第25話 仲直り温泉(元弟)

もう……なんなんだよ…


エリマリのまさかの襲来。

あれだけ警戒し、予防線も張っていたのに結局こうなってしまった。

もうボクの計画も、思惑も、覚悟も全てが無駄になった。


洗顔中に二人の声が聞こえてきた瞬間、ボクはやるせなさ、怒り、悲しみ、絶望等がない交ぜになりどこか無気力になってしまった。


こんな最悪な状況なのに、涙も、ため息さえ出ず、ボクは淡々と洗顔を終え、旅館に人数追加の連絡をし、続いて簡単に化粧と髪のセットをし、店員さんにお礼の挨拶をしてから響達の元へと向かった。


するとエリマリが響に抱きつき、慰められている光景が目に入る。



( この人達、いらない )



ひどく冷淡で、無機質で、まるで人の血が通っていないかのような感情に支配された。

その後に何を話したのかも覚えていない。

きっとどうでもよかったのだろう。


もう響以外はどうでもよく、響と繋いだ右手のみに血が通い、そこだけがボクにとってのリアルだった。



( 世界が滅びて響と二人だけになれたらいいのに )



そんな事を思いながら歩いていた。

すると、ふと右手に力が加わる。

響が強く手を握り、歩みを止め、謝罪を口にし始めたのだ。


そこで鈴音の名が飛び出した時、あれだけ無気力だったボクに感情が戻った。

そして二人も感情を露にしている。

そこでボクは確信する。

この二人が響に向けるものはボクと同じなのだと。


気付いていなかった訳じゃない、おそらくそうだとは思っていた。

だけど、ボクはそんな二人を出し抜くことに罪悪感を抱きたくなかった。

二人はただのブラコンである、そう思っている方が気持ち的に楽だったからだ。

でも、それももう言い訳に出来ない。


散々な言いようでボクを批判する二人。

言い返したくても、決意や覚悟にかこつけ、二人を騙し、出し抜き、蔑ろにしていた事が後ろめたく耐える事しか出来なかった。


そんなボクを養護するように響が立ち回ってくれたけれど、ボクの心はどんよりと重く、旅館に着いてなお晴れる事はなかった。


響が空気を変えようと悪戦苦闘しているのは分かっている、だけど二人の手前萎縮してしまいノッてあげる事が出来ない。


そんな中、いよいよ万策尽きたのか全裸になって歩き出した響。

「あっ!いっけね、カギ落としちゃった」と、わざわざ肛門を見せ付けるように中腰で拾おうとするので思わず吹いてしまうが、真理にギロリと睨まれまた押し黙る。

エリナと響が楽しそうに戯れているのを羨ましくチラチラと見ていると、ふいに真理が「温泉行くよ」と強制的にボクを連れ出した。


エリナと真理はボクにとって一応姉貴分ということになっている。

一見クールな真理もどこか抜けているので、いつもサポートするのはボクだし、エリナに至っては面倒のかかる妹みたいなものなのに、いつまでたっても背が小さいボクは弟扱いされていた。

ちなみに鈴音からはペットだと思われていた節があるがそれはまた今度。


話は戻るが、いくらボクが二人を支える機会が多くとも、日常的に弟扱いされると何故か頭が上がらない、という現象が起きるのは何故だろうか。

今だってボクはこれからリンチでもされるのかな、とビクビクしながら二人の前を歩いている。


痛っ!足蹴られた…

はぁ、もう何なんだよ、もうボクは身も心もボロボロなんだからさ、静かにゆっくり温泉に入らせてよ。


痛っ!脇腹突かれた…

もうやめてくれよ、こんな狭い所でボクをイジメても気が晴れないでしょ?やるならもっと広い場所で徹底的にやってくれよ。


こうして、広い館内をまるで処刑台への道を歩むような気持ちで進んでいると、いきなりエリナに腕を掴まれて何やら個室に連れ込まれた。

暗くて広い室内にはカラオケ機器とデカいテーブル、どうやらここは大人数用のカラオケルームみたいだ。


ボクはいよいよか、と覚悟を決めて身を縮こませ目をつむっていると、「戦えぇー!!」とエリナが叫び、「寂しいんだよバカー!!」と真理が叫んだ。

強い口調とは裏腹に、洪水のように涙する二人。


ボクの腕を強く掴みながら「何で言ってくれなかった!」 「勝ち取れぇぇ!」 「寂しいんだから!悲しいんだからぁ!!」 「エリナを見ろぉー!見てよぉー!!」 「頼りなくてごべんねぇぇぇ!!」 「捨てないでぇぇぇ!!」 等々、二人揃って脈略の無い言葉をこれでもか!ってくらいにぶつけてくる。


二人とも言葉が足りなすぎて、一体何の話をしているのか分からないのに、どうしてかさ、ボクには全部分かっちゃうんだから不思議だよね。


しかし……ほんとにさ…ほんとに……姉さん…



「ごべんなざぁぁぁぁい!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」



ボク達は三人で抱き合いながらしばらくわんわんと泣き、最後はアイドルの曲を振り付きで一曲歌ってから改めて大浴場へと向かった。




──洗い場にて



「っ!!なんで?!エリナ!ちょっと!おしっこしてない?!」


「涼ちゃんシーッ!やめてよバレちゃうでしょ!」


「エリナは必ずマーキングするよねー。やめなってそろそろ」


「だって、もう条件反射なんだもん!さっき涼ちゃんがトイレ行く暇与えなかったのが悪い!」


「いや、ボクのせい?!つか今涼ちゃんって言った?」


「私も『お涼』って呼ぶかな。つかエリナおしっこ長くない?ゾウさんみたい」


「パオーン。つかもう涼ちゃんでいいっしょ?だって女でいくんでしょ?つかゾウさんと言えばおにーちゃん凄かったね!」


「「 凄かった!! 」」




仲直り温泉(終)

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