第26話 私がこの目で確認してくる

 何か大っきいものを見て、しかしサネモは直ぐに理解した。

「あれは……魔導人形だ」

「えっ!? あんな大きいのに?」

「もちろんだ。あのサイズ感に特徴的な肩の形状からすると、古代王国中後期の軍用魔導人形サイサリスで間違いあるまい。機動力を犠牲にした装甲は大規模魔法攻撃にも耐えられるほどの防御力。あまりの硬さから、攻撃の殆どが通用せず動く城壁とも言われる。あれは魔法に対抗するため装甲を増していった中で、どんどん巨体化していった魔導人形の最終形と言われる。しかし、その後は財政負担軽減を理由に魔導人形の小型化指針が提示され、以降は魔力回路が搭載され攻撃力と機動力を重視した小型魔導人形が台頭する事に――」

「先生、解説はいいから。あれ、どうしよう!?」

「安心するといい。こっちに来なければ問題ない」

「でも近づいてる気がする」

「確かに」

 じっと見つめ目を凝らしていると、少しずつ近づいている感じだ。動きが遅いので気付かなかった。

「しかし問題ないだろう。サイサリスの動きは極めて鈍重だ。軽く走れば余裕で逃げられる程度。あれに踏み潰されるのは究極の馬鹿だけだ。もっと落ち着いて対象を観察しなさい」

「あっ、でも僕たちって。ここの警備を任されてるけど。逃げていいのかな?」

「そうだった」

 サネモは思考を巡らせる。

 逃げるかどうかはさておいて。裏門の警備を任されているのであれば、やはり接近する魔導人形を阻止する必要があるに違いない。そして阻止するためには相手を確認する必要がある。

 つまり、とても珍しい存在である軍用魔導人形のサイサリスの近くに行って、しっかり見て来る必要があるという事だ。

「よし、ここで悠長に見物している訳にもいかんな。少し見てくるとしよう」

 サネモが責任感を持って、しかしうきうき駆け出した。だが、それを引き留めるようにしてクリュスタが綺麗な声で話しかけてくる。

「我が主、それでしたらクリュスタが確認して参りましょう」

「それは……いやいや駄目だ。私がこの目で確認してくる。クリュスタは引き続き、ここの警備をしてくれ。つまり、この騒ぎに紛れて娼館に悪さをする者がいるかもしれないだろう。しっかりと見張っておくように」

「畏まりました。と不満を隠しながら頷きます」

 クリュスタの声を背後に聞きながら、サネモは返事もせずに大急ぎで走り出していた。もはや巨大魔導人形のサイサリスの元にあり、その動く姿を間近で見たいだけなのだ。

 目を輝かせ走るサネモの後ろを、エルツとジロウが真剣な顔で追いかけてくる。


 近づくにつれ、辺りは騒然とした雰囲気に包まれていた。罵声に怒声、悲鳴に泣き声。親を呼ぶ子の声に、子を探す親の声が日の暮れた街の中に響いている。

 右往左往しながら逃げ惑う人を押しのけ巨大魔導人形の方へと近づいた。

 途中制止する者もいたが、サネモはそれを振り切って進んでいく。ある程度に近づくと、流石に人の姿もなくなった。

 あたりは暗い。

 遠くから投げかけられる松明の光が、周囲の暗闇を強調している。

「おおっ……」

 松明の光によって下から照らされる姿は、間違いなくサイサリスだ。

 全身像は書物でしか見たことがなく、あとは破壊された状態の発掘品で見た事があるだけ。それが目の前で動く姿は感動もの。

 一際大きな足周り、地面まで届く長い腕、両肩に取り付けられた盾。そして相手を威嚇するような悪人面も見える。人の背丈の倍以上はあって、一階建て建物の屋根から頭一つ出ている。その足が地面を踏みしめる度に、離れていても衝撃が伝わってくる。移動速度は人が歩く程度だが、途中の障害物をものともせず突き進んでいた。

 夜闇であるのが惜しまれる。

 今もまた長い腕を振るって建物に突っ込んだ。

 木材のへし折れる嫌な音が響く。次々と破片が落下、柱の折れる激しい音で崩れ去る。舞い上がる粉塵は赤みを帯びた光に照らされ、それだけで何か恐ろしいものに見えてしまう。

 辺りの悲鳴や怒号や破砕音に紛れ――甲高い声が聞こえた。

「進め魔導人形! 真っ直ぐ行って、ぶち壊してやれ」

 その声は上から響いてくる。

「先生見てよ、魔導人形の肩に誰かいる」

 エルツが指さした。

 下から照らされる松明の火の中、魔導人形の肩に何か黒いものが見えた。そして甲高い声はそこから聞こえてくるようだ。聞き覚えのあるそれは、裏門に押し掛けてきたボスハフトで間違いない。

