第6話 難しい事を考えるのはやめるんですわ!ぱわー!ぱわー!ですの

頬に感じたことのない衝撃を受ける。

痛いなんてもんじゃない、頬が焼けるようだ。1m以上伸ばした輪ゴムを頬に充ててもきっとこれ以上の衝撃ではないだろう。


キスされるかもなんて想像はもちろん幻想で、今となってはなぜそんなことを思ったのかすら痛みでどうでも良い。


「どうですか?やめてほしい時に言ってくださいね」

彼女は天使のような笑顔を言葉と暴力を振りかざす。

痛い、今すぐ止めてと言いたい。でも頬の肉が彼女に掴まれているからか、うまく言葉が発せられない。


「ひはい」

「ひはい?」

辛うじて出た言葉は、伝わらない程変わっていた。痛いという言葉が伝わらない。自分の不甲斐なさにがっかりする間すらなく痛みが襲ってくる。


「やめへ、おへがい、やめへ」

「お願い、やめて?」

僕は彼女の問いに対して全力で首を縦に振った。

すると、強くつかまれた彼女の親指と人差し指の力がふっと急に抜ける。


二言目を必死に叫ぶと何とか伝わってくれた。凉坂さんが心配そうに蹲ったこちらを覗き込む。


この痛さは夢じゃない、これは絶対に夢じゃない。これが夢で感じる痛みだったら僕は自分の想像力と深層心理を疑うレベルだ。

現に今、夢でも見たくないレベルの悪夢を現実で味わっている。


「あの、啓さん大丈夫ですの?」

「大丈夫、ではないかも」

彼女はしおらしい表情をしている、頬をつねれと言ったのは僕なのだから責任を感じる必要はないのに。

いや、そもそも夢と勘違いさせるレベルの奇行の限りを尽くしてきたのは、彼女だだったら少しくらい責任も感じてもらっても……。


「ごめんなさい、私、人より少しだけ力が強くって」

少しの意味を理解していない少女の手が僕の頬に触れる。

冷たい指先が熱を持った頬を優しく冷やすように包んでいく。

恐怖体験を植え付けられたというのに、自然と心地がいい。


「僕が頼んだことだし、気にしないで」

精一杯の強がりを顔を下に向けてから言った。

「でも、そんなに腫れあがって、私どうしたら……」


かなり申し訳なさを感じたのか彼女は謝罪を止めない、困った。彼女の手がまだほっぺから離れない、よっぽど気に病んでいるのか子供をあやすかのように頬をナデナデをされている。

母親が近くにいるんだ、見られたらかなり変な勘違いをされて面倒なことになるのは必然だ。


いや、まてよ、夢だと勘違いしてた時と同じように何も考えずに割り切れば楽しいんじゃないか。なんてったって今目の前にいるのは絶世の美女、豪華すぎる家。そんな物がある生活なんて男の憧れが詰まっている。


ちょっと力加減に難があるとはいえ、この美しいお嬢様と数週間でも一緒に生活が出来るなら少しくらい詐欺られたって安いという人も多いだろう。

僕は度重なる体への負担と、目の前の健気なお嬢様の誘惑に負けて思考を放棄することを決定した。


「大丈夫、大丈夫だから、凉坂さん下の名前教えてくれない?」

「え、彩ですけど」

凉坂彩はかなり戸惑いながらも名前を教えてくれた、彩か、確かに彩りの多い性格という意味で名が体を表している。いい名前だ。可愛いし。



「啓様、顔がだらしなさ過ぎます。」

ポンッ、っと軽い音とともに力が頭に加わったのを感じた。その言葉でふわふわとしていた、地べたに引き戻される。

力の調節が適切過ぎる叩きを頭に貰ったことを理解し、振り返ると、メイド服を着た短く黒い髪を持ったカッコの良い女性がそこに立っていた。

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