第11話 魔王と勇者、もう1つの物語

 俺たちの話を聞き終えた魔王ベネスの姿をした影陽は「ほへぇー」と感嘆した。


「ササゴと田中先生を追い出してくれたんだ。それに誘拐されたひかりもたすけてくれたんだね。そっちも色々なことがあったんだねぇ」

「まあな。で。そっちは?」

「うーんと、そうだなぁ……どっから話したらいいか……」


 すうと、勇者シレーヌの姿をした勇美が言った。


「ちょっとあんたはだまっていてくれない? あんたが話すと無駄に時間がかかるんだから」

「えー、ひどーい」

「だから、黙っててってば」


 そして、彼女は話し出した。

 小学生の双子が魔王と勇者に転生して、どんな冒険をしたか。そのストーリーを。


「正直に言うとさ、最初は本当に何が何だかわからなかったのよ。ゼカルとかいう神様はほとんど何も説明してくれなかったし」


 転生した彼女たちが目を覚ましたのは、魔王城から徒歩半日ほどの洞窟の中だったという。

 魔王と勇者をそこまで魔法で運んだ人物がいたのだ。


「エレオナールちゃんっていう魔法使いの女の子よ。勇者さんは知っているでしょ?」


 勇美の姿をしたシレーヌが叫ぶ。


「エレオナールだと!? 彼女は生きていたのか?」

「もちろん。もう1人、バリアくんっていう魔族の男の子もいたけど」


 今度は俺が叫ぶ番だった。


「バリア、あの子も生きていてくれたか」


 覇王将軍セカレスの息子。最終決戦の前に逃がしたのだが……そうか、生きていてくれたか。


「しかし、なぜ2人が一緒に?」

「なんかよくわからないんだけどさ。エレオナールちゃんが魔王城から逃げる途中で、バリアくんが泣いているのを見つけて保護したらしいわよ。そのあと、小さい子同士仲良くなったのかも。で、勇者さんか魔王さんのどっちかが自爆魔法をつかったと思ったエレオナールちゃんは様子を見に魔王城に戻って、勇者と魔王……というか、私たちを見つけたの。2人とも虫の息って感じだったけど、そのままにはしておけないし、ケルベロスがうろついていたりしたから、とりあえずワープ魔法で近くの洞窟へ運んだんだって」


 ふむぅ。

 やはりエレオナールはアグレッシブな幼女だな。続く話を聞くと彼女も実は誰か大人が転生した存在ではないのかと思うほどに思慮深い。


「で、転生のこととかいろいろ話して。さすがに最初はなかなか信じてもらえなかっし、逆に私たちは私たちであっちの事情がなかなか飲み込めなかったんだけどね。それでも彼女にいろいろ教えてもらって」

「僕たちは世界を平和にしようって決めたんだ」


 また、話がぶっ飛んでいるなぁ。


「なぜそんなことを?」

「エレオナールちゃんによれば、私たちが元の世界に戻るには、魔族と人族とエルフとドワーフが協力しないとダメだと思うって」

「それにさ、やっぱり戦争よりも平和の方がいいじゃん」


 なんともお子様な発想だ。

 その場にいた4人ともお子様なのだから、当然と言えば当然だが。


「で、私たちは3年間いろいろと平和に向けて頑張ったわ。魔王の威厳、勇者のカリスマ、こっちの世界の知識、色々使ったわ」

「でも一番頑張ったのはエレオナールちゃんだと僕は思うよ。ほんと、天才だよねぇー。魔族の生き残りはもちろん、人族のエラソーな大神官とかいう人ともこーしょーしてさ。僕らにはとても無理」


 それは天才の一言ですましていいのか?


「あら、私はできたわよ。影陽にはむりかもしれないけど」

「えー、勇美じゃむりだよ。相手を怒らせるの得意だもん」

「なんですってぇ?」


 と、まあ、いろいろと脱線もあったし、省略もあったが。

 いずれにしても、エレオナールやそれぞれの種族のなかでも和平を望む人々の力を借りて、3年経った今では、あの世界はそこそこ平和になったらしい。


 ……うん?


