海まつりを無双せよ5


 一つのグループに呼ばれたら、また別のグループに呼ばれて、立食パーティみたいに忙しなく挨拶回りをしている七瀬さんを見ながら、氷室さんは、ほへえー、と感嘆のため息をついた。


「凄いね、陽南乃ちゃん」


 社交性が凄い。改めて七瀬陽南乃という凄さを再確認していると、40くらいの記者みたいな服を着た男性と、フレッシュって感じのスーツ姿の女性が入ってきた。


 すぐに静まって、皆が席に着く。大人二人は、資料等が入った籠を置いて場所取りしていた席の前に立つと、早速マイクを手に取った。


「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。私、海まつりの運営事務局長の沢村と申します。そしてこちらは」


「運営の大谷、といいます! 皆さん、これからよろしくお願いしますね!」


 パチパチとした拍手。


「えー、皆様をお呼びさせて頂いたのはですね。おじさん達が部屋に篭って、必死に若い皆様に足を運んでいただけるよう考えていたのですが、当然思いつくわけがなく……」


「沢村さん、私もいたんですけど! 私は若くないって言うんですか!?」


 そんなやりとりに一笑いが起きたあと、冗談で、と沢村さんは続けた。


「今回の取り組みには、地域振興、地域活性化、教育による地域の未来作り、また、SBPの脚がけの四つの理由があります。まずは、地域振興から……」


 と一つ一つ紡がれる、小難しい話を聞く学生のみなさま方に、でもそれ、一日で考えたであろう最もな理由だよ、と言いたい欲求に駆られる。


 7分くらいそんな話が続いたのち、沢村さんは大谷さんにバトンを渡した。


「はい! ながーい今の話は全部忘れて大丈夫です!」


 また笑いが起きて空気が緩む。


「皆さんには、これから祭りの運営に携わってもらいます。仕事は主に、会場の設営、当日は清掃業務や案内、駐車場整理、なんかになるのですけれど、それだけじゃあ面白くないですよね?」


 ざわっと色めき立つ学生たちにご満悦な笑みを見せて、大谷さんは言った。


「それで皆さん主導の新しい企画、この海まつりのコンセプトを考えてもらいたいと思います!」


 新しい企画? コンセプト? とざわつく学生達に向けて、今度は沢村さんが言った。


「そう難しいことはありません。祭りをこんなものにしたい、こういうことがしたい、祭りにこういうイベントがあればいいよね、などのような、皆様が行きたくなるような祭りについて意見をくだされば、それで構いません。難しいことは我々、大人が揉みますので、どうぞご自由に仰ってくだされば、と思います」


「ま、急に言われても困っちゃうよね。まずは自己紹介からにしよっか。じゃあ、端の超可愛い女の子から! はい、どうぞ!」


 と、振られたのは、こっちに戻ってくる暇がなくて適当に座っていた七瀬さん。こういう場のトップバッターは多少なりとも緊張するものだが、そんな素振り一切なく、はきはき、と話した。


「はい! 西高二年の七瀬陽南乃って言います! ま、そうだねぇ〜、うん、特に言うことはないかな〜、よろしく!」


 適当さで笑いをとって、あとが続きやすいように空気をほぐすと、七瀬さんは自己紹介を終えた。


 それから順々に自己紹介が進んでいく。楽しい思い出をつくりたい、だとか、頑張りたい、だとか、仲良くしてくれたら嬉しいです、とか当たり障りのない自己紹介が進んで、俺もそれに倣った。そして氷室さんの番。


「えと、西高二年の氷室雪菜って言います。友達少ないので、友達作りにきましたっ、えとよろしくお願いします!」


 ぺこり、と頭を下げると、男女問わず、かわいー、って頬を緩めた。


 ほんと、よくこういう場で自己紹介出来るようになったよ。


 成長を実感すると、じん、と熱いものがこみあげてくる。同時に、もう終わりなんだな、と寂しさも去来する。


「俺は龍ヶ崎圭介だ! 好きなものはアニメ、漫画、ゲーム、ラノベ! Vtuberは神崎美玲が推しだな! 海まつりは俺がイベンターとして、最高のもんに仕上げてやるから、お前らついてこれるか!?」


