第4話 委員長レポート ─鈴の音は響かない─

少しでもKyo-Rinちゃんねるを見た事がある人であれば、『もうあんたらに構ってる暇ないから!』先日そんな発言をした鈴音ちゃんであっても、また何かやらかすかも知れない、という可能性は大いに感じていただろう。


特にあの三人にはそれが分かっているため、この5日間、坂本君が学校にいる間のケアは私達に任せ、あの三人は鈴音ちゃんの暴走を防ぐ為、監視と妨害に奔走していた。


この5日間比較的穏やかに坂本君が過ごせたのも、そういった彼らの頑張りがあったからこそだ。


正直、これまでの坂本君の状態でキョーリンの邂逅がなされた場合、どうなっていたのかは分からない。

しかし、せっかく回復の兆しがある坂本君に、今鈴音ちゃんを近づけるのは誰もが避けたい事案だった。


Kyo-Rinカップル。

実際には恋人関係ではない二人ではあったが、幼馴染特有の爽やかで可愛らしい二人のやりとりや、時に甘酸っぱく、時に中学生らしい痛々しさもあり、そのリアルで絶妙な距離感が反響を呼んだ。


故に、私自身復縁を望む想いがない訳ではないが、あそこまで坂本君を追い込んだ鈴音ちゃんを到底擁護する事はできない。


別に『絶対に許さない!』とかじゃないけれど、『これ以上坂本君を苦しめないで欲しい』という思いが強いのだ。


その思いはたぶんクラス共通で、殴り込みのような形で教室に入ってきた鈴音ちゃんに対しては、全員が敵意と警戒心でもって構えることとなった。


坂本君は私達が守る、そんな意志が皆の目に宿っていた。


だから──


『お前のせいに決まってんだろがこのくそ浮気女ぁー!!』


そう坂本君自身が言い放った事に少し安堵した。

感情が昂ってはいるけれど、少なくとも以前のように塞ぎこむような事はなかったからだ。


これを受け、私達は交戦モードから一転観戦 (見守り)モードへと切り替えたのだった。



『う、浮気?!何を言って……ってそれよりも!家に帰って来てよ!エリナの所に行ってるんでしょ?エリナも真理も家に入れてくれないしさ!もう!なんで帰ってこないのよ!!』



エリナさんと真理さん。

二人とも名字は坂本で、坂本君とは義兄妹の関係。小学生までは坂本君と一緒に鈴音ちゃん家族と同居していたが、二人は中学校からその家を離れて二人暮らしをしているそうだ。

今は鈴音ちゃんから匿うため、一時的にそこで坂本君も一緒に暮らしているとのこと。



『バカが、もう家族じゃないお前となんか暮らせるか!俺が帰るのは家族がいる場所だ!娘達と暮らして何が悪い!」


『そ、そりゃ私達は いとこ だから本当の家族じゃないけど……わ、私達は……私達はその……特別な関係だから……』



坂本君はたまにエリナさん達を『娘』と呼ぶ。二人は基本的に坂本君をエリナさんが『おにーちゃん』、真理さんが『兄さん』と呼んでいるが、動画内ではたまに『パパ』とか『お父さん』って呼ぶこともあり、この二人と坂本君の関係性は結構謎で、掲示板でも考察の的となりかなり盛り上がっていた。

そう言えばこの前も『パパ!パパ!』とエリナさんが叫んでいたっけ…。



『特別……だと?…なぁリン、お前にとって特別って何なんだ?…なぁ、教えてくれよ!なぁ!!』


『ちょ、そんなに怒らなくていいでしょ?!なにさ!私に彼氏が出来たのがそんなにご不満?私が取られたとでも思って怒ってるわけ?さっき浮気女とか言ったし!じゃー別れたら帰ってきてくれるの?!ねぇ!そーなの?!』