「3年!?」


 あの世界の1年は300日。確かにこちらの世界よりは若干短いが、それにしても時間の流れがおかしくないか?



「うーん、そこは僕らもよくわかんないかなぁ」

「エレオナールちゃんが転移ゲートは不安定だから多少時間軸がずれるかもとか言っていたわね」


 転移ゲートというのは、例の空間に現れたヒビのことらしい。


「今回は私たちの元の肉体がある場所へ転移させてもらったの」

「勇者さんと魔王さんが僕らの体に入っていることは神様から聞いて知っていたしね」


 ゼカルのやつ。俺たちには入れ替わりのことなんて知らせなかったくせに。


「ちょっと待て。その流れでどうしてケルベロスがこっちの世界に来るんだ?」


 てっきりゼカルのたわむれかと思ったが、どうにも違うっぽいぞ。


「それは……えーっと……」

「ねえ?」

「ちょっと実験失敗しちゃったみたい。テヘペロ」


 おい!?


「いやぁ、転移ゲートを開くのに魔力が多い魔物が必要で」

「ケルベロスがちょうどいいかなぁとかいう話になって」

「ところが、実験段階で普通にゲートが開いちゃって」

「ケルベロスがゲートをくぐっちゃって」

「いやー、焦った焦った」


 おーい!?


「エレオナールちゃんには、まだ実験は早いって言われたんだけどねぇ」

「半分マッドなエルフの魔学者と、ホームシックにかられた影陽がむりやり実験を強行しちゃってさ」

「えー、勇美やエレオナールちゃんも最後には賛成してくれたじゃん」

「してないわよ! あきれかえって『勝手にしろ』って言っただけでしょ」

「それを賛成って言うと思うんだけどなぁ」

「言わないわよ!!」


 ……この2人、確かに本質はお子様だ。小学生だ。

 3年間魔王と勇者をやっても、そこは変わらなかったらしい。


 勇美の姿をしたシレーヌがぽつりと言った。


「しかし、どうにも解せんな」

「なんのことかしら?」

「エレオナールが生きていたというのは、木島先生の……マリオネアの話と根本的にずれていないか?」


 たしかにそうだ。

 いろんなことが次々に起こってうっかりしていたが、エレオナールが死んだからこそ、彼女は自殺したはずではなかったのか。


「マリオネアさんって、エレオナールのお母さんだよね? どういうこと?」


 俺がさっきは省略したひかり誘拐事件の真相を語った。


「え、まさか……」

「そんなことって……」


 絶句する2人 。


「僕たちが転生して1年以上経った頃、僕らはエレオナールちゃんの生まれた村に行ったんだ。エレオナールちゃんもさすがにお父さんやお母さんにそろそろ挨拶しておきたいって」

「そしたら、エレオナールちゃんのお母さんがなくなっていて……」

「お父さんからは、お母さんは病気で亡くなったって説明を受けたんだけど……」


 やはり話が食い違っている。

 いや、そうではないか。

 俺は推測を口にした。


「つまり、エレオナールや勇者のせいで自殺したとは伝えにくかったから、病死と説明したのか」


 エレオナールが帰ってこなかったせいで母親が命を絶ったなど、エレオナール本人に伝えられるわけがない。


「ええ、私もそう思うわ」


 さすがにこの件に関しては、4人ともしばしの間、シーンとなってしまった。


「これって、やっぱり僕らのせいだよね。エレオナールちゃんに頼り切って、無事だって知らせなかったから」

「一応手紙は何度か出したみたいだったんだけど……」


 あの世界の郵便事情は日本に比べて遙かに劣っていた。

 戦後の混乱もあるだろうし、手紙は届かなかったか、届いたとしても手遅れだったか。


 いずれにしてもマリオネアさん! あんた早まるにもほどがあるぞ!

