第5話 運が良かったと言うべきか

「疲れた……」

 心の底から呟いて床にへたり込むと、このまま永遠に座っていたい気分だ。何度か呼吸を繰り返し、息が整ってきたところで自分の身体を確認する。

 しかし思っていたほど酷い状態ではない。

 もちろん、あちこちが痛んで目眩さえする。しかし、魔導人形の怪力によって地面に叩き付けられたにしては元気と言える範疇だ。少し信じがたい。

 不思議に思い首を捻るが、先程自分が叩き付けられた床を見て理由に気付いた。

「これは……」

 砕けた硝子片と多少の液体がある。

 つまり、床に叩き付けられた拍子にリンドウから貰った回復薬が砕け、図らずも中身が身体へと染み渡ったのだ。そのお陰で動けたのである。

「……今度あったら礼をすべきだろうな」

 ひと段落したところで、支配したアリーサクに視線を向ける。先程まで敵対していたとは思えないほど大人しく待機をしている。

「この建物は何だ?」

「情報アリマセン」

「魔導人形にそこまでは教えないか。それなら、他に魔導人形は居るのか?」

「居マス」

 これが人間であれば、相手の質問の意図を察して答えるだろうが、魔導人形は言われた事にだけ答える。融通が利かないが、しかし裏切る人間より遙かに良い。

「では、この建物に残った魔導人形は何体だ?」

「当階ノ残リ三デス、他階ノ情報アリマセン」

「なるほど三体か」

 さらに質問を繰り返していき、その三体の魔導人形の位置を把握していく。三体の内の一体は直ぐ近くで、残り二体は最初に赤と青で選んだ扉の青の方にいるようだ。そちらを選んでいたら間違いなく死んでいた。

「……運が良かったと言うべきか。まあいい、それでは行くとしよう」


 あちこち痛いが、まだやる事がある。どうせならば、まずは近くの魔導人形を支配してやろうというのだ。

 まずは一体でいる魔導人形の元へと、支配したアリーサクを向かわせる。

 廊下を奥に向かい、右に行った場所に目的の魔導人形がいた。同じアリーサクだ。近くで激しい物音がしようと、魔導人形は命じられたままそこに待機して動かない。

 支配したアリーサクが近づいても動かない。

 さらに仲間と認識しているのだろう。無造作に伸ばされた手に掴まれ拘束されても動く様子がない。サネモが姿を表して、ようやく反応したぐらいだ。

「まったく、なんと簡単なんだろうか」

 未支配のアリーサクは暴れだしたが、既にしっかりと押さえ込まれているので動けない。その場で僅かに手足を動かし壁や床にぶつけるだけだ。

 サネモは余裕を持って近づき、暴れるアリーサクに近づいた。

 刻まれた真理の文字へと手を当てる。同じ手順で精神的な攻防を繰り広げ、支配権を奪い取る。簡単ではないが、最初より楽だった。

 これでアリーサクは二体になった。

「命令ドゾ」

「よろしい、流石は私と言ったところだな。こうなれば残り二体も支配してしまうのは欲張りか? だが、その方がいいな。こんなチャンスは逃すべきではない」

 本来は調査だけの場所なので、もう二度とここには来られない。やれるだけの事はやって、得られるだけのものは得ておくべきだ。

「命令ドゾ」

 同じ言葉を繰り返す魔導人形二体を引き連れ、来た道を戻る。


 最初に扉を選んだ場所の、もう一方の青い扉にアリーサク二体を突入させ、そこに居た魔導人形をそれぞれ拘束させる。後はサネモが向かって支配権を奪い取るだけ。

 最初の苦労がなんだったのか、というぐらいに簡単に終わった。

 待機する四体のアリーサクの前で額に手をやり、サネモは大きく息を吐いた。

「つ、疲れた……もうこれ以上は無理だぞ」

 魔術経路に意識を繋げ、御結界に挑んで精神的な攻防を繰り広げる。それを四回も繰り返したため、精神疲労はピークに達していた。

 おまけに身体のあちこちがまだ痛み、全身が怠く重い。

 しかし気分だけは良い。

 初めての遺跡で魔導人形を四体を従えられた事に高揚していた。自分の研究してきた魔導人形の知識が、少し方向性は違うものの役立った事も嬉しかった。

「あとはハンターらしく、遺跡あさりに勤しませて貰おうかな。だが……四体全部で動くのは無駄だな」

 この狭い遺跡の通路は、アリーサクが動くのに十分な幅はあるが、二体並んでは無理だ。そのため二体だけを連れ中を探索していく事にした。

 そこらを探して紙束、金属塊、オブジェや小物など、見つけた遺物をアリーサクに持たせていく。遺跡内部に罠もあったが、しかし魔導人形相手を想定したものではないため、どれも効果が無い。

