第36話 つべこべ言わず私に従え

 クリュスタはグレムリアンを無造作に握り潰すと、軽く手を振って綺麗にした。

「屋外にあった損傷した魔導甲冑ですが、グレムリアンの成体との戦闘が原因ではないかと推測します。この博物館に故意か偶然か封じ込め、そして唯一残った扉を魔導甲冑で塞いだのでしょう」

「すると出入り口の人々は……」

「グレムリアンに寄生されていたのか、それとも判断がつかないため閉じ込められていた犠牲者ではないかと思われます」

 そしてグレムリアンは、この遺跡の中で卵のまま何百年という年月を生き延びたという事だ。展示室を見回せば壁も床も天井も、そこら中に卵が産み付けられている。先ほどの一体だけが生き延びていたのなら良いが、もしこの全てに中身が入っていたとすると最悪――そう思った時だった。

 サネモの耳に、パリパリと音が聞こえてきた。

 ぞっとしながら見ている前で、近くにある楕円形をした卵が、蕾が花開くようにして広がっていた。しかも黒く不気味な姿をしたグレムリアンが這い出し始めている。更に見渡す限りの卵が同じように動きだしていた。

 その時であった、サイマラが突っ込んだのは。

「なんだ!?」

 支配したサネモの指示もないまま突撃を開始していく。

「どうなっている!?」

「我が主、魔導人形には最優先事項としてグレムリアンの殲滅を実施するよう刻まれております。それは人類種保全のためです」

「なんだって、そんなものがあるのか……知らなかった」

 魔導人形に関する新たな知識を得て、サネモは驚くやら感動するやらだ。しかし直ぐに訝しんだ。直ぐ側で待機するクリュスタを見つめる。

 最優先事項が刻まれているはずの魔導人形が、戦う事もなく側にいるではないか。

「クリュスタはどうなのだ?」

「はい。クリュスタは製造者の趣味で、そういったものが削除されています。常に主を優先する事こそが、奉仕型万能魔導人形のロマン。と、記憶に刻まれております」

「さすがは、変態工房の異名があるメルキ工房だ……」

「出身工房に対する評価には甚だ不満を覚えますが、しかし否定できないだけに文句が言えません。と、肩を竦めておきます」


 警備魔導人形のサイマラたちはグレムリアンに攻撃。

 展示室内を動き回るため、たちまち卵が破壊され中身の粘液が撒き散らされる。だが壊された卵の中から潜んでいたグレムリアンが飛び出す始末であるし、グレムリアンの素早い動きにサイマラが追いつかず、攻撃はなかなか当たっていない。

 一方でグレムリアンは幼体も含め極めて獰猛だ。逃げもせずサイマラに襲い掛かっている。固い装甲には歯が立たなくとも、構わず攻撃を続けている。

「ふぎゃぁぁっ! こっち来たっ!?」

 エルツが指さし悲鳴をあげる。

 不気味な姿のグレムリアンが、細く筋張った両手両足を使い、恐ろしい素早さで床の上を這って向かってきた。その数は一匹や二匹ではない。もちろん狙いは人間であるサネモとエルツだ。

「苗床になる気もなければ、こいつらを解き放つ気もない。さあ! 万物を焼き尽くす真なる力よ【炎】【壁】、ファイアウォール!」

 力ある言葉を唱え指を鳴らせば激しい炎の壁が現れ、そこに突っ込んだグレムリアンを焼いた。甲高い耳障りな悲鳴が次々とあがる。焼かれた仲間を踏み越え辛うじて突破してくる個体もいたが、即座にクリュスタが剣を振るって斬り捨てた。

「どうだ、私の魔法は。グレムリアン如きは敵ではない」

「先生凄い」

「そうだろう、そうだろう――あっ?」

 高笑いをあげるサネモの前で、サイマラの一体が細長い何かに貫かれた。

「なんだっ!?」

 サイマラは貫かれまま空中へと吊り上げられる。勢い良く床へ叩き付けられると、その重量に満ちた激しい音が響いて床の上を転がっていく。途中でグレムリアン何体かと卵を押しつぶし、そして粘液まみれとなっていた。

 だが、誰もそちらを見てはいなかった。

 展示室の奥で、のっそりと何かが起き上がっているのだ。


 頭は天井近くに迫る高さにあり、黒々として光沢ある滑らかな甲殻の体。昆虫のような細く筋張った手足と、その先にある鋭い爪。大きく開いた口には鋸のような歯が幾重にも並び、粘性のある涎が滴り落ちる。

