絶対に許さない

遊井そわ香

許さない(彼女side)

 天羽律音あまはりつとくんが好き。愛しているといっても過言ではない。

 クールすぎて無表情なところも、友達付き合いが苦手で一人でいるところも、真夏でもシャツの第一ボタンを外さない真面目さも、四角張った几帳面な字も、絵が上手なのも、重い前髪も、野暮ったい黒縁眼鏡も、なにもかもが私の心をくすぐる。



 秘めた想いを爆発させたきっかけは、高校二年生の修学旅行で同じグループになったこと。

 グループラインで、律音りつとくんと連絡がとれるようになったのだ。

 修学旅行が終わり、グループラインは解散になった。けれど私は想いを抑えることができずに、律音くんに朝の挨拶を送る。


『おはよう。今日は寒いね。風邪を引かないよう、気をつけて』

『おはよう。今日はテストだね。頑張ろうね!』

『おはよう。今日は雨予報だよ。傘を忘れずにね』


 返信は一度もないけれど、既読がつく。それが嬉しくて、私は毎朝のメッセージに勤しんだ。

 けれどそれだけじゃ足りなくなって、夜も送るようになった。


『おやすみなさい。今日もお疲れさま』

『おやすみなさい。今日は寒いね。風邪引かないように気をつけてね』

『おやすみなさい。明日の試験も頑張ろうね』


 欲望は満足することを知らない。律音くんともっともっと仲良くなりたくて、文化祭でコスプレ喫茶を提案した。

 文化祭当日。律音くんの好きなアニメキャラである、アイドル戦士もどかちゃんのコスプレをした。


(もどかちゃんに似ているね。僕の彼女になる?)


 そんな台詞を妄想してはしゃいでいると、律音くんに空き教室に呼び出された。

 もしかして告白される? ドキドキして心臓が破裂しそう。


「もどかちゃんのコスプレをするな! 三次元の女がどんなに頑張っても、二次元の女にはなれないから!!」 

 

 告白ではなく、クレームだった……。


 律音くんの笑顔が見たかった。喜んでほしかった。彼女になりたかった。

 けれど――想いは玉砕した。


 号泣する私に、友達は諦めるよう説得してくる。


天羽あまはのどこがいいのか全然わからない。陰気なアニメオタクじゃん」

美雨みうはさ、恋に恋してるだけなんだよ。目を覚ましなよ。陰キャと付き合ったって、会話にならないって!」


 だけど、律音くんへの想いは薄れない。陰気なアニメオタクだろうが、なんの問題も、障害もない。

 

 律音くんのことをもっと知りたくて、学校帰りの彼の後をつけた。

 律音くんは公園の前で立ち止まると、振り返った。彼の視界に入れたことに、私の胸はキュンとときめく。


「これ以上ついてきたら、ライン完全無視する」

「……ごめんなさい。後つけないから、これからも読んで……」

「…………」


 律音くんは無言で立ち去った。

 その夜、謝罪のメッセージを送った。いつものように既読がついて、泣くほど嬉しかった。

 嫌われていない。そう思ったのだけれど、この話をしたら、友達も友達の彼氏もドン引きした。


「美雨のやっていることって、ストーカーだからね! そのうち、訴えられるよ!!」

「友達として忠告する。望みなし。諦めろ」

「マジ引くわー。美雨ちゃんは良い子だし、カワイイけどさ。絶対に彼女にしたくないタイプ。怖っ!」

 

 律音くんへの恋心は、一方通行なうえに迷走している。まったく理性的じゃない。けれど、この後に及んでも好きな気持ちに終止符を打てない。

 一方的にラインを送り続ける毎日。返事がなくても、既読がつくだけで幸せだった。



 三月になり、高校を卒業した。私は地元の大学に、律音くんは隣の県の大学に進学した。

 学校に行けば、顔を合わせられた日々が貴重だったことを知る。

 律音くんに会えない寂しさが高まって、朝晩の挨拶の他に日中もメッセージを送るようになった。


『天気がいいね』

『空が綺麗だよ』

『たんぽぽの綿毛が飛んでいるよ』

『季節限定のマンゴードリンクが売切れで買えなかった。残念』


 綺麗な夕焼け空や道端の花を見つけては、写真を撮って送る。

 一日平均五通。ひどいときには二十通送ることもある。完全なるストーカーの出来あがりである。律音くんはさぞや呆れているだろう。



 そんな重度の恋愛中毒に終止符を打つ日がやってきた。

 大学で仲良くなった友達に、ストーカー事件が起こったのだ。ゴミ捨て場からゴミ袋を持ち去ろうとする男に、友達の彼氏が声をかけた。同じサークルの男子だったからだ。その男子が持ち去ろうとしていたのは、友達が出したゴミ袋。友達に片想いをしていた男子は、家に持ち帰って中身を漁っていたらしい。

 人間として最低だと怒る友達からその話を聞いたとき、私は体の震えを止められなかった。


 ――律音くんのゴミ袋、私も欲しい。律音くんの生活を知りたい。


 自分の中にある欲望に身の毛がよだつ。私は犯罪予備軍だ。このままでは律音くんを傷つけてしまう。

 

「迷惑をかけるのって、愛じゃないよね……」


 ようやく気づいた。目が覚めた。

 私がしてきたことは、愛という名の嫌がらせでしかなかった——。



 律音くんの連絡先を消去した。それからスマホを解約し、違う電話番号に変えた。

 真夏の抜けるような空の下。私は新しく購入したスマホを握り締めて、泣き崩れた。

 律音くんの電話番号もアドレスもわからない。履歴もない。


 すべてが終わった。同時に私の人生も終わった──。


 心にポッカリと大きな穴が開いている。私の世界から、大切な宝物が失われてしまった。この穴が埋まることは永遠にないだろう。



 スマホを新しくして一週間後。ぼーっとテレビを見ていたら、インターホンが鳴った。

 玄関を開けると、律音くんが不機嫌な顔で立っていた。


「話がある」


 警察にストーカー届けを出したんじゃ……と慌てたが、律音くんの後ろに警察はいない。

 だけど謝罪の必要性を感じて、私は頭を下げた。


「ごめんなさい。今までしてきたこと、全部ごめんなさい」

「許さない! 絶対に許さない!!」

 

 律音くんは本気で怒っている。当たり前だ。私のした行為で律音くんに嫌な思いをさせてしまった。

 情けなくて、涙がポタポタと落ちる。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「許さないって言っているだろう!! 勝手すぎる! いきなり連絡を絶ってさっ!! 一言、僕に飽きたって言えばいいだろう! 他に好きなヤツができたってっ!! 僕の感情をかき乱して、突然消えるってズルいだろっ!!」

「飽きていないし……、他に好きな人もいない……」

「じゃあなんで、連絡切ったんだよ!!」

「だって私、ストーカーだもん。律音くんに迷惑かけているから……」

「はあ? 今さらそれ言うかよ。毎日しつこくラインしてきたくせに!!」

「もう二度と送らないから……ごめんなさい」


 泣きじゃくる私に、律音くんは「許さない」と、低い声で告げた。


「僕の人生、めちゃくちゃなんですけど。迷惑をかけた責任をとって」

「どうやって……」

「もう一度、連絡先を交換しよう。今日からまたラインを送ってきて。毎日」

「えっ……?」


 わけがわからないながらも、新しい電話番号を教えた。律音くんからラインが入る。


『よろしく』


 キョトンとする私に律音くんは、


「まずは友達から始めよう」


 と、真っ赤な顔をしたのだった。


 



 


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