第3話 妥当なチョイスだ

 先生と呼ばれ、サネモの心臓が跳ね上がる。

 一瞬逃げようかという思いが頭をよぎるが、同時にここで逃げれば余計に恥ずかしい事は間違いない。だから腹をくくって開き直ってみる。

「ああ、私を知っているのか」

「私です、ユウカですよ。先生から、ここを紹介して貰ったユウカです」

「……ああ、あの時の子か」

 辛うじて思いだすのは、何年か前のこと。

 路頭に迷った学生に手を尽くして働き口を紹介してやった。確かそれが、このハンターズギルドだったはず。覚えているのは相手が女だった事だけで、あとは顔も名前も覚えていなかった。

 その当時のサネモは独身。

 相手が女子学生だったので、下心込みで張り切って世話をしたのだ。しかし期待していたような展開にはならなかったので、すっかり忘れていた。

 だが、その時の善行がやっと日の目を見た。

 この思わぬ伝手を活用しない手はない。ようやく光明が一筋訪れた気がしてきた。

「どうして先生がハンターに?」

 その当然の問いかけに、サネモは最適解を必死に考える。

 落ちぶれてはしまったが、ここでみっともない事実は晒したくない。プライドの問題もあるが、ここ数日で人というものは落ちぶれた相手に対し冷たい事を思い知らされていた。

 だからギルド受け付けのユウカに対しても虚勢を張らねばならない。

「魔導人形の研究の為に、つまりは実地での調査が必要と思ってね」

「ですけど先生がわざわざ動かれなくても。学院で調査隊を組んだ方が……」

「あー、それだが……学院は辞めてきた」

 辞めさせられたより辞めた方が聞こえがいいのは間違いないだろう。

「えっ!?」

「なかなか予算もつかず研究は遅滞するばかり。学び舎と言いつつ内部は権力闘争に満ちている。だから決意し学院を飛びだしてきたわけだ」

 学院長に啖呵をきって学院を後にしたので嘘は言ってない。横領だの何だの話は、どうせ学院長が手を回して封じ込んでいるはず。どのみち学院に籍がない事は調べれば分かる事なので、先に事実をつくってしまう。

 何も問題はない。


「だからって辞めるだなんて……」

 ユウカの声には驚きもあるが、やや呆れの方が多い。まだ、マシな反応だろう。

「これは私の覚悟だよ覚悟。さあ登録を頼む」

「わ、分かりました」

 手続きが再開され、手の平サイズの四角い金属にサネモの名が刻まれた。

「これが先生の身分証明書です」

「ありがたい。ところで先程から先生と呼んでくれているが。さっきも言ったように私はもう先生と呼ばれる立場ではないのでね」

「いいえ、私にとって先生は先生ですから。先生がここを紹介してくれたお陰で、今の私があります。だから先生とお呼びします」

「そうか。では、好きに呼んで構わないよ」

 感謝を忘れないとは、なんて良い子なのだろうと感動してしまう。

「ええ、そうさせて貰います。先生は登録したてなので、四級ハンターになります。遺跡の説明は――」

「知っている。だからその説明は特に必要ない」

「そうですよね。横の窓口で行ける遺跡を紹介します。上級ほど実入りの良い遺跡に行けるようになりますし、利用出来るサービスと待遇も良くなりますから」

「なるほど。今から行ける遺跡はあるかな?」

 その質問は意外だったらしく、ユウカは目を瞬かせた。どうしてそんなに急いで遺跡に行くのか疑問に思っているのかもしれない。

 ――拙いな。

 サネモは必死に考える。

 早急に稼ぐ必要があるが、今も先生と呼んでくれる貴重な相手に、生活に困窮している事実は知られたくない。

「早く魔導人形に会いたいのだ」

 余裕のある態度をとり、カウンターにある小物を手に取って撫でて、言葉少なに思わせぶりに呟いてみせる。後は相手が勝手に解釈してくれるはず。

 期待通りにユウカは勝手に納得してくれた。


「先生って相変わらず魔導人形が好きなんですね。ですけど、魔導人形に出会えるとは限りませんよ。魔導人形が出るのは少なくとも中級の遺跡ですから」

「ならば早く中級にならなければ。さあ、今から行ける遺跡だ。さあさあ、さあ」

 後はもう一気にまくし立てて急かす。

「分かりました。四級に紹介が出来て今から行ける場所となると。そうですね……丁度良いのがあります。ここ新規受付ですから隣に移動して下さい」

 促された椅子に移ると、ユウカも紙束を捲りながら席を移動してきた。一枚の紙が差し出される。簡単な地図と細かな文字が書き込まれているものだ。

「新しく発見された遺跡の建物の調査です。古代文明の住宅街ですから、危険度の低い場所になります。中を調べて情報を持ってくるだけで五百リーン。凄くお得な依頼ですけど、先生だから紹介しますね」

