第43話 ほれほれお姉さんに話してみ

「どこまでも迷惑をかけてくれる」

 サネモは顔をしかめた。

 知らぬ間に借金をされ、秘蔵していた貴金属類は奪われた。大人しく借金取りに捕まればいいのに逃げ回っている。そんな元妻に対し不思議と恨みや憎しみは感じていない。

 元妻フーリの顔を思い浮かべようとするが、上手く顔が思い浮かばない。あるのは不快さと関わり合いたくない気持ちだけだ。

「我が主、どうされますか」

「探すしかないさ。連中が探して見つからないなら、そのつもりで探すしかない。私しか知らないような見当をつけて探すか」

 歩きしたサネモの傍らにフードを被ったクリュスタが並ぶ。

「なるほど承知しました。どのような見当があるのでしょうか?」

 狭い小路を歩いて西に向かい、見慣れた大通りに出るとエルツを迎えにコリエンテの店を目指した。

 天気は薄曇りになって、行き交う人も足早。何人かは雨具を手にしてもいる。

「その見当だが……」

 考える。

 フーリの居そうな場所が思い浮かばない。そもそも浮気されていた事にすら気付かなかったぐらいだ。そうなると縁故の筋だが、そうした場所はリオウたちも確認しているだろう。

「うーむ……」

 サネモは歩きながら唸った。

 改めて自分がフーリの事を何も知らなかったのだと思えてくる。一緒に暮らして生活費を渡し、ときどき食事を一緒にしていた同居人でしかなかった。フーリの素っ気ない態度と味気ない生活に諦め、早くから交流を怠った自分が悪いのだろうか。

「我が主?」

「ん? ああ、すまない別の事を考えていた。そうだな、今すぐ見当はつかない。もう少し時間を掛けて思い出してみるよ」

「はい。それより、そのフーリはこの王都にいるのでしょうか?」

 クリュスタは質問するが、それはどうやら考えの切っ掛けを作るためのようだ。最高級魔導人形だからという理由ではなく、言葉のやり取りができる事が素晴らしい。


「王都を出たとは思えないな。リオウたちも門の出入りは真っ先に抑えるはずだ」

「全てに目が行き届くとは思えませんが」

「確かにその通りだ。だがアレの性格を考えれば王都を離れるとは思えない」

 かつて一度だけ旅行に誘ったが、街の外に出ることは異常に嫌がっていた。街の外は危険で野蛮で恐ろしく汚らしいと思い込んでいた節がある。

 王都は出てないだろう。

「では、誰か知り合いの家でしょうか」

「どうだろう。借金取りに追われているのを分かって匿うとは思えんな」

 それでも匿うほど深い関係が居れば、サネモも顔ぐらいは見ているだろう。だが、何も思い当たらない。そうした誰かが訪れた事はなかった。

 サネモはローブをしっかりと身に着けフードも被る。日射しがなく風があるため、涼しいより寒いぐらいだった。

「なるほど……そうなると、どこかの宿に潜伏しているか?」

 なにせ金だけはたっぷりと持っている。

 しかし自分で言った言葉に自分で間違いと思い、サネモは首を横に振る。

「いや、それもないな。宿こそリオウのような連中の目が光っている」

「生存していない場合はどうでしょうか」

「…………」

「申し訳ありません、余計な事を言いました。と、謝罪致します」

「謝る必要は無いさ。その可能性もあった」

 実際にそれを目の前にすれば別だろうが、フーリが死んでいる可能性を指摘されても何とも思わない。それぐらい感心がない。どうでもいい。

 それよりも気になるのはリオウの依頼についてだ。

 借金を見逃して貰うという事に頭がいっぱいで、細かい事を聞きそびれたのだ。いつまので期日なのか、または死亡していた場合はどうするのか、そうした部分が曖昧になっている。

