第29話・教会への提案

 シード領内にある教会に従事する神官職で、魔力を保有する者はたった二人。このアレックス神父以外のもう一人は、中央街の教会に在籍している。マリスの慰問担当ではない為、直接に話したことはあまりない。そして、そちらは領内を代表する教会でもあるので孤児院は別物として管理されている。

 だから、辺境の魔女が自分の考えを提案できる場所はここルシーダの教会しかなかった。


「そう言えば、ウーノに居た後発の子はこちらへはまだ? 先程は見かけなかったのですが」


 魔力の発覚が遅く、中途半端な年齢で院を移ることになったエリーザ。あれから随分経ったはずだが、まだ来ていないのかとマリスは訝しんだ。力が暴発する可能性がある為、転院は出来るだけ急ぐようには伝えたはずだ。

 マリスの指摘に、神父は申し訳ないように眉を下げて困り顔を見せる。


「いえ、あの子は……ここ数日はずっと部屋に籠ってしまっているのです」

「いきなりの転院でしたから、仕方ありませんわ。私も後で様子を見に行ってみますね」

「それはありがたい。エリーザも喜ぶと思います」


 新しい環境に慣れず、幼い少女は塞ぎ込んでしまっているのだろう。けれど魔力への対処が出来る職員の居ない向こうに戻してあげることはできない。神父も意識して気に掛けてやりたいのだが、この院が抱える子供の数は領内でも特に多い。なかなか難しいところだ。


「実は神父様に相談というか、協力をお願いしたいことがあるんです。エリーザも含めた、子供達にも関わるのですが」

「ええ、私どもに出来ることでしたら」


 穏やかに微笑みながら、神父はマリスの目をじっと見る。以前に子供達へ薬作りと薬草栽培をさせてみようと言って来た時も、マリスが同じ目をしていたことを思い出していた。だから、本心から子供達の為に何かを考えて提案しようとしているのが分かっていた。


「まずは何から――そう、まずは裏の畑で子供達が世話している薬草なのですが、種類を増やしてはどうでしょう? 薬を作るのに使う物だけじゃなく、お茶の材料として店に卸せるような物も扱えるんじゃないかと思うんです」


 そう言いながら、マリスはソファーの横に置いていたバッグを開き、屋敷から持ってきた薬草茶の瓶を取り出した。姉が中央街の専門店で購入してくれたというお茶のパッケージを指差しながら、ルシーダの気候でも育ち易い薬草名を指摘していく。神父が初めて耳にした草の名もあったようだが、この地と似た土壌で生産されているのだと説明する。


「確かに、畑の広さからももう少し増やせそうだとは思っていたのですが、増やせば調薬を担当している子達の負担が増えてしまうとばかり……別に卸し先があるのなら、畑の世話をしている子達と話し合ってみても良さそうですね」


 マリスから手渡された瓶を興味深げに眺めながら、アレックス神父は口元を綻ばせる。薬作りの子に合わせた栽培量では物足りないと感じている子供達も多かった。毎日競い合って水やりをしたり世話をしているが、調薬できる子よりも畑を担当している子の人数の方が断然に多いのだ。


「ええ、みんな楽しそうに畑仕事をしていたので、子供達に合わせた量に変更されても良いと思うんです」

「皆もきっと喜ぶでしょう。薬を作るよりも畑に出たいと言う子もいるほどですから――」

「あら、それだと薬草の卸しがメインになってしまいそうですね」


 勿論、結果的に院への収益が増えるかどうかは問題ではない。子供達が生活する上で何かのやりがいを見つけられることが一番だ。


「それから、もう一つの提案は、こちらは神父様へのご負担が大きいとは思いますが」


 一旦、そこで言葉を切る。今度のは畑の収穫量を増やすというような微妙な変更ではない。実現するにはマリスも領主側の人間として動く必要も出てくるだろう。


「ここルシーダにも学舎を作りたいと考え、父からの許可は既に得ています。今ある物とは違い、必要な子には魔力教育も行える学舎を」

「それを、この教会でということでしょうか?」


 「ええ」と頷くマリスの瞳は真っ直ぐで、きちんと考えあぐねた上での提案だということは伝わってくる。

 領内に既にある学舎は中央街などの大きな街にあり、読み書きなどの一般的な学問を指導していて、年齢の制限もなく無償の為に領内の子供達が通っている。ただ、ここルシーダには学舎は無く、隣の港町イールスまで乗り合い馬車を使って通うしか無かった。


「ゆくゆくは新しく校舎を用意することになるとは思いますが、まずはこちらで場所をお借りできればと」

「……そこでは、院の子供達も学べるのでしょうか?」

「勿論です。ここの子達は誰もイールスまで通ってはいないと伺ってますが――」


 一般的な領民の中で、乗り合い馬車を利用して隣街まで毎日通学できているのは一部の裕福な家庭の子くらいだろう。ここの孤児院では神父や職員が代わりに読み書きを教えていると聞いていた。


「なるほど。それでその、学舎で魔力教育も行うというのは前代未聞だとは思いますが」


 魔力のある子の教育は各家庭への義務だ。暴発を防ぐ為に魔力制御を必ず学ばせなければならず、現状はそれぞれが子供に合った家庭教師を探し出すしかない。それが、魔力を持つ子が生まれた家にとって大きな負担となっているのだ。


「ちゃんと教えてくれるところがあれば、魔力持ちでも育て易くなるはずです」

「つまりは、魔力を理由に手放される子が減る、という訳でしょうか……素晴らしいですね。そういうことでしたら是非、教会を使っていただきたい」


 老体にでも出来ることがあれば、とアレックス神父は高揚した表情でマリスへと両手を差し出す。躊躇いながら出された魔女の右手を強く包み込み、そのまま頭を深く下げる。

 彼もまた、魔力を理由にして親元から離され、養子に出された当事者だった。

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