放課後を無双せよ、ただし七瀬陽南乃に正体バレしてはならない7


「わ、わたしの気になってる人?」


「そう!!」


 七瀬さんが輝いた目で氷室さんに迫っていた。


 頼む、氷室さん。別の誰かの名前を!


「え、えっと……その」


「うん! うん!」


「私の気になってる人は……」


「うん! うん! うん!」


「な、七瀬さんです!」


「え? 私?」


「は、はい。その、ずっと前から、明るいところとか、皆と仲良いところとかを憧れてて……」


「告白?」


「いえ、そんなんじゃないです! 人として憧れるというか、友達になって、より尊敬の思いが強くなったというか!」


 ほっと安堵の息をつく。良かった、急死に一生の思いだ。


「恥ずかしいなぁ、もう。男を差し置いて、そんなに私が気になってるとはねえ。じゃあ私の名前を可愛く呼んで、ボールを投げて欲しいな!」


「わ、わかりました」


 氷室さんがボールを手に取り構える。そしてテイクオーバーして、


「刈谷くん」


 ボールが投げられ、ピンを弾く音が鳴った。


「え?」


 そんな短い言葉は俺と七瀬さんの口から、だけでなく、氷室さんの口からも出ていた。


「あ、あれ? 陽南乃ちゃんって言いたかったんだけど……」


 七瀬さんの顔を見る。口の端が吊り上がってる。


「そっかあ、ちなみに、氷室さんは刈谷くんのこと好きだったり?」


「え、ええ!? そ、そんなことないです、多分……だって私、この前まで圭介のことが好きだったし……多分」


「そかそか。それなら、遠慮はいらないね〜」


「遠慮?」


「ううん、こっちの話。で、刈谷くん、氷室さんにそう言われてどうかな?」


 やばい、やばい、やばい! どうする、どうする、どうする!?


 いや、まだ誤魔化せるっ。


「まあ俺もこんなに可愛い子と絡んだのは初めてだから、俺も気になって……」


「は?」


「そういう意味で気になっては、ないかなぁ? 目を離せない手のかかる子犬みたいな感じで気になるかなぁ?」


「なんだぁ、そうなんだ〜」


「酷いよぉ、刈谷くん」


「あはは……じゃあ氷室さん二投目お願い」


 あ、危ない。は? と言った時の七瀬さんの目は、静かに怒る肉食獣だった。可愛い子と絡んだのは初めて、は? 私は? 氷室さんを気になっている、は? 私は? そう目だけで語っていた。もし無知にそのままいけば、そんなひどいことを言うくるみなんて、酷いことしちゃう、とどんな目に遭わされていたことか。


 だけどわかった。七瀬さんはほぼ俺をくるみだと確信した。ここから巻き返す方法を考えないと。


「ねえ、くる……じゃなくて、刈谷くん。私に何か言うことないかなぁ?」


 氷室さんがボールを持つと、七瀬さんはそう言った。


「い、いや、別に」


「ないかなぁ?」


 圧がすごい。目が何か熱っぽくて興奮を煮詰めたような表情をしている。


 ひやひやが止まらない。が、恐怖に抗え。ここで認めれば終わりだ。


「ないよ」


「それ、もしあったら、何されても文句言えなやつだよ〜?」


「な、ないって」


 そう言った時、氷室さんが「陽南乃ちゃん」と名前を読んでボールを投げた。


「ふ〜ん、まあそういうことにしとく」


 と七瀬さんは言い、氷室さんの声に反応する。


「雪菜〜、ナイス8ピン!」


「わ、わわわ私の名前!?」


「そっちが名前で呼んでくれるなら、こっちも呼ばないとでしょ〜」


 視線が逸れた隙に机の上にあったスマホを取り返し、俺はあらかじめ用意していたメッセージを、美容院の店長に向けて送信した。


「さ、さぁ次は七瀬さんの番だよ。ルーレット引いてみてよ」


「え〜、引いたら、今晩明けてくれる?」


「何の話?」


「今晩、楽しみにしてるね♡」


 そう言って、七瀬さんはルーレットを引いた。


 それから。


 王様ボーリングは続き、語尾にニャをつけながらとか、一発ギャグをしながらとか、コモドオオトカゲのフォームで投げるとか、盛り上がったフリをしていたけれど、内心生きた心地がしなかった。


「あ〜もう、9ゲーム目か〜。やばいなぁ、このままじゃ、私か雪菜がドベか」


「うぅ、わ、私、メイドさんの真似なんかしたくありません!」


「私もぉ〜、刈谷くんが嬉しいだけじゃん。刈谷くんのが見たかったのにぃ〜」


 その時、電話が鳴る。美容院の店長からだ。


「あ、ごめん。店長からだから、用件だけ聞いといて。俺、腹痛いから、トイレ行ってくるわ」


 そう言い残し、二人の返事も待たずに、その場をさってトイレへ。


 店長からの用件は実は知っている。この電話は、七瀬さんの疑念を晴らす俺の策だ。


 さっきメッセージで、日曜日の忘れ物を取りにこい、と、どちらかに伝えてくれ、と電話するようにお願いしたのだ。


 日曜日はオフ会の日。つまり、日曜日に俺が美容院にいた証拠となりうるので、俺がくるみではないというアリバイが成立するわけだ。


「はぁ、何とかなったか」


 そう安堵の息をついて、時間をかけたのち、トイレから出る。


 今頃、七瀬さんは、どんな反応しているだろうか。間違えたと後悔しているだろうか。それとも、まだ疑いを持っているだろうか。


 なんて考えながら、戻ると、想像していた反応全てと異なり、七瀬さんは眉をしかめて困った顔をしていた。


「ねえ、楽しそうなことしてんじゃん」


「俺らも混ぜてよ」


「絶対、楽しくするよ?」


 大学生らしき男たち三人に、氷室さんと七瀬さんはナンパされていた。


 ああ、もう、面倒くさい。


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