 リオウに確認するには酒場に顔をだせばいい。

 今ならまだそこにいるだろう。だがしかし、ここで引き返して話をするのは如何にも間抜けだ。何にせよ――いろいろと忌々しい事ばかりだ。

 サネモは曇り空を見上げた。


 ドアベルが軽やかに鳴り響く。

 訪問は何度目かとなるコリエンテの店は、甘く香ばしい空気が漂っていた。サネモには甘さが辛いぐらいで、少しだけ躊躇い店内にに足を踏み入れた。

 コリエンテはカウンターテーブルに頬杖をつき、だらしない姿勢だ。しかも、そのままの姿で手を振った。

「いらっしゃーい。あーっ、先生だ」

「先生ー!」

 その前で不安そうな顔をしていたエルツだったが、即座に椅子から飛び降り走って来た。半泣き顔になっている。どうやら、ずっと心配していたらしい。

 飛びついてきた頭を撫でてやり、そのまま奥へとすすむ。

「先生大丈夫だった?」

「もちろん大丈夫に決まっている。こっちにはクリュスタにもいるんだ。それに連中も仕事の依頼をしたかったらしい。だから何も危ない事はなかった」

 エルツにはそういう事にしておく。

 事情を話しても不安がらせてしまうだけなのだから。

「そうなの? てっきり……良かった、安心したらお腹空いちゃった」

 ようやく気を取り直したエルツはサネモから離れ、弾むような足取りでカウンターテーブルに向かって椅子に跳びのって座った。そこにあった焼き菓子に手を伸ばしている。

「いっぱいお食べー」

 コリエンテは言いながら背筋を伸ばし座り直した。

「やあやあ先生、悪い奴らに連れて行かれたって聞いてたんで心配してたよ。やっぱ無事だったけど。良かった良かった」

「悪い連中ではあったが話をしただけだよ。最初は驚いたがね」

 当たり障りない内容で話を終わらせておく。あまり詳しい事を喋って、妻が逃げた件や、その借金などに話が波及するのは嫌だった。

「エルツを預かってくれて助かったよ」

「お得意様じゃないですかー。ついでに何か買ってくれたら、嬉しいぐらいですね。もちろん今日じゃなくても構いませんよ」

「それだったら、胃薬でも貰えるかね。すっきりするやつを」

 錬金術師は専門の医師ではないが薬品類を扱う。しかもコリエンテは腕の良い錬金術師だ。

 このうんざりした気分を解消してくれる薬ぐらいあるだろうと期待していた。


「…………」

 サネモはコリエンテに貰った飲み物を口にしながら、何とも言えない顔をした。

 よく冷えた発泡水の果汁入りだ。口当たりが良くて喉ごしもよく、控え目な甘さがあって心地よい。確かに気分がすっきりする。

 それは良い。

 何とも言えない顔をするのは、預けていたサイマラが見るも無惨な姿となっているからだった。

 首から下げた非売品の札はまだいいとして。兜を模した頭部には獣の如き耳が飾られ、甲冑のような胴体には毛皮のチョッキ。ご丁寧に尻尾までつけられている。無骨さが素敵なサイマラが、これでは幼児向けの人形の如き扱いだ。

 エルツはクリュスタに手伝って貰い、哀れなサイマラに取り付けられた耳の位置を調整している。サイマラの単眼が何か訴えかけてきているような気がした。

「……これはどういう事なんだ」

「サイマラ猫仕様だよ! 可愛いよね! うん、もう少しで猫さん風グローブができるから。大きいから編むの大変だけど」

「早いところ引き取るために、住居を見つけねばな」

「そんな!? スリッパも予定してるのに」

 騒々しいぐらいの会話だが、それが心地よかった。

 コリエンテは残念そうに息を吐き、またカウンターに頬杖をついた。

「それで、リオウの依頼ってなんだったかなー? ほれほれお姉さんに話してみ?」

 くすくす笑う様子は無邪気な顔を、サネモは凝視した。

「言っとくけど、私はリオウと関係ないよ。ほら、クゥエルを買い取ったでしょ。ああいう買い取りしたら、当然だけどギルドに届けないと駄目なわけ。その関係でサネモ=ハタケの素性とか分かるのよねー」

「リオウとの事は?」

「うん、それだ。リオウがフーリ=ハタケを探してる話は耳に入ってたからね。それで名前からして関係あるだろうってアタリはつけてたね。で、エルツちゃんから先生が悪い連中に連れて行かれたと聞けば……」

「あとは全部分かると」

「そうそう。でもまあ、リオウの性格だと先生を気に入るでしょうからねー。心配はしてませんでしたけど」

「ふむ……」

 利用価値を見出されただけかと思っていたが、コリエンテの言葉を信じれば気に入られたのかもしれない。それで嬉しいと言える相手ではないのが困りものだ。

 どうせ素性を知られているなら話しても構わないだろう。

「リオウの依頼は――」

 相談の為に口を開くと、コリエンテはカウンターの上で腕を組み身を乗り出した。興味津々といった様子だが、それは不快ではなかった。

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