 気まずい空気になって、場が一気に冷めた。


「おいおい、そこは、おー! って手をあげるノリだろ?」


「あ、はは……じゃあ次の人お願いするね」


 と龍ヶ崎をスルーして、次の人の自己紹介にうつる。


「あいつもいたんだ」


「みたいだね……」


 氷室さんが苦々しい表情で言った。


 それから、自己紹介は終わって、大谷さんが手を叩いた。


「はい、自己紹介は上手く行ったね。じゃあ早速、本題に移ろうか。さっき言った通り、コンセプトを決めたいと思います! 何か、ある人〜?」


 と挙手を求められるが、誰もあげる人がいない。まあ自己紹介を終えたとはいえ、ほとんどが他人。そんな状況で、意見を出せる人はそういない。


 俺が手を挙げても良いのだけれど、俺の案は昨日しっかり打ち合わせして出来たもの。最初っから、出来がいい案を出してしまっては、あとに続き辛い。そうして意見が出なければ、皆から意見を集めた中で優れたもの、って体がとりづらくなる。


「ねえ、刈谷くん」


「ん、どうしたん?」


「私も手を挙げて良いかなぁ」


 驚いた。こういう場では、声をあげたくないってのが普通なのに、意欲的に参加しようとするなんて。


「したいことがあるの?」


「そうだね。ふわっとだけど」


 そっか。なら、氷室さんに乗っかる形にしよう。氷室さんの望むお祭りを開く。これ以上の青春はないだろうし。


「うーん、適当でいいよ。臆せず、言ってみて」


 そう促されて、他校の生徒が声をあげた。


「じゃあ食べ歩こうみたいなのはどうかな? ご当地グルメとかの屋台めぐりをしてみたかったり?」


 不安げなようで語尾にクエスチョンマークがついている。


「いいね〜。実は海まつりには、市の名物なんかの出店をしてもらうんだよ。地域振興を前面に押していきたいからね、良い意見だと思うよ」


 弱いなぁ〜という目を細めて褒める、大谷さん。彼の意図には気づかないようで、言いやすい空気になって続々と手があがる。


「水着で屋台まわりたいです!」


「ステージとかあるんだよね、参加型の企画とかあればって思うんだけど?」


「具体的なことは言えないけど、夏の思い出になるようなお祭りにしたいです」


「夏休みだからいろんな人が来てくれて、楽しんで帰ってくれるようなものにしたいね!」


「灯籠流し、とか、花火とか観て楽しめるようなのがいいな〜って思います!」


「想いを口にすれば結ばれる、ってジンクスがあるから、想いを口にする、ってコンセプトでやりたい!」


「地域の大人と子どもの仲が深まるようなイベントになればいいと思う」


 それからも抽象的な意見がどんどん出続けて、言いやすい空気になる。今までに出たのは抽象的なものだったけど、周りの顔を窺っていると、考えがまとまった、って感じの人が増えてきた。具体的な意見が出るのも直だろう。氷室さんも顔に自信が満ちて、手を挙げかけた時だった。


「おっ、ようやく俺の番か。やれやれ」


 満を持してって感じを出して、当てられた龍ヶ崎が立ち上がった。


「海まつりのコンセプトはな、オタク達の祭典。これで決まりだ。まず、入場にはコスプレ必須だな。そんでステージには有名Vtuberと有名女性声優を呼んで、コラボレーションライブさせる。ああ、その曲選び、コーナーは俺に任せてくれ、全部考えてある。あと、屋台は声優とVtuberのコラボメニューで統一して、物販も用意しよう。それと、有名女性絵師を呼んでのライブドローイングだな。宣伝は大手ソシャゲでやって、海祭りにきた人は無料10連とかでいいだろ。それとそうだな、同人誌即売会もその場でやるのもいいな。そしたら女性コスプレイヤーもたくさん来るだろ」


 オタク達はうおおおおってなるだろうけど、それが出来ないのはわかりっきていて


「あはは。いいね、言うのはタダだからね〜」


 大谷さんは笑って流した。


「は? 本気で言ってるんだが?」


「そっかぁ。じゃあ検討させてもらうね」


「あぁ、よろしく頼む」


 龍ヶ崎は偉そうに言ってドカと座り込んだ。


 しら〜っとする空気の中、大谷さんは次の人と声をかける。


 さっきとは打って変わって、言い出しづらい空気になってしまったことで、誰も手を上げない。


 沢村さんから視線がきた。きっと言い出してくれ、というアイコンタクトだろう。


 手を挙げようとすると、その前に氷室さんの手が上がった。



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