『は? 別れるだと? お前人の気持ち弄ぶのも大概にしろよ!!』


『だって!別に私好きで付き合った訳じゃないもん!!告白なんて初めてだったし、そういうの憧れてたし、会長が凄く真剣に好きだって言ってくれたから……だから…それがあの時は嬉しかったから受けただけで…』


『それを大概にしろって言ってんだよ!お前がどうであれ、会長は真剣だったんだろ?それを受けたのなら、お前も会長の想いに応えるようにちゃんと向き合うべきだろが!簡単に別れるとか……ふざけんな!』


『だって……だって…』



やはりそんなとこか……

鈴音ちゃんにとっては告白は一つのイベントに過ぎず、その後の事なんてほとんど考えてなかったんだろうな……。

中高生の恋愛ではこういったその場の雰囲気にのまれて付き合うケースは珍しくはないのかもしれないけれど、チャラチャラした人ならともかく、相手はあの真面目そうな生徒会長だしな、鈴音ちゃんから簡単に別れを告げられたらきっと凄く落ち込むだろうし、受験にも影響出ちゃいそうだよな…。

しかし、よりによって何で会長は鈴音ちゃんに告白するかねぇ……動画…知らないのかな……まぁ知らなかったんだろうな…任期を延長して卒業まで生徒会長を務めようとするような真面目さんだしな、はぁ…。

でも、もしかして周りの生徒から過去動画の存在を知らされて今頃慌てふためいているかも?

それなら……ワンチャンあり…かも?


……それにしても、坂本君がこんなに怒るところ初めて見たな…真剣に怒られる鈴音ちゃん…ちょっと羨ましいかも。



『はぁ…もういいよ。二人の恋愛に首突っ込む気はないし、別れる別れないは好きにしな』


『や……やだ!そうやって突き放さないで!』



わかる。今めっちゃ心細くなったよね鈴音ちゃん。怒られている方がよっぽどマシだよね。坂本君が遠くに行っちゃう、今そんな不安で一杯だよね……。



『突き放したのはお前だろ?』



ここにきて坂本君は怒りでも、冷静さでもなく、ひどく寂しそうにそう言った。



『あれは!あれは告白されたばっかりで調子に乗ってたの!あの日から響ちゃんは帰ってこなくなって、エリナ達からは拒絶されるし、ママ達には呆れられてそっけなくされるし……ごめんね?凄く反省したんだよ?だから帰ってきてよ…お願い……』



ここにきての謝罪か。

きっと近しい人だけじゃなく、動画を見ていた生徒達からも微妙な距離を取られたのだろう。

かといって好きでもない恋人に頼る気にもならず、この5日間はずっと疎外感を感じていたってところだろうか。

坂本君が帰ってくれば、坂本君がいつものように接してくれれば全てが解決する。

そんな想いでここへ乗り込んできたのに、今彼女はその彼にも突き放されてしまった。

涙を流して謝る彼女ではあったが、そこに坂本君への謝意がどれほどあるのだろうか。

坂本君の5日間の絶望を知らない彼女。

涙を流す姿に同情はするが、申し訳ないがその涙は自分可愛さ故のものとしか思えない。



『リン、俺はさ、2年後には結婚して、正式に真理とエリナを養子に迎えて、やがて産まれくる赤ちゃんをみんなで育てる。そんな未来のパートナーがさ、リン、お前だと信じてた』


『………えっ』


『信じてたって言うより、もう随分前から俺の中では決まってて、その為に将来に向けて色々頑張ってた。当然リンもそうだと思ってたからさ、お前がへらへら笑って彼氏ができたと言ってきた時はマジで凹んだよ。2日間記憶を失う程にね』


『…ごめん……なさい…でも記憶って…』


『いや、もう、それはいいんだ。沢山の人が助けてくれたからね。それよりもね、リン。もう一度聞くけど、リンの言う特別って、何かな』


『それは……響ちゃんと私はいつまでも一緒っていうか…』


『リン、俺達ってさ、恋人でもなければ、好きとか愛してるも言ったことないけど、いつだって俺の中ではリンが一等賞で、特別だったんだ』


『だったって言わないでよ…』


『想像してほしいんだけど、例えばさ、リンが事故に合ってさ、一生歩けなくなってしまったとするじゃん?それでもさ、何年経っても、お爺さんとお婆さんになっても、当たり前のように車椅子を押して、リンと楽しそうに話しながらお散歩してる人って、誰?』


