第35話 ざまぁ

 週が明けた。月曜。ついで火曜も大野裕也は学校に来なかった。

 山瀬さんも休みを取ったままだ。


 二人が同じ日に休み続けていることに対して、さすがに何かあったのではないかとクラス内で噂が広まっていた。が、それよりも僕がSNSに投稿した動画のほうが影響力が強く、それはクラス内だけじゃない。学校中で様々な憶測が広がっていた。


「ナイフ振り回してるの。……大野君だよね」


 廊下を歩いている最中。そんな声も聞こえてきた。

 投稿した本人である僕は、素知らぬ振りを貫いた。

 何事もなかったかのように学校生活を送る。


 あの動画を最初にLAINで送った茂部さんも、特に触れてくることはなかった。

 きっとヒサシ君も茂部さんから聞いて知ってはいたのだろうけれど、やはり僕には何も言わなかった。


 暗黙の了解というヤツだ。

 3人揃ってこの件に関してだんまりを決め込んだ。

 事がどう進んでいくのかをじっと観察していたのだ。

 しかし一つの回答がすぐに出た。


 大野裕也だ。

 家庭の都合で転校するという報告が担任からあったのだ。

 でももう遅い。

 僕が投稿した動画はかなりの勢いで広まっていたこともあって、担任が話すそんな薄っぺらい理由を信じる生徒は、まずいなかったはずだ。

 しかし理由はどうあれだ。

 早い段階で大野裕也の今後について話が聞けたことは幸いだった。

 茂部さんは、すぐに山瀬さんに連絡を取ったらしい。


「亜未! 明日学校くるって!」


 僕とヒサシくんに嬉しそうな笑顔を向けて報告してくれた。

 茂部さんの隣でヒサシ君も、ほっとしたような微小を浮かべた。


 翌日。茂部さんが山瀬さんを家に迎えにいったらしく。二人並んで教室に入って来た。

 入り口で足を止めた山瀬さん。

 少し気まずそうにしながらも、


「おはよ」


 小さな声で皆に挨拶をした。

 クラスメイトの注目が一気に集まった。


 それに対して硬い微笑で応える山瀬さん。

 しかしクラスにいた女子は一斉に山瀬さんに詰め寄った。


「大丈夫?」「どうしたの?」「何かあった?」「後で話きくよ」


 心配の声が飛び交う。

 それを


「はいはい! どいてどいて!」


 ボディガードよろしくクラスメイトを邪険に扱い山瀬さんを守る茂部さん。

 山瀬さんは自席までガッチリと護衛されていた。


 一週間ぶりに見る彼女の顔は少しやつれているように見えた。

 けれど、山瀬さんがクラスにいるだけで、教室が一気に華やいだ。

 それが素直に嬉しかった。


 山瀬さんは席に座る間際、ちらと僕に視線を投げた。

 口角が少しだけ上がった。口元が小さく動いた。


 ――ありがと。


 何も聞こえなかったけれど。

 そう言ってくれたように僕には思えた。





~ 大野裕也 自宅 ~


 バンッ! 


「早くしろ! 裕也をここに呼べと言っているんだ!」


 テーブルを叩きつける音だ。2階の俺の部屋にまで聞こえてくる。


「何している! 私がはやくしろと言ってるんだ!」

「あなた! そんなに怒らないでよ! 私だって大変なことになっててどうしたらいいのかわからないんだから!」


 母さんの金切り声も聞こえてくる。

 なんで、なんでこんなことになっちまったんだ……。

 SNSでは俺が時枝を粛清しようとした時の動画がもの凄まじい勢いで拡散されている。

 今もまさに世界中を駆け巡っている。


 お陰でスマホには知らないヤツからガンガン電話がかかってくる。

 一度だけ電話に出たら


「人殺し!」


 とだけ言われ、切られた。


 俺の名前はネットでトレンド入りもしていた。

 写真つきでだ。一躍有名人になっている。


 父さんと母さんの名前もネット上で公表されている。

 そのせいで大型のカメラやマイクを持ったマスコミと思われる人間が、家の前でたむろしている。

 とてもではないが家から出ることなど出来ない。


 父親は名の知れた国会議員だ。

 母親は医師。病院経営もしている。

 俺は俳優並みのルックスを持って生まれ、小さい頃から勉強は常にトップの成績。スポーツは何をやっても万能。

 誰から見てもハイスペックで特権階級の人間。

 上級国民の家庭だったはずなのに。


 その俺が……。

 今や自分の部屋からも出られずに。

 ベッドの中でうずくまることしか出来ないなんて。


 ……俺が俺が……!

 こんな扱いを受けるなんて……! くそっ!

 時枝だッ! 時枝ッ! 時枝ッ! 時枝ッ!


 LAINの友達登録をしていた奴等もことごとく俺をブロックしていく。

 俺が作っていたLAINグループからは一斉に皆が抜けていった。

 今まで俺のスペックにすり寄ってきていた女もだ。

 誰一人として連絡がつかない。着信拒否されている。


 俺の回りから。人がいなくなっていく。


 こんな目にあっているのは、全て時枝のせいだ!

