第5話 残酷のネル・フィード




「ただいまー」


 帰宅すると夜勤明けの母が寝込んでしまっていた。


「あれ? まみー、どうしたの?」


「美化おかえり。腰、やっちゃった」


「ぎっくり的な?」


「朝から少し痛かったんだけど、仕事中からひどくなってきて、家に着いたらもう この様よ。右足若干 しびれてるし」


「ガチじゃん。いつもの病院行くしかないね」


「うん、でも職場の人が教えてくれたんだけど、わりと近くにいい整骨院があるんだって」


「整骨院? 治せんの? こんなひどいの」


「教えてくれた人はよくなったみたい。今も予防で月に2、3回は通ってるんだって」


「そうなんだ。じゃあ明日にでも行くっきゃないね!」


「うん。わらにもすがる思いだよ。とりあえず、明日少しは動けるようになってるといいんだけど。うっ、いたたっ……!」


「大丈夫っ?」


「そういや、美化になんか届いてたよ。そこに置いてあるやつ」


「あっー! 待ってたんだよー♡」


 美化は母親の具合も気にはなったが、それよりもその『届いた物』が楽しみすぎた。


 テーブルの上の小さい紙袋を大事に優しく両手で持ち、神聖な気持ちで自室のある2階への階段を、一段一段 丁寧ていねいに踏みしめ登った。


 そして部屋に入るとカバンとスマホを所定の位置に置き、本来なら今から使うはずの将棋盤を部屋の片隅に戻し、ペタンっとディープマリンブルーのカーペットに座りこんだ。


「ついに手に入れた。しかも超破格っ! 信じらんないっ!」


 美化はそう言いながら紙袋をゆっくりと開ける。


 ピリピリ……ペリッ!


「おおお♡」


 中身は『ゲームソフト』だった。レトロな代物で当時は人気もなく、あまり出回らなかった為、現在ではなかなか手に入らないマニアには涎物よだれものの一品だった。


「『残酷ざんこくのネル・フィード』をたったの2万でゲットできるなんてっ! ありえんてぃーの極み♡」


 美化の趣味はレトロゲームをプレイする事。


 最近の美しすぎるグラフィックのゲームにはたいして興味はなく、昔のカクカクしたグラフィック、ピコピコした音楽のゲームたちが美化のハートをつかんで離さなかった。


 今回美化が手に入れた残酷のネル・フィードも、クオリティの高さはあったものの、当時の大手ゲーム会社の人気ソフトたちに存在をかき消されてしまった、いわば弱者。


 それが凄まじい戦闘力でこの現代によみがえったのだ。


(フリマアプリを毎日欠かさずチェックして1年余り。奇跡的に巡り会えた残酷のネル・フィード! 手が震えるっ!)


 美化は真っ赤なカセットをレトロゲーム機、ZERO WORLDゼロワールドに差し込んだ。


 パチッ!  


 サイドの電源ボタンを押すと、画面に映し出される残酷のネル・フィードのタイトル画面! そして流れる神曲!


「キタコレ──ッ!」


 美化は立ち上がり後退あとずさり。部屋に充満する残酷のネル・フィードを体全体で受け止めた。


「私の部屋に、残酷のネル・フィード

がっ! 降臨っ♡」


 その赤いカセットが、ディープマリンブルーの部屋でひときわ神々こうごうしく美化の目には映った。


 美化は普段、単純なアクションやパズルを1時間程プレイして癒されている。しかし、今回は違う。


 残酷のネル・フィードは『RPG』


 美化は没頭した。


 将棋の勉強もせず、祖母の作った夕飯も5分で胃に流しこみ、2階へ駆け上がっていった。


「どうかしたの? 美化?」


 祖母が目を丸くしてびっくりしていると、こたつで横になっていた母が軽く体を起こした。


「美化があーなるのは大体ゲームに夢中の時よ。多分今日届いてたやつじゃない? いたた……」


「ゲーム? そんなに面白いの?」 

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