第16話 豹変
「はぁ……それで帰る気はないんですよね?」
「はい!!」
わぁ……なんて元気のいい返事。これがもう少し別の内容に関する返事ならまだわかるのに……
「わかりました……」
「うん。うん。そういう深夜君の物分かりのいいところ、私は好きだな」
そう言いながら、雛菊さんは僕の頭を遠慮なくガシガシと乱雑に撫でてくる。
「おほ、深夜君。相変わらず髪の毛サラサラだね」
「そりゃあどうも」
僕としてはそこまで意識していないのだが、どうやら僕の髪の毛はかなりサラサラで、触り心地が良いらしく、昔からいろんな人に撫でられてきた。
その中でもダントツに数が多いのが雛菊さんで、この人は何かと理由をつけて僕の髪に触りたがる。
僕としては別に撫でられること自体は問題ないのだが、せめてもう少し優しい触り方をして欲しい。
「それで、この後どうします? ゲームでもやります?」
「う~ん。ゲームかぁ……」
雛菊さんはどうやらゲームをやりたい気分ではないらしい。でもすなると困った。僕の家にあるものはゲームを除けば漫画くらいしかない。
漫画を貸すというのも別に悪い手ではないのだが、それだと必然的に個人個人で何かするわけで、二人が同じいる空間の意味がない。
僕がどうしようかと悩んでいると、それを察知したのか雛菊さんはニコニコ笑顔で何か言いたげな視線でこちらを見る。
一応彼女にも意見は聞いておくか。
「雛菊さんは何がしたいですか」
「ずばり!! 深夜君とのエッ……」
「却下」
「も~う。冗談なのに~」
冗談なのはわかってて僕も言っているのだが、どうしてこの人はこう茶々を入れないと話を進められないのだろうか。
「それで本当は何がしたいんですか?」
「ふふん。それはずばり!! 私、深夜君の事が知りたいです!!」
玲と比べると少々小ぶりではあるが、それでも充分大きな胸を張りながら雛菊さんはそう言った。
「いや、貴方僕の事それなりに知ってるでしょう」
これでもこの人との付き合いは長い。
その過程で、色々僕の事を知っているであろう彼女が、今さら僕の何が知りたいのだろうか?
「確かに、私は深夜君の事を他の人に比べてかなり知っている方だとは思いますよ。 まあ玲様には及びませんけど」
「それは、まあ……」
玲に関しては、なんというか特例中の特例というか、彼女の場合下手したら僕の親以上に僕の事を知っているし、理解している。
まあ理解していてあんなことやこんなことを仕掛けてくるのだから質の悪さは、大変極まりないのだが。
「私だって深夜君の
やたら幼馴染であることを強調するその言い方に少々引っ掛かりを憶えるものの、言い分としては何も間違ってはいない。
「分かりました。いいですよ。ただし一つ条件があります」
「条件ですか? あ、もしかして私のパンツが欲しいとかですか?」
「そんなのいらんわ!!」
本当に要らないし、貰っても処分に困る。万が一玲に見つかりでもしてみろ。その時、僕はきっと生きてはいないだろう。
「折角脱ぎたてのものをあげようと思ったのになぁ~」
酷くつまらなそうな顔で、唇をとかがらせ不満を言う彼女に、僕は呆れた表情を見せる。
「僕が言う条件っていうのは、雛菊さん。あなたの事を僕にも教えて欲しい。ただそれだけですよ」
実の所、僕は長い年月を彼女と共にしている割に、彼女のことをあまり知らない。
唯一知っていることといえば、彼女が筋金入りの嘘つきであることくらいで、何が好きで、何が嫌いかや休日何をしているか、それすら僕は知らないのである。
「へぇ……」
ここにきて彼女の顔つきや雰囲気、表情までもががらりと変化した。
その代わりようはまるで、今の彼女が別人にさえ感じるほどで、そこにいつものふざけた彼女はそこにはなかった。
雰囲気だけを言うならば、どちらかといえば玲に近い。
「一体どういう風の吹き回しなのかな?」
「どういうも何も、さっき雛菊さんも言ってたでしょう」
ーー大切な幼馴染の事をもっと知りたいから。
僕の願いだって、彼女と同じだ。
境遇はどうあれ曲がりなりにも幼馴染同士なのだ。
そんな彼女のことを知っておきたいと思うのは普通の事だろう。
まあ大切かどうかは一旦置いておくのだけれど。
そんな僕の回答を彼女は反芻するように、何度も頷き、考えるような仕草をしてみせる。
「……これは期待してもいいのかな」
「期待……?」
「あ、うん。気にしないでいいよ」
そういう彼女は、声のトーン、喋り方、口調、何から何までらしくない彼女らしからぬその物言いであった。
「深夜君の望みはわかった。私としても、私の事を知ってもらえると嬉しい。だから君の提示した条件、喜んで飲ませて貰うよ」
「そ、そうですか」
なんだか調子狂うなぁ……
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