 飛び出した槍もアリーサクに跳ね返って地面に転がり、今はサネモの杖代わりだ。

「遺跡探索は初めてだから分からないが、間違いなく私は上手くやっているな。回収した品も、それなりの金額になるだろう。実に素晴らしい」

 満足のいく成果が得られた。

「時間としては、そろそろ引き上げるべきか?」

 体感時間としては、そんな頃合いだ。

 もちろん正確な時間は分からない、窓から差し込む光の具合から、そこそこの時間が経った事は分かる。時間に余裕はあるのだろうが、馬車の来る場所に向かっても良いかもしれない。


 結局、欲が上回った。

「だが、まだまだ回収してやる」

 未探査の場所にあった黒い扉には古文字で資材置き場と記され、いかにも何か良いものが保管されていそうな予感がする。

 黒い扉を他と同じようにアリーサクに破壊させようとするが、しかし幾ら殴りつけようとも、少しも揺るがない頑丈さだ。

 これを開けるのは無理かも知れない。諦めて戻る――だが、ふと思いついた。

「壁を攻撃しろ」

 石の拳が壁にヒビを入れた。

「もう一撃だ」

 指示したとおりに腕が振るわれ、壁は脆くも崩れた。だが黒い扉は何ともない。魔導人形が侵入する幅をつくるついでに周りの壁を破壊させても、やはり扉だけは健在で自立したまま倒れもしない。

「はははっ、これを考えた奴は間抜けだな」

 古代の誰かを笑ったサネモは、舞い上がる埃を手を振って追いやり、壁の崩れた場所から資材室に足を踏み入れた。

 内部は天井付近から白光が投げかけられている。

 その弱い光の中では、余計に薄暗さを感じてしまうぐらいだ。遺跡の中の他の場所と違って冷え冷えとして埃臭く、いかにも物置といった雰囲気がある。かなりの広さがあって、沢山の棚がある。だが、それは空っぽ状態ばかりだ。

 それでもじっくり見ていくと、ようやく木箱を一つ見つける。

「おっ、これは良いではないか。素晴らしい」

 中には剣がぎっしり詰まっていたので、サネモはにんまり笑った。しかも手に取って魔力を流してみれば、魔法の力が宿っているらしく微かな反応がある。

 これなら、良い値が付くに違いない。

 お宝発見に気を良くしたサネモは、その木箱をアリーサクに持たせ奥へと進む。さらに中身の詰まった樽も見つけたが、開封はしない方がいいと判断し、これもそのままアリーサクに運ばせる。

「初めての遺跡でこの成果。はははっ、実に素晴らしい。今の私は絶好調!」

 薄闇の中に笑いが木霊した。


 資材置き場の奥。

 木箱と樽を持つアリーサクを引き連れ機嫌良く進んでいくと、一段高くされた場所の四隅に青く光る支柱が立っていた。何か特別感のあるその場所には、人の背丈ほどの黒みを帯びた長方形をした薄板が立っていた。

 その黒い物体の素材不明の表面には、美しい模様が細かに刻み込まれている。

「これは、まさかモノリスか……?」

 サネモは自分の見ているものが信じられなかった。

 モノリスとは遺跡で極々稀に見つかる謎の四角柱だ。古代の書物には特別貴重な品が収められたとあるが詳しい事は分かっていない。何にせよ果てしない叡智の結晶と言える。そんなものを見つけるなど到底信じられない。

 思わず近づきそうになって、しかし足を止める。

「待て待て、そう甘くはないはずだぞ」

 盗まれない為の仕掛けがあるのも間違いない。試しにアリーサクに命じて棚を破壊させ、その欠片を投げてみる。支柱で囲った内側に入った瞬間、欠片は閃光を放って消滅した。

 思った通りだ。

「さて、この面倒な仕掛けを解除せねばならないが。どうやって解除するか……」

 呟きながら先程の扉を思い出す。もしも同じ人物が盗難防止を行ったのであれば、何となく対策が思い浮かんでしまう。

「やってしまえ」

 命令と共に角張った石の腕が唸りをあげ、青く光る支柱に激突。耳障りな金属音が響き、へし折ってしまう。

 それから試しに破片を投げ込んでみる。

 破片は黒いモノリスに当たって跳ね返り、軽い音をたて床に転がった。

「やっぱりそうか」

 思った通り支柱そのものに対する備えは、何もされていなかった。

 念の為に残りの支柱も破壊させておく。これも貴重な遺物かもしれないが、それよりも身の安全の方が大事だ。極めて真っ当な判断である。

 残骸を踏み越え、一段高くなった場所に足を踏み入れた。

「素晴らしいぞ、実に素晴らしい」

 黒いモノリスに近づくと、艶やかな表面に刻まれた美しい模様と思った物は、感心するほど流麗な文字だ。そっと指でなぞってみると、それに合わせ薄く光る様子が美しかった。

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