『それは……響ちゃん…です』


『それって、すぐに浮かんだ?』


『うん…』


『なら、どうしてリンは他の誰かと付き合うなんてこと、出来たの?』



この質問を坂本君がした時、既にポロポロと泣いていた鈴音ちゃんは、堰を切ったかのようにボロッボロに泣きはじめ、嗚咽が止まらなく、しばらく話が出来る状態ではなかった。

自分にとって坂本君がどんな存在かをはっきりと認識し、彼がどんなに自分を想っていたのかを理解したのだろう。

そして私達も感じとる。

ここから、彼らの終わりが加速する事を。



『うっ…うぅ……ごべんなざい!!ごべんなざい!!わたじが、まちがっでたの!!ごべんなさい……』


『リン、リンは別に間違ってないと俺は思うんだよね。俺の存在なんて、所詮、好きでもない人からの告白ですぐにどうでもよくなるくらいのものだった。それだけなんだと思う』


『ちがう!!ちがうっ!!』


『はぁ。ごめん。なんか卑屈な感じで色々言っちゃったけどさ、とにかく、俺は、俺と同じ想いのリンを求めていたわけで、そうじゃないと分かった以上、お前をもう特別だとは思えない。 勝手に理想を押し付けて、勝手に絶望しているのが俺ってだけだからな。 だからさ、別にリンが謝る必要はどこにもないんだよ? あとね、たとえ特別じゃなくなってもさ、出来れば今までみたいに仲良し幼馴染でいたいって気持ちはあるんだけど、今はちょっと無理かな。まださ、リンを見ると辛くなっちゃうから。だって、姿も、声も、一等賞だったリンのままなんだもん。つらいよ。 だから、おばさん達には悪いけど、もうあの家にはあまり行くこともないし、リンと会うことも、話すこともちょっとしたくない。ごめんな。 それと、リン、何かあったらとりあえずお前は会長を頼れ。彼氏ってのは頼られたらきっと嬉しいはずだからな。 ってことで、リン、またな!おばさん達にもよろしく!』


そう言って坂本君は西園寺君を連れて教室を後にした。帰り際に「ごめんね」と私に手を合わせてから。


最初こそ声を荒げていた坂本君も、最後の方は必死に涙を堪えながら話しているのが分かった。

鈴音ちゃんに背を向け、少し震える声で、自身の弱さも、格好悪さもさらけ出し、精一杯決別の言葉を彼女に伝えた。

彼女はさることながら、そんな坂本君の言葉に皆が涙を流していた。

私達が愛したKyo-Rinが、本当の意味で今終わってしまったから。


エリナさんと真理さんは、泣き崩れる鈴音ちゃんへ「今までありがとうございました」と、丁寧にお辞儀をしたあとに教室を去った。

『正式に養子に』彼が言っていた未来があったならば、やがて二人の母となる存在だった鈴音ちゃん。

そんな二人からの「ありがとう」が余程堪えたらしく、さらに声を荒げて泣いていた。


主要人物達がいなくなっても、その場で泣き続ける鈴音ちゃんをさすがに放って置くことはできず、クラスメイトの一人に生徒会室に行ってもらい会長を連れて来てもらった。


だが、恋人とはいえ、まだほぼ進展していない会長は、声をかけても全く無視されており、しまいには肩に置いた手を乱暴に振り払われたあげく走って逃げられてしまった。


右往左往とする会長。

いや追いかけろよ、とは思うが、まぁお前ごときが追いかけても意味ねーか、とも思った。


ほんと、余計な告白はするし、肝心な時にはつかえねーし、マジでいらねーやつ、と認定された会長を置いて私達も退室した。

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