


 つまり、美化は2時間しか寝ていないという事になる。


 とりあえず、冷たい水で洗顔をして、顔面の気だるさだけでも取ろうとフラフラと洗面所へ向かう。


 ひどい顔が鏡に映った。


「う、美しいはずのあたすの顔が……」


 バッシャ、バッシャとそれもまたダルそうに洗顔を終えると、部屋に戻りテーブルの上のルービックキューブを手に取る。


 カシャ、カシャカシャ、カシャ!


 6面揃えるのに3分以上かかった。


「あわわ……こ、これは」


 ルーティーンの乱れに心も乱れる。

 

 そしてぷるぷる震える手でキューブをテーブルの上に戻した。


「あ、歯 磨くの忘れてた……」


 ヨタヨタと再び洗面所に向かう。歯磨き粉をいつもの倍以上出してしまったハブラシを、そのまま口に突っ込む。


 シャカシャカ、シャカ……


 暫くするとその手が止まり、1分程 美化は立ったまま寝てしまった。


 ガクンッ!


「……ふがっ!」


 膝の力が抜けて、後ろに倒れそうになってしまった。それには自分でもびっくりした。のろのろと歯磨きを終え、部屋に戻る。


 将棋盤の上にかかったディープマリンブルーのスカーフを片手でスッと取り、将棋盤を部屋のやや中心に移動させる。


 本来なら昨日、棋譜並きふならべや対局、詰将棋などをした後に駒箱にしまわれている筈の駒たちが、初形のままで盤上に並んでいた。


「残ネルクリアするまで……待っててね、将棋ちゃん」


 そう小さく呟いて、もう1回将棋盤を部屋の片隅に戻してスカーフをかけた。


 そしてテレビをつけ、いつものように情報番組を聞きながらストレッチをする、事もなく、美化はベッドに戻り……寝た。


 いつもの時間を30分過ぎても降りてこない美化を心配した祖母が様子を見にきた。


「美化、大丈夫なの? 起きなくてもいいの?」


「はい…………起きます」


 布団に潜ったままそう答えた瞬間、美化は昨日お風呂に入っていなかった事を思い出した。


「やばっ! シャワー浴びなきゃ!」


 ガバッ!


 美化は慌ててベッドから飛び出し、階段を降りていった。


 祖母が美化の部屋をぐるりと見回す。


「これね。美化が夢中の、なになに……残酷の?」


 祖母の視線がZERO WORLDとそれにささった赤い残酷のネル・フィードのカセットで止まった。


「そんなに面白いんなら、今度私もやらせてもらおうかしら」


 祖母もちょっとだけゲームに興味が湧いたみたいだった。

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