 動画をスマホで撮ってやがったあの野郎のせいだ!

 あの一瞬でSNSに拡散までしやがって。

 本当に気持ち悪いヤツだ!

 そうだ、全部アイツのせいじゃないか。

 なんで俺がこんな眼に合わなきゃいけないんだ!


 ドン! ドン!

 部屋のドアが強く叩かれた。


「裕くん! 動画の事知ってるでしょ! 下に降りて来て話を聞かせてちょうだい!」


 ついに母さんが部屋までやって来た。

 ふざけんじゃねぇ。俺はこんなところで終わる人間じゃない。

 終わるのはどう考えたって底辺の根暗陰キャ。時枝であるべきだろ。

 そうだ!

 こんな時こそ父さんと母さんに頼んで、警察もマスコミも押さえてもらって、あいつを社会的に抹殺すればいいじゃないか。


 その後だ。散々苦しんだ後。

 俺の手でじわじわと苦しめてから殺してやる。

 ナイフなんかでひと思いにやっちまおうとしたのが間違いだったんだ。


「母さん。俺は悪くないんだ! 悪いのは時枝ってやつだ!」

「え!? 誰なのその子!?」

「学校の同級生だ! そいつがニセの動画を作ってSNSで拡散したんだ! これって名誉毀損とかになるだろ!」


 あの動画は嘘ってことにすればいいだけじゃないか。

 こんな簡単なことにどうして気づかなかったんだ。

 俺は特権階級。

 どんなに間違っていようとも。嘘であっても。

 俺が言えばそれが正義になるんだ。


「母さん。詳しくは下で話すよ」


 俺はドアを開けた。

 するとそこにいたのは母さんだけじゃなかった。

 父さんも来ていた。憮然とした顔の父さん。

 強面だが。分かっている。俺を心配してくれているんだ。

 だから部屋まで足を運んでくれた。


「あ、父さん、実はさ……」

 

 パァン。


 父さんと眼があった瞬間だった。

 母さんを押しのけるようにして父さんは前に出ると、俺の頬をいきなり張った。

 生まれてこの方。

 父さんに叩かれたのは初めてだった。


「裕也。いい加減にしろ。そんな嘘がいつまで通用すると思っているんだ」

「父さん……何いってんだよ。嘘じゃねぇって。俺はあいつ……時枝ってヤツにそそのかされてナイフ振り回す演技してただけだなんだ。悪いのは全部あいつなんだよ。俺は騙されただけなんだ。なあ、父さんの力でそいつを犯罪者にしてくれよ、父さんならできるだろ」

「……情けない。お前のような子供を持ったことが私は恥ずかしい。お前のせいで俺の政治家生命は終わりだ。……お前は末代までの恥だ!」

「へ?」


 ……な、なんだよこれ……。

 なんでこんな展開になっている?

 終わり? 俺のことが恥ずかしい?

 俺のことが恥ずかしいって言ったのか!?

 

「か、母さん……。母さんは信じてくれるだろ? なあ、俺の言う事が正しいってわかってくれるだろ!?」

「…………」


 母さん! なんで眼を逸らすんだよ!

 俺の言うことならいつだって。なんだって聞いてくれたじゃないか!


「裕くん……。母さんも今回ばかりは味方になってあげられないわ。……あなたのせいでね。病院が大変なことになってるのよ!」

「な、なんだよ、病院よりも俺のほうが……」

「バカ言わないで!! 医師の息子がナイフ振り回してるのよ! 病院の関係者や患者になんて説明すればいいのよ! 私がどれだけ苦労して今の地位を築いて来たか! あなたは何もわかってないのよ!」

「か、母さん……?」


 母さんは一気に怒鳴り散らすと、呆れ果てた顔で階段を降りていった。

 父さんも俺に背を向けた。大きなため息が聞こえてくる。


「……お前のことなど。もう知らん」


 俺は一人その場に取り残される。

 誰もいなくなった廊下は、冷たくて。暗くて。その中を。


 ぴんぽーん。ぴんぽーん。ぴんぽーん。ぴんぽーん。ぴんぽーん。

 どん! どん! どん! どん!


「大野さん! いるんでしょ! 息子さんの事でちょっとお話伺えませんかね!」 


 ぴんぽーん! ぴんぽーん! ぴんぽーん!

 どん! どん!


「ねぇ! ちょっとだけですから!」


 ドアベルと男のがさつな大声が突き抜ける。


「もう嫌ゃあああーーー! 全部ユウヤのせいじゃない! あたしは関係ないわ!」

「お前があんな子に育てたんだろうが!」

「私のせいにしないでよ! 何もしなかったくせに!」


 階下から聞こえる罵倒。悲鳴。喚き声。

 そして本音。

 俺は目の前が真っ暗になり、硬い廊下の床にがくりと膝を着いた。





――――――――――――


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