side七瀬陽南乃4


 温かい浴槽に浸かると、ほーっと息をつく。


 立ち上る湯気を見上げながら、ぽつり、とつぶやいた。


「今日、楽しかったな」


 風呂蓋の上に敷いたタオルに置いたスマホを持ち上げる。操作してSNSを開き、『今日の写真です』と雪菜が載せた写真をタップする。拡大されたのは、今日撮った写真。私と雪菜とくるみが、スケーターって格好で写っている。


 変に洒落た撮り方しているせいで、むず痒くなる格好よさがあった。何だか、しょっぱいバンドのアー写みたいで笑える。


 ただ、いい写真だ。私はいい感じに笑ってるし、氷室さんは緊張が顔ににじんでいるし、くるみも落ち着いた感じがあるし、皆の感じが十分に伝わる。雪菜が青春っぽいって喜ぶのもよくわかる。


 雪菜、か。


 思い返すとくすりと笑えた。


 私のことを慮って無理しちゃってさ。


 あそこで洋楽を歌うなんて、かなり頑張ったのだろう。昔に戻ることが頭をよぎったのは間違い無いだろうし、そうでなくとも慣れない場でするには相当の勇気がいる。


 なのに、雪菜は私のためにやった。やってのけた。


 別にあそこで雪菜が何もしなくても嫌いにはならないし、そもそも別に、困りはしたけど、やりたくないくらいに嫌ってわけでもない。こう言っちゃ悪いが、やらない方が良かったんじゃないかとは思う。


 まあでも、嬉しいのは嬉しい。いや、かなり嬉しい。


 普通に、気を回してもらえるってのは嬉しい。普段自分はやる立場で、気を回すことに対して何も思ってなかったけれど、いざしてもらうとめちゃくちゃ嬉しいんだなっていうのがよくわかる。


 それにそういうことが出来る人ってのは魅力的だ。元々、雪菜って人間は好きだったけれど、さらに好きになった。


 でもそんな私より、雪菜は私のことが好きなんだろう。


 どんだけ私のことが好きなんだよ、もぉ〜。


 雪菜のことは、普通の友達より、ちょっと仲がいい友達。そんな感じだったけど、これだけ思われれば、流石にこっちだって大切に思ってしまう。


 まったく、この私を絆すなんて悪い奴め。そっちがその気なら、こっちだって、親友のように思ってやるんだからなあ〜?


 ……と思って、温かい話はここまで。


 さて。本題に移ろう。


 浴室の窓の外は青い。それは空が白んできているから。


 現在、朝風呂の最中なのは、味、声、におい、触れられた感触、この写真のくるみをネタにしてふけりながら、デートに誘われるのを待っていたから。


 私は間違いなく、「嘘じゃないけど、わかった。じゃあ今日の夜、連絡待ってるね♡ ラストチャンスだからね♡」と言った。


 だが、くるみからは何の連絡もない。


 うん……ぶち犯していいかな?


 いやそれは規定事項。誰の許可を得る必要もなく、道徳倫理法律上も何一つ問題ない話。むしろ、世間体、私といういたいけで健気で清楚で貞淑な女の子に、酷いことしているのだから、ぶち犯されないとくるみの心象的に可哀想まである。いや、普通の人をぶち犯すことは犯罪で許されざる罪だけど、くるみをぶち犯すことは悪いことじゃないから、心象は変わらないか。


 兎にも角にも、散々私を誑かし、オーバーヒートしそうなくらい昂らせ、淫らに悶えさせておいて、逃げた。間違いなく逃げた。


『恥ずかしかったからなんだ。俺もsunのことが好きなんだけど、純情で初心だから』とかほかにも何とか、温いことを言っていて、それに付き合った結果がこれ。


 元々、許すつもりはなかったが、今回の件で一切の慈悲は必要ないと理解する。


 今度会ったら、そのまま役場に直行して籍を入れよう。


 そんですぐに同棲を始めて、ご飯食べながら、勉強しながら、お風呂入りながら、そんでそれだけをしながら、つながったまま寝て、朝は口で起こして、シャワーを浴びながらまたもう一度。エプロンきてご飯作りながら、ご飯食べてリップ塗るまで絡ませあって、電車で……。


 と妄想を膨らませていくうちに、自然と手が伸びて、湯が掻き回される。快楽の波が来て頭が白くなると、熱いため息をついて浴槽を出た。


 鏡に映る肢体。透明感のある白い肌は瑞々しい。大きい柑橘くらいの胸は指で沈むくらい柔らかいのに重力に逆らってハリがある。小ぶりのお尻も柔らかいのにだれていない。脚も腕も腰もお腹も、引き締まって余った肉がなく、美しい細さをたもっているれど、柔らかい肉付きをしていて艶かしい。


 元々、こんな体型だったけれど、色っぽさが増したような気がする。それはもう、くるみを求めて、準備しているせいだろう。


 私はこんなになっちゃってるのに、逃げていいわけないよね?


 ね、くるみ? いや……刈谷くん?


 スマートフォンを扱い、SNSを閉じて、ギャラリーを、続いてAIによる顔認識でわけられたフォルダを開く。そこに入っているのは、二枚。ボーリング場の自撮り写真と、今日もらったスケートボードの時の写真だ。


 私と雪菜のフォルダは別にある。つまりこのフォルダは刈谷くんのもので間違いなく、AIが刈谷くんとくるみを同一人物と判定したことで間違いない。


 占い師さんの『急がば回れ』って、このことだったんだね〜。


 それに証拠はこれだけじゃないし。


『普通に俺がいると気まずくなるよね?』


 って、私と雪菜が声をかけられた時の言葉。これは私たちがクラスメイトであることを知っていないと出てこない。


 あの時は、高校二年生のキャンペーンだったから、全然他のクラス、知り合い以外がいることもありえた。


 なのに、俺がいると気まずくなる、だなんて、自分だけが知り合いじゃないみたいな言い方をするだろうか?


 いや、しない。少なくとも、クラスメイトだと知っていないと、普通に、なんて枕詞は絶対につけない。


 だからくるみは、私のクラスメイトを把握できる身近な人物。


 と、なるともうもはや、くるみの正体を刈谷くん以外と疑うのは失礼なレベル。AIの顔認証、クラスメイトを把握できる身近な人物、この前、刈谷くんでシたいと叫んだ本能、雪菜との関係、その他さまざまなことの全てに納得がいく。


 そう……くるみは刈谷くん。


「あは♡」


 よくもそんなに近くで素知らぬふりをしてたねえ♡


 お仕置きしてあげるから安心してね♡


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