 サネモはガッカリした。

 五百リーンなど、今の安宿ですら数日暮らせる程度の額でしかない。

 もっと一気に儲かる仕事が望ましいが、しかし最初から高望みはできない。なにより、ここで報酬に細かく拘るのは宜しくない。困窮している事がバレてしまう。

 余裕ある態度は崩せない。

「初めての者に対する依頼としては、妥当なチョイスだ。ありがたく感謝するよ」

「いえいえ。それより本気で行かれますか? 失礼ですけけど準備が出来てるようには見えませんよ。つまり装備が足りてないと思えますが……」

「構わない。私は魔法も使えるのでね」

 基礎的な魔法だけだが、それでも何とかなるだろう。自分でも不安はあるが、しかし装備を買う金もないので、今より悪くなる事はあっても良くなる事はない。

「分かりました。では馬車を手配しますので三番出口を出て待機して下さい」

「ありがとう」

「先生に幸運を」

 ユウカの心配そうな声を後ろに、サネモは張り切って三番出口に向かった。


◆◆◆


 腰を降ろしている板は細かな振動で上下する。

 ハンターズギルドの馬車は、通常の乗り合い馬車より速い。しかしその分だけ揺れも激しくサネモは毒づきたい気分だったが、できるだけ平然とした顔を装っている。

 なぜなら馬車にはサネモだけではなく、男一人に女三人といったチームが乗っているのだ。妻に裏切られた直後のサネモにとっては、微妙に苛立つ存在だ。

 しかも少年といった若さで細身で手足も長く、すらりとして顔立ちも中性的。いかにも女にモテそうで、しかも実際に可愛い娘たちに囲まれている。

 今の境遇を省れば苛立ちしか感じない。

 その少年が小首を傾げた。

「見ない顔だね。街に来たばかり?」

 少年の声は力強く自信があって、馬車の走行音とモンスター除けに鳴らされる音の中でも、はっきりと聞こえる。

 それほど年齢は変わらないが、しかし初対面にしては馴れ馴れしすぎる。

 気分は損ねたが、まだ右も左も分からないハンター業界で、不用意に敵をつくるわけにはいかない。ここは我慢のときと心得、苛立ちは心の奥にしまい込み、とりあえず笑顔を向けておく。

「はっはっは、まだ今日登録したばかりだからね。見ないのも当然だよ」

「えっ!? 今日の登録で、もう遺跡に行くのかよ!? しかも一人なんて無謀すぎだろ。それ死にに行くようなものだって思うけど」

「そうかな?」

「そうだって。普通は仲間を集めてから行くぞ。それに武器の一つもないだろ? 服も普通だしせめて革製品で身を固めなきゃダメだな」

「魔法が使えるから大丈夫だ」

 サネモは言ったが、しかし相手の様子を見ると大丈夫には思われていないらしい。

 この経験を積んだ相手の心配に、落ち着かない気になってしまう。確かに言われる通りだが、しかし金がないのでどうしようもない。

 事情も知らず、好き勝手言われると苛立ってくる。

 何とか感情を抑え込むと、視線を逸らし馬車の幌を見つめる。

 好き勝手言った少年が、仲間の少女に小突かれている様子が見えた。

「リンドウ君。止めなさいよ、ハンターは自己責任だよ」

「でも、こういうの放っておけないだろ」

「迷惑がられてるの分かんない?」

 やり取りを聞いて、サネモは自分の態度が隠しきれてないと気付く。だから数度呼吸をして気を落ち着ける。これからのため、自分の評判には気を付けねばならない。

「いやいや迷惑ではないよ。むしろありがたい。お陰で自分の身を認識出来た」

「そっか、よかった。今からでも引き返せるから大丈夫だぜ」

 リンドウと呼ばれた少年の、決め付けるような言葉がサネモの勘に障る。

 そもそもここで稼がねば待っているのは行き倒れの運命だ。その意味でも、もう引き返せない。あと、戻れば折角紹介してくれたユウカに対し恥ずぎではないか。

「しかし私にはこれをやるしかないんだ。もう引き返せない」

 決意に満ちた顔で宣言する。

 リンドウは、いかにも呆れた様子になった。

「そっか、じゃあ仕方ないな。いろいろ言って悪かったよ。詫びにこれやるよ」

「これは回復薬……?」

「やっぱり回復薬も持ってなかった。最低限これ持っとかないと」

「……ありがとう。感謝しよう」

 その言葉は心からのものだった。使う機会がないのが一番だが、これがあるとないとでは大違いだ。回復薬の重さが、少しだけ安心感を与えてくれた。

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