 ひかりを衝動的に誘拐した件も含めて、感情が暴走しやすい性格なんだろうけど。

 あとエレオナールも、天才ならもう少し両親のこと考えろよ。


「僕、どうしよう……マリオネアさんに謝った方がいいかな」


 うーん、彼らがあやまるのも違う気もするが……

 どうしたものか……


 などと言っていたときだった。

 部屋の入り口から、木島先生の声がした。


「魔王と勇者!? これ、どういうこと?」


 うわぁ、ますますややこしくなったなぁ。




 木島先生はひかりを神谷家に送り届けたあと、俺たちのことが気になって急いで戻ってきてくれたらしい。

 説明を聞き、木島先生はポツリと言った。


「そう、そういうことだったのね」

「えーっと僕らのせいで……なんていうか……」

「ごめんなさい……」


 魔王と勇者の姿の双子はひたすら恐縮しまくっていた。

 が、木島先生は……


「ありがとう」


 え? そういう反応になるのか?


「あの子は生きていたのね。あなたたちは、あの子を助けてくれたんでしょう?」

「いや、どっちかっていうと私たちの方が助けられたんだけど」

「それでも、こうやってあの子の無事を伝えてくれた。それだけで、私は十分よ」


 口ではそう言っているけど、内心は複雑だろうなぁ。

 なんともいえない沈黙が流れたが、勇者の姿の勇美が気持ちを切り替えるように言った。


「で、ここからが魔王さんと勇者さんに相談なんですけど、私たち、元に戻りません?」


 なんだと?


「エレオナールちゃんやエルフの力を借りて開発した魔法は2つあるんです。1つは世界を渡るゲートを作る魔法。そしてもう1つが精神と記憶を入れ替える魔法です。といっても、どっちかっていうと元の体にそれぞれの魂を戻すっていうほうが正しいらしいけど」

「つまり、俺たちはそれぞれ魔王と勇者に、おまえたちは小学生に戻れる?」

「はい。もちろん、その後で魔王さんと勇者さんを向こうの世界に送ることもできます。もちろん、お二人がいやだっておっしゃるなら、それはまた考えないとですけど……」


 そうか、戻れるのか。

 そう言われれば、俺たちの答えは決まっていた。

 もちろん、この半年で両親やひかり、そらたちとの絆もできた。

 だけど、やはり元に戻れるならば戻るべきだ。

 ひかりたちとの絆も、本物の影陽や勇美の方がたくさんあるに決まっているのだから。


 残る問題は……


 シレーヌの姿をした勇美は、木島先生に頭を下げて言った。


「ごめんなさい。マリオネアさんがこんなことになっているなんて想定外すぎて。さすがにあなたを元に戻す方法までは……」


 だろうな。


「それでも、エレオナールちゃんに会いたければ、元の世界に送ることはできます。でも、そのままの姿になってしまいます。ほんとうにごめんなさい」


 木島先生は「ふぅ」っと息を吐いた。


「その後、またこちらの世界に戻ってくることはできる?」

「それは……エレオナールちゃんならなんとかできるかもしれないけど……たぶん難しいかも」


 木島先生はしばらく考えてから「だったら……」と結論を言った。




……こうして、魔王と勇者、そして双子の小学生はあるべき姿へともどることになった。

 エレオナールは本当に優秀らしく、魂を入れ替える魔法も、異世界転移のゲートも、全く問題なく発動した。

 元の姿に戻った俺たちがゲートをくぐった先には、エレオナールやバリア、それ以外にも顔も知らない魔族、人族、エルフ、ドワーフたちが待っていた。

 彼らは双子が3年間かけて集めた、大切な仲間たちだった。


……そして、また幾月かの時が流れた。


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これにて第4部完。

あと1話(エピローグ)で完結になります。

最後までよろしくお付き合いくださいませ。

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