第28話 受動態!?

「どうせ『確定確定~』とか思ってんだろうなぁ」



 俺の予想が正しければノリィは九条さんに理不尽を押し付けられている頃だろう。もしそうでなくともバレてはいけないというプレッシャーが『抽選で当選した限定リリィプロマイドを箱から出して保護カバーをつける時』並みの緊張感を与えているに違いない。


(すまんノリィ......耐えてくれ.......)




 そこから数分ほど待ったところで九条さんが小走りでこちらに近づいてきているのが見えた。



 彼女にさっきのようなドロドロの笑顔の影は無く、ただ見えるのは肖像画のように綺麗な顔立ちの、学校の時のような彼女の姿だった。



「遅くなりましたセイ君。お気を煩わせていたらごめんなさい」



 彼女は綺麗な所作で僕に頭を下げてきた。改めて学校と態度のギャップが激しいことを認識させられる。



「大丈夫大丈夫!それより早く園内入ろうよ」



 俺はできるだけ明るく親しげに答えた。



「はい。では行きましょうセイ君」



 そして俺たちは入園料と乗り放題券を、大人料金二人分払って園内の中へ入ったのだが......



「す、すごいね。架純ってこんなに距離近かったっけ?」



 彼女は俺の腕に自らの腕を絡めて歩いていた。しかも両手を絡ませて......だ。自分の胸がどれだけ当たっているのか分かっているのか?もし効果音つけたら確実に『ぐにゅっ』くらいだぞ?



「私はいつもこんな感じですが......」



 涼しい顔で乗り物に乗る人達を眺めている彼女は何だそんな事かみたいな態度でそう答えた。


 いつも通りらしいといえばそうなのだが......明らかにノリィのところへ行った前と後で違う。


(あいつ何を助言したんだ?)



「それでは、地図も手に入れましたし.....色々乗ってみましょうか」



「う、うん。どんどん行こう」



 とりあえず事前に調べといたコースで回ってみるか......




 俺は彼女に歩くペースを合わせながら最初のアトラクションへと向かった。






 ❖☖❖☖❖




「うおっ!結構早く回るんだねこれ!」



「はい、私も小学生以来なので新鮮です」



 俺が最初に選んだのはコーヒーカップ。一緒にカップを回すっていうのが共同作業感が案外楽しかったりする。絶叫系が苦手でもこれなら乗れる人が多いんじゃないだろうか?


 カップの勢いによってはちょっとしたスリルも味わえるのでそれも良い。



 だけど......



「結構狭いんだね......カップって」



「そうですね.....体とか結構当たりますね......」



 俺の調べでは四人くらいが入れるカップだったのだが、俺らの姿を見た係員の人がニヤニヤと笑いながらカップル用の二人乗りコーヒーカップに案内したのだ。


 普通のコーヒーカップと違ってもちろん狭い。それにハートの模様が所々にあって俺のような陰の者にはかなり居心地の悪い空間となっている。


(持ち手までハートとか.......)



「でも好都合ですね」


 そう言って彼女は勢いのままに俺へと体を密着させてきた。抱き着いている彼女から膨潤な甘い香りが俺に襲い掛かってくる。



「ちょ!近すぎじゃない!?」



 彼女はそう言っても一切手を緩めようとしない。それどころか更に俺へと重なるように体をずらしてきた。



「ごめんなさい。あまりにも勢いがすごいので......つい」



 顔を俺の胸にうずめながらそう言う彼女に俺はツッコむのをやめた。







「け......結構高くない?え?これ大丈夫?」



「高いですね.......思っていたよりも......」



 次に俺たちが乗ったのはこの遊園地の目玉の一つである全長2キロ越えの絶叫系ジェットコースター。その名も『スクリムル』だ。このコースターは絶叫ポイントが大量にあるだけでなく一周し終わった後に逆向きにもう一周するという仕掛けがある。そいうのも相まってこのコースターを目当てに来る人がかなり多いらしく、かなりの行列ができていた。




「や、やばいってぇぇぇぇぇ!!」



「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




 ぐるんぐるんと視界が移り変わり、もの凄い速さでレールの上を走っていく。

 生まれてから今に至るまでに絶叫系と関わることが無かった俺にとって、怖がる彼女をリードするとかしないとかいう問題ではなく......


「ぎゃぁぁぁぁぁ!!うわぁぁぁぁぁぁぁ!!もうやめてぇぇぇえぇえぇぇ!!」



 俺は絶叫ポイントが来るたびに叫びに叫んでいた。絶叫系コースターなので別に間違ってはいないが今回はデートなのだ。



 俺が九条さんより声出してどうするんだよ!