 サネモは憤った。

「くっ!? なぜ、あいつ如きがサイサリスを! なんと腹立たしい」

 その不満の声は建物の破砕音に紛れ、幸いにして誰にも聞こえなかった。

 サイサリスの進行は人が歩く程度の速度だが、それは決して止まらない。そして相手がボスハフトであれば、先程の裏門での会話から考えれば、目指しているのは娼館イフエメラルだろう。

「先生さん、どうする? あいつが魔導人形を操ってるみたいだけどよ」

「サイサリスに生半可な攻撃は効かん。おあつらえ向きにボスハフトが見える位置にいるのだ。弓か魔法で奴を狙うのが早いだろう。警備隊はまだか?」

「これだけ人が逃げてたら、誘導とかだけで手一杯なんじゃないかな」


「うーむ……」

 唸ったサネモは両手を口に当て、上に向かって叫んだ。

「おーい! ボスハフトとか言ったな? 馬鹿な事はやめて降りてくるといい。そして大人しくサイサリスを止めるんだな。後は私がじっくり調べてやる」

「あ? その声は……あの時の奴か!」

 やはりボスハフトだった。

「はっはぁ! いまさら謝っても、もう遅い。娼館を追放された俺が最強魔導人形で全部壊してやるぜ。俺は俺を裏切った奴を絶対に許さねぇ。ミルトの大事にしていた娼館も何もかも全部壊してやんよ!」

 子供のような事を言って騒いでいる。

 それにサネモは不快を感じた。

 他人を見返したいなら、まずは自分が努力すべきだろう。しかし、その努力を放棄しておいて借り物の力で他人を攻撃するのは間違っている。それでは永遠に他人から見下され続けるだけだ。

「とは言え、言っても無駄か。揺り籠の赤ん坊がそのまま育ったか」

 そうしている間もサイサリスは進んでいく。それに合わせゆっくりと後退するが、確実に娼館へと近づいている。

 ジロウが弓を手に持ち、自分の腕を叩いてみせた。

「先生さん、ここは俺がやるよ」

「そうだな説得は無理そうだ。その方が良かろう。だが当てられるのか」

「動くの遅いからなんとかなる。それよか、もうちょい明るいとありがたい」

「ふむ灯りか、それであれば魔法を使えば……」

 少し思案する。

 こんな時に使うべき魔法はあるが、それは使い方を間違えれば――。

「それなら僕に任せて! 当てやすいようにするから!」

 やたらと張り切った声が割り込んだ。

 エルツだった。

「何をする気だ? 余計なことは――」

「ちゃんと練習してたから大丈夫!」

「待ちなさい……!」

 気づいたサネモを押しのけて前に跳びだし、エルツはサイサリスを睨んだ。ついに自分が活躍できる時が来たのだと張り切っているらしい。

 ただしエルツの使える魔法を知っているサネモは慌てた。

「待ちなさい、それは使い方が」

「迸れ【光】ライト!」

 止めるまもなく唱えられる真言。迸る閃光。しっかり練習を積んでいたおかげもあって、素晴らしい光量だ。暗闇に慣れた目には眩しすぎるぐらいに。

「ぐっ!」

「うわああんっ! 目が目がぁ!」

 寸前で目を瞑り庇ったサネモは怯む程度だったが、エルツはそうではなかった。自分の使った魔法に悲鳴をあげ、辛うじて位置を覚えていたサネモにしがみつく。後ろで見ていたジロウも光に目をやられ悲鳴をあげ悶絶していた。


 もう一つ悲鳴。

「があああぁっ!」

 それは上の方から聞こえた。

 きっと嘲笑いながらサネモの慌てふためく姿を見ていたに違いない。ボスハフトもまた暗闇に慣れた目で強い光を直視してしまったようだ。

「あっ!?」

「?」

 慌てた様子の短い悲鳴に見上げれば、巨大魔導人形サイサリスの肩から何かが落下するところだった。それは真っ直ぐに暗闇の中を落ちて、悲鳴が近づいてくる。

「あああああっ――」

 途中でサイサリスの身体に当たって跳ねて、前へと転がって真っ暗な地面へと投げ出された。その姿は暗闇の中で黒い塊にしか見えなかったが、うめき声からすれば相当なダメージに悶えている事は分かる。

 サイサリスは次の一歩を踏み出した。

 唖然と見つめるサネモの眼前で巨大魔導人形の足は、建物を踏みつけ破壊してきた時と同じように、地面に転がった黒い塊の上へと振り上げられる。黒い塊が僅かに動き、あがりかけた悲鳴は瞬時に途切れた。

 接地の衝撃が辺りを揺らす。

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