第34話 クリュスタ、突撃します

「あれは……第二世代魔導人形のサイマラだな!」

 赤みを帯びたカラーリングに、兜を模した頭部の魔導人形が静かに佇んでいた。その単眼が静かに明滅を繰り返しており、現在も動ける状態で待機していると分かる。

 目を輝かせ身を乗り出すサネモをエルツが苦労して押さえ込んだ。

「オニック工房を吸収した後のハイム工房における第二世代魔導人形の傑作。第一世代で課題となった魔導力不足を解消させ生産性と機動性を増し、しかも装甲に魔鋼鉄を導入した初の量産魔導人形。元々は反帝国組織が対帝国への切り札としてハイム工房に依頼して開発されたのだが、政治的配慮の関係で紆余曲折の末に帝国に渡されたという――ん?」

 語り出したサネモの袖をエルツが思いっきり引いて黙らせた。

「それはいいからさ。見つかったら大変だよ」

「なるほど、確かにそれもそうだ」

「どうするの? 倒すのって難しいと思う」

「なーに問題ない。この私の手にかかれば余裕だよ」

 サネモは自信たっぷりに言って、ちらりとクリュスタを見た。

 意見を求めるようなものではなくて、むしろ芝居がかった様子だ。そこから再びサイマラに視線を向け、軽く頷いてみせた。それだけで意図が伝わった。

「畏まりました。クリュスタ、突撃します」

 クリュスタが一気に突っ込んでいくと、サイマラが反応した。

 その単眼の光が強まり身体を起こし、長い年月の待機を感じさせない動きで向きを変え、装備していた剣を滑らかな動きで抜きはなった。

 素晴らしい反応だ。

 ただし、クリュスタは素早い動きで既に迫っていた。優美なドレスのような服を翻し、軽く跳んでサイマラの背後に着地。そうしながら足を払い、肩を掴んで床の上に押さえ込んでしまった。

 床の素材によるものか、サイマラが転倒をしてもそれ程大きな音は響かない。

 サネモは安全を確認すると悠々と歩み寄る。

「このサイマラは第二世代の量産型魔導人形。一方でクリュスタは第五世代に相当する上に、メルキ工房製にて特注された高級魔導人形だ」

「我が主、お言葉ですがクリュスタは最高級魔導人形になります」

「おっとそうだった」

 サネモは笑い、優美な姿に抑え込まれているサイマラに近づく。その首の後ろへ手を伸ばし、真理の文字へ触れる。後は力ある言葉を唱える。

「さあ、彼我を【繋げ】よ、コネクト!」

 仄かな光がサネモとサイマラの間を繋いだ。


 エルツは満面の笑みで手を上げ跳びはねた。肩から提げている荷物も大きく揺れているが、きっと水袋の中は泡立っているに違いない。

「凄い凄いよ! やっぱり先生凄い!」

 賞賛されたサネモは鼻高々ではあったが、それを辛うじて隠した。何でもない事をやった程度の素振りで平然としている。前に巨大魔導人形のサイサリスを停止させた時を思えば、本当に何でもない事かもしれない。

 サネモは支配したサイマラの装甲を拳で叩いた。

「まあ、それほどでもない」

「この子はこれで先生の指示に従うんだね」

「その通りだ。これで安全度が大きく違うだろう」

 見た目からして頑丈な装甲は、その無骨な雰囲気が素晴らしい。少しの欠損も傷もなく、完璧と言ってよい保存状態。コア情報を書き換えた今は、サネモを主として従う点が最高に良い。

「前にも何体か魔導人形を支配したが、やむなく手放さねばならなかった。だが、こうして再びこうして手に入れられるとは。しかも第三世代にも通用するような傑作魔導人形。手に入って満足……まあ、どうするかは後で考えるとしよう」

 サネモは眉を寄せ軽く頭を振った。

 以前に魔導人形たちを手放した時と状況は何も変わっていない。つまり魔導人形を手に入れても、置いておく場所がないのだ。このまま街に戻ったとしても、また手放さねばならないかもしれない。それがちょっと気がかりだった。

 エルツは指を口元に当て小首を傾げた。

「あれ? そんな凄い魔導人形なのに、どうして警備なんかに使ってたのだろ」

「確かにその通りだな」

 サイマラが立っていた側にある展示ケースには、やはり焼き物があるのみ。赤みを帯びた大雑把な造りの器だ。サイマラの位置から考えれば、これを警備していたのだろうが価値があるとは思えなかった。