 先程サイマラを貫き持ち上げたのは、その後ろで蠢く長い尾だった。

「グレムリアンクィーンですね。休眠状態で生き延びていたようです」

「……卵があればそれを産んだ存在がいる。物の道理ではある」

「ご明察です」

 剣を手に近づいたサイマラが弾き飛ばされ、展示室の壁に激突した。しかし流石は第二世代の傑作魔導人形。また直ぐに起き上がり、再びクィーンに向かった。しかし成果は芳しくない。

「なんて事だ、苦戦しているようだ」

「あのクィーンですが、記憶にある情報よりも大きいです」

「長い年月で成長したという事か……」

「はい、恐らくは」

 言ってクリュスタはサネモに顔を向けた。そこに表情はない。透明感のある青く澄んだ瞳が真正面から見つめるだけだ。

「我が主よ、クリュスタも戦いに加わります。危険があるため遺跡外部への待避。さらにクィーンが外に出る危険性もあるため、当該地域からの撤退を要請します」

「奴らが外に出てくる……」

 世界にグレムリアンが解き放たれては大惨事の始まりだ。

 サネモは想像だけで戦慄した。

 解き放たれたグレムリアンとの間で激しい戦いが起きるだろう。その時にその惨劇の引き金を引いた犯人捜しもまた起きるはずだ。しかしグレムリアンの出現地点と時期、そしてギルドに残された依頼の履歴を見れば誰が原因かは明白だ。

 グレムリアンの脅威だけでなく、怒りに燃える人々も脅威となってしまう。そしてサネモ=ハタケの名は、最悪の愚者として歴史に刻まれるだろう。

 歴史に名を刻みたいサネモだが、そのような形は望んではいない。

「私は……」

 だが、今は最悪に突き進んでいる事は分かる。

 命も名も惜しい。どうすべきか考えるが目の前のグレムリアンは怖くて、思考が空回り。何も判断が出来ない。冷や汗が背中と脇を濡らして気持ちが悪い。何かを選んで行動せねばいけないと分かるが、どうすればいいのか分からない。

 だが、そんなサネモの腕が掴まれた。

「先生逃げなきゃ」

 エルツだ。

 怯えきったエルツの手が、しっかりと腕を掴んでくる。それは頼るものであり、縋るものでもある。弟子の前では立派な師匠であらねばならず、そうありたい。たとえ嘘でも、少なくとも格好ぐらいはつけねばならない。

 その瞬間――恐怖で押し潰されそうなサネモの心の中で、何かのタガが外れた。

「へえ――逃げる? この私が、魔導人形を置いて逃げるだって?」

 サネモは口角を上げ笑っていた。


「我が主? 直ぐに退去を」

 クリュスタが困惑した表情をみせた。

 最高級魔導人形の考えでは、サネモ一人が加わった事による勝率の向上が導き出せないのだろう。だから退去を進めているのだ。

 確かにその通りだろう。サネモではグレムリアンを防げても倒すことはできない。

 全くもって正しい判断だ。しかし同時に間違ってもいる。

「その必要は無い。クリュスタ、戦うに決まっている」

「しかし危険すぎます」

「どちらにせよ危険だ。グレムリアンが解き放たれた後は、どこに居ても危険だ。ならば倒せる機会に全力を尽くした方がよっぽど良い」

 グレムリアンはサネモの展開した炎を嫌がり、サイマラを狙って攻撃している。だが、こちらを窺う様子の個体がちらほらいる。中には堪えかね、炎に突っ込んで来ていた。そしてその頻度は増えている。

 あまり悠長に話をしている余裕はない。

 分かっていてもクリュスタは、忠実であるが故に喰い下がる。

「説明を要求します。我が主」

「だから言っただろう。生存の可能性が高いのは、ここで戦うことだよ。つまるところ、逃げたところで意味がない。魔導人形だけで戦ったところで勝ち目は低い、遮二無二突っ込むだけでは勝てん。そうなればグレムリアンは野に放たれる」

「クリュスタも残って戦います」

「単純な数ではこちらが不利であるし、サイマラにとっては厄介な相手だ。幼体を狙うには速度が足りない。マザーに対しては攻撃力が足りない。そこにクリュスタが加わったところで、時間稼ぎにしかならない。それは分かっているのだろう?」

「…………」

「だが任せろ。私がそれを引っ繰り返してやる」

 言い放ったサネモの顔をクリュスタは見つめた。

 そこには理解不能といった戸惑いが存在している。いかに最高級魔導人形であっても、追い詰められ覚悟を決めた人間の力を知らないのだろう。

「私には魔導人形がいる。それであれば魔導人形を使ってグレムリアンを倒すだけの事だ。しかし、その為にはクリュスタ。お前の力が必要となる」

 サネモは強い眼差しでクリュスタを睨む。

「つべこべ言わず私に従え!」

「っ! 畏まりました、我が主」

 クリュスタは恭しく頭を下げた。

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