 クイッ.......クイッ



 すると突然、彼女が俺の裾を軽く引っ張ってきた。彼女は僕が気付いたのを見るとにっこり笑って左手を差し出してきた。



「うわぁぁぁぁぁ!!って九条さん!?」



「一緒に手を繋ぎましょう......それなら怖くないかもですよ?」



 俺は返事の代わりに彼女が差し出してきた真っ白な手をぎゅっと握った。



 彼女の手はほんのり温かくて柔らかくて



 俺の動悸を鎮めてくれた。








「そっちに200点あるからお願い!」



「分かりました。セイ君もそっちをお願いします」




 その次に来たのは船に搭乗して流れてくる的をゴム銃で狙い打ちながら高得点を狙うシューティングゲームだ。このゲームでは、終了時に獲得した点がある一定上の点数だった場合、ここでしか貰えない限定グッズを手に入れることができる。


 俺たちは二人組のコースなので合計4000点以上を獲得すると限定グッズを貰うことができる。だいたい一人2000点取ればいいので、無理なものではないだろう。



「逃がしたら言ってね!俺がしっかり取るから!」



「はい、セイ君が打ち損じても私が落とします!」



 俺たちは流れてくる的を的確に指示を交わしながら打ち抜いていった。

 マウスじゃないのにも関わらず圧倒的なエイム力と判断力で的を撃ち落としていく九条さんが、やはりhazeさんなんだなと今更思い出しつつも、一緒にプレーしている仲間とこうして二人で現実で撃ちあえることが楽しくて、そんな思考は流されていった。



「ラスト来たよ!!500点だ!!」


 奥から流れてきたその的は卓球の玉くらいの小さな的だった。到底俺のエイム力じゃこの動く船の上じゃ当てることはできないだろう......


 だけど今日は彼女がいる。



hazeさん!最後の一体お願いします!!」


 そう聞いた彼女は少し口角を上げて銃をがっちりと構えた。



「勿論、私が落とします」




 そう言って彼女は引き金を引いて完璧に500点を打ち抜いた。



 結果は合計で6472点。確認したところによれば歴代最高記録らしい。


 俺たちは係員さんから限定グッズを受け取ると”お疲れ様”と”GG”の意味を込めて高々とハイタッチを交わした。







 ゲームが終わった後は昼食。



 遊園地の中心部にあるお食事処で思い思いに昼食を楽しむことにした。俺が頼んだのはサンドイッチ三種盛りとコーヒー。九条さんはチーズリゾットとサラダにコーヒーを合わせたメニューだった。



「美味しいですか?そのサンドイッチ」



「ん、ああ、美味しいよ。思ってたより色々具とか多くてボリュームがあるね」



「私の頼んだリゾットもかなり美味しいです。有名店にも引けを取らないかもしれません」


「へぇーそんなに美味しいんだ。また今度食べてみたいな」



「それじゃあ食べますか?」



 彼女はそう言ってリゾットを一口掬って差し出してきた。



「え?これって......」



「スプーンは違う物を使用してますし、私がまだ手を付けていない所なので大丈夫だと思うんですけれど」



「いやいやそういう問題じゃ」



「それとも......私のあーんじゃ嫌ですか?」



 一切淀みのない瞳で俺を見つめてくる彼女に対していいえと断ることもできず、俺は差し出されたリゾットを頬張った。



「はい♡......あーん」



「むぐ.......もぐ........うん、美味しいね」



「それは良かったです」



 彼女は俺の返事を聞くと、嬉しそうな顔でそう言った。



「それでは......いただきますボソッ」


「え?今なんて」



 彼女は俺に食べさせるために使ったスプーンでそのままリゾットを再度食べ始めた。


「か......架純?それ今俺が......」



「別に私はリゾットを食べているだけなのですけれど?何か気を煩らわせるようなことありました?」



 彼女は『関節キス?別にそんな気にすることないですよ?』みたいな態度で黙々と食べ続けている。



 今さっき俺が使ったスプーンで食べているのだと思うと、何だが気恥ずかしくなる。



 やっぱ俺......めっちゃ情けない。



 色々と下準備を済ませて、上手くリードできる状況にまで持っていけたと思ったんだが......


 あんまりリード出来てなくね?


 それにどちらかと言えば.......




 リードんじゃなくてリードのでは?




 ポコンポコン♪ポコンポコン♪



「あっごめん。電話っぽい」



 突然、流れてきた軽快な電子音に俺は慌てて着信を切ろうとした。



「別に良いですよ?お構いなく」


「じゃあ少しだけ行ってくるよ」


「はい」




 足早に店の外に出て、スマホに映っている着信先を見て大きなため息を吐くと着信ボタンを押して聞こえてくるだろう声に備えた。



「もしも『お前もうちょっと手加減しろやあああああああああああ!!!!!!!!』え?」



『お前もうちょっとな?手加減をな?しろよな?』



「お、おう。なんかよく分からんけど悪いな」



『こっちの忙しさを考えて礼儀を払え!!!竹のこ切りの刑に処すぞ!!??』



「え?ど、どゆこと?」



『それは!......ってまたか......悪い、これで切るわ......ブチッ』



 ツーツーツー



「え?本当にどういうこと?」





 俺はノリィのよく分からない着信に頭を傾げながらも踵を返して店内へ戻っていくのだった。

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