「この品に価値があるのか? または逆にサイマラの価値が低い? そのような評価をされた時代の遺跡なのだろうか? しかしサイマラは登場から末期まで幅広く活躍していたはずだ……」

「ねえ、先生。それより先に進もうよ」

「そうだな。細かいことは後で調べるとしよう」

 展示されていた赤い器も回収しておき、さらには途中にある展示品も回収。価値の有無は全く分からないが、しかしクリュスタのモノリスに放り込んでおけば邪魔にはならない。

 

 次の間への入り口も扉はなかった。

 これまで同様に、行き来は自由な状態だ。第二展示室と表示された壁に張り付き中の様子を窺うと、クリュスタもエルツも同じような仕草をして覗き込んだ。従えたサイマラだけが背後で待機している。

「またサイマラがいるな」

「はい、しかも三体と厳重な警備です。と、注意を促しておきます」

「恐らく重要な品が置かれているのだろうが、どう見ても――」

 展示されているのは、やはり同じような焼き物だった。金や銀、宝石や鉱石ですらなく、ただの器でしかない。やはり古代の人々が何を考えていたのか理解できない。

「――まさか魔術的価値でもあるのか?」

 言いながら、その可能性はないとサネモ自身が思っていた。

 それよりも魔導人形三体の方がずっと価値があるだろう。これを手に入れたいが、流石に三体同時は難しい。おびき寄せたいところだが、先ほどのサイマラを支配する際の物音にも無反応だったのだ。

 そこを考えると、おびき寄せる事は難しいかもしれない。

「できれば魔導人形は無傷で手に入れたい。一体はクリュスタ、もう一体は手に入れたサイマラで抑える事ができるだろうが。さて、残りをどうするかだ」

「もう一体は我が主が対処せねばならなくなります。そのような危険は了承できかねます。それよりも――」

 クリュスタは難色を示し、そのまま物陰から一歩出た。

 もちろん三体のサイマラから見えてしまう位置だ。たちまち三体の魔導人形が待機状態から復帰し眼を物理的に光らせる。

「なにを!? ……ん?」

 驚愕の声をあげたサネモであったが、しかし三体のサイマラの反応に眉を寄せた。そのどの個体も動こうとしないのだ。確かに反応はしている。単眼の点滅が止まり、確認するように顔を向けたのだ。

 しかし、動いて襲ってくるような事はない。

 クリュスタは悠々と振り向いた。

「この三体は施設を警備しているのではありません」

「なんだって? それはどう言う……ああ、なるほどそうか。展示品を警備しているのか。つまり近づかなければ襲ってこないのか」

「いいえ、少し違います。近づいても展示品に手を出さねば襲ってきません。なぜなら、ここは展示目的の美術館ですから」

「……ああ、なるほど」

 納得したサネモは手を打った。

 たが、直ぐ不審な顔をした。

「それだったら、さっきは取り押さえる必要がなかったのでは?」

「はい、その通りです」

「……おい」

「我が主が張り切っておられましたので、見せ場を大事にいたしました。と、出来る魔導人形である事を主張いたします」

 胸を張る態度は得意そうな雰囲気だ。最高級魔導人形なりの気遣いに、しかしサネモは息を吐いて項垂れた。


 展示品に近づく時は緊張した。

 だが、警備魔導人形のサイマラは動かない。視線だけ巡らせ観察はしてくるが、それ以上は何もしてこない。そのまま見つめ、単眼と目が合っても動きはない。これが人間であれば、訝しんで問い質してくるだろうが、やはり魔導人形は魔導人形だ。

「それでは用意はいいか?」

 サネモが声をあげた途端、警備のサイマラが反応した。素早く向き直ってくる様子にサネモとエルツは揃って身をのけぞらせ後ずさる。

 そしてサイマラは魔導人形らしい固い声で言った。

「他ノ方ノゴ迷惑ニナリマスノデ、館内デハオ静カニ」

「あっ、はい」

「ドウゾゴユックリ、オ楽シミクダサイ」

「これはどうも」

 警備のサイマラは元の向きに戻った。

 サネモはバクバクドキドキする胸を押さえ荒い息を繰り返した。エルツも全く同じ仕草をしている。一歩間違えれば、死んでいたかもしれないのだから当然だ。

「先生……」

「分かっている。だが、今は静かにな」

「うん。そうだよね」

 大きな声を出せば、また怒られてしまう。

 気を取り直したところで、警備のサイマラの真言に手が届く場所に移動する。クリュスタと支配したサイマラも、それぞれ所定の場所に移動。息を吸って吐いて、吸って――飛びついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る