その約束は天国か地獄か

 



 それは風もなく、この季節にしては暑い日だった。


「あっ……ちょっ……んっ!」

「ここが弱いんだね? 不思木さん」


 幸いにも、俺達しかいない教室に木霊する声。

 ただ、それも徐々に大きく……


「よっ、よっしー! もっと……もっと優しく……」

「これでも優しくしてる方だけど……」

「はっ、激しいってぇ……あぁぁ」


 いやいや、大きくなりすぎだろ?

 てか、さっきから妙に声が色っぽいんですけど?


「また負けたぁ」


 俺達ただ、スマホのゲームやってるだけですよね?


 お昼だというのに、誰も居ない教室。

 そんな中、俺と不思木さんは……なぜかスマホゲームに興じていた。

 まぁ、午前授業って事で他の人達はそそくさ帰ったり、部活に行ったりしてる。逆に、不思木さんは何の予定もないのか気になる所ではあるけど……


「ちょっと~強すぎじゃない?」


 楽しそうにしているし、問題は無いんだろう。


「いやいや、ほぼ初心者なのに学習能力高すぎだと思うよ? この短時間でシルバーまで行くなんて」

「ほっ、本当~?」



 そもそものきっかけは、何気なく休み時間にプレイしていた多人数参加型のスマホゲームだった。

 その様子を見た不思木さんが、


『あっ、これCМに出てるアプリじゃない? よっしーやってるの?』


 なんて言ってきたのが始まりだった。

 なんでも、自分は興味はあるけど友達(ギャル3人)はこういうアプリに興味なし。

 それにいくら全国各地の人達と対戦するとは言っても、初心者の状態で参加したらターゲットにされそうで、なかなか踏ん切りがつかなかったらしい。


 そんな時、偶然にもプレイしている俺を発見したというわけだ。

 そこからは疾風怒濤の速さ……というより、ギャル特有の押しの強さを発揮されたよ。


『よっしー? 今日って午前授業じゃん? 午後は予定あり?』

『とっ、特には……』


『じゃあさ? ちょっと教室残って?』

『えっ?』


『それで、私に教えてくれないかな? ゲームっ!』

『いやっ、でも……』

『ダメ……?』


 あの涙目は反則だ。ギャップが有り過ぎて、断れる気がしなかったよ。


『そんな事ないけど……』

『やったぁ。ありがとーよっしー』



 そして今に至る。


「ふぅ。でも大体のコツは掴めたかも。ありがとうね? よっしー」

「全然だよ」


「でもさ? どうせなら夜とかも一緒にプレーしたいなぁ」

「ん?」


「よっしー、ストメインストールしてるでしょ?」

「えっ、まぁ……」


 ストロベリーメッセージ。通称ストメ。

 会話調にメッセージが表示され、無料で使えるとあって人気のメッセージアプリだ。


 いや、俺は良いけど……本当に不思木さんは良いのか? ID教えちゃって……


「じゃあ交換しよ?」

「それは全然良いけど……」

「はいっ、決定ぃ~!」


 …………本当に好感してしまった。

 しかも名前が不思木アリス……本名なのか。てっきりあだ名で登録してるかと思ってた。


「よっし。これでいいねぇ? それじゃあ時間ある時連絡するからぁ、一緒に遊ぼうね?」

「わっ、分かった」


 なんか、思わぬ形で連絡先ゲットしちゃったな。ヤバ……上山と下山には黙っていよう。なに言われるか分かったもんじゃないし。


「さてと、お昼も若干過ぎちゃったなぁ……よっしー? お腹すかない?」


 流石にゲームに集中してたから、気にならなかったけど……終わった瞬間急激に空腹に襲われるなぁ。


「結構すいたかも」

「だよね? じゃあ行こっかぁ」


「ん? 何処に……」

「なぁにー? 忘れちゃったのかぁ? この前約束したじゃんー」


 約束? ご飯……はっ!


「あっ、もしかして……信楽……」

「そうそう、じゃあぱぱっと行こうっ!」


 待ってください不思木さん? 今このタイミングで、その約束の事言うんですか? しかもめちゃくちゃノリノリのウキウキっ!


「ふ~ん♪ふ~ん♪」


 なんだよこの雰囲気。こんなの絶対……


「お~い、よっしー! 早く行くよぉ~!」

「あっ、ちょっ……」



 絶対に断れないじゃないですかっ!



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