第3話 動愛動物病院

 食物連鎖ピラミッドが崩れる。


 鷹や熊、ライオン、チーター、マグロ、サメは積極的に人間を襲うようになった。

 そのため、鹿や馬などの草食動物、いたちや鼠、小鳥、蛙の捕食が少なくなり大量繁殖し始める。

 

 彼らにも人間と同等の知能が生まれる。


 草食動物は次第に何でも捕食し雑食動物に変わる。

 昆虫や小動物は群衆効果を利用し、集団行動により獲物を捕食するようになった。


 人間は抗う。ありとあらゆる動物から標的にされるが、船の底に複数の棘を備えたものトゲーギョを装備したり、集団行動で攻めてくる昆虫を寄せ付けない腰巾着ムシクルナーを持ち歩いたり。

 最初は逃げ惑うしかないものの、そこから対抗手段を生み出し、攻勢に出る。


 ここにきてようやく政府も重い腰を上げた。

 国民に対して主要都市への移動を促し、都市の外側に大きな壁や堀を建造する。

 鳥害対策用に都市全体を網っ都アミットで覆う対策を進める行政も出てきた。


 目まぐるしく世界が変わっていく。





 まだ対策が整っていない日本のとある都市。

 昨日、隣の都市に移動するよう案内が回ってきた。


 そこに、動愛動物病院の院長、動愛どうあい ゆたかの姿があった。

 動愛家は一階が病院で、二階は住居になっている。


「ただいまぁ」


 まだ背丈に合わない薄水色のランドセルとタカブレラ、クマント、ヘビット、ムシクルナーを玄関にほっぽり出して病院側の玄関へ入り直し、院内をウロチョロする。

 ゆうは動愛家の一人娘だ。  


「今日はどんな動物さんと出会えるかなぁ」


 看板娘は学校から帰るといつも病院内で色々な動物と触れ合うことを日課にしている。

 そんな娘が帰宅すると、まずゴールデンレトリバーとアメリカンショートヘアーが飛びつく。


「クゥ~ン」「ニャァ~」


「ただいまっ! ワード! ルピー! 今日も学校頑張ってきたよっ!」

 いつも通り優しく二人を抱きしめた。


「今日、外は安全だったかい?」

 豊は香りを楽しみながらコーヒーを飲み、優しく微笑む。


「うん、大丈夫だったよ。でもゆきちゃん所の犬もまだ変化ないみたいだって」

 優は学校でいじめられてるわけではないが、同級生とはなじめず、ゆきちゃんが唯一友達といえる仲だった。


「そうか。やはり食べ物に原因があるのかもだね」

 豊はこの現象を独自で分析していた。


「そうね、何かしらの物質が、彼らの知能を格段に上げたのかもしれないわね」

 母で動物看護士のめぐみも同じ見解のようだ。


「うちのみんなは大丈夫だよね?」

 優が不安そうな表情で父の顔を見上げた。


 動愛家には、犬と猫以外にも梟のスーがいる。みんな病気や治療で飼い主が手放したか、幼少期に飼い手がつかなかった動物だ。


「おそらく大丈夫だよ。うちの場合はみんな家族だからね」


 その時、静かな院内にアナウンサーの声が響き渡った。


『ペットにも影響が出始めた模様です。飼い主を襲いだして飼い主は逃走したとのことです! やられた仕返しだ! と話したとの情報もあります!』

顔が汗だくになっていた。

 

 豊の背中に悪寒が走った。

『なんてことだ! 人間の身近にいる動物は言語知能が向上するのか! 優のことは守らなければ!』

 そう思い、手術用のメスを護身用としてポケットに忍ばせ、気休めにした。


 みんなが寝静まった時間。

 

「ホーホー」

 スーは身体をくねらせ羽根を広げる。

「クゥン、クゥン」

「シャア、ニャア」

ワードとルピーは床をコロコロ転がり回る。



 

「う、わ、い、う、ゆ、う」

「に、う、い、う、ゆ、う」

 優は何かの声が耳に入った気がして、次第に意識を取り戻していく。


『ペロペロ』『ペロリ』

 いつもの生暖かい、それでいて優しいぬくもりを両頬に感じて重い瞼を持ち上げる。


「う~ん! 今日もよく寝たっ!」

 いつも通り、手をあげ大きく伸びをした。


「おはよう! ワード! ルピー!」

 そういって、両脇に寝転ぶ犬と猫をワシャワシャする。ここまでが日課だ。

 だが、次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。


「お、わ、お、い、う」

「お、にゃ、にょ、ゆ」

 優は眼を見開いて驚き、自分の耳を疑う。

「ワードもルピーもわたしの言うことわかるの? お返事してくれたの?」

 そう言うと二人はあうあう言って頷いた。

 あまりの嬉しさに頬が赤く染まる。

「二人ともちょっと待っててね! パ~パ~、マ~マ~! すぐに来てっ!」

 優は自室の扉を開けて、自分が出せる精一杯の声でリビングに向かって叫んだ。


 いったい何が起きたのかと大の大人がこども部屋に飛び込んだ。

「「どうした(のっ)(んだっ)?」」


「ワードとルピーが喋ったの!」

二人は驚いた。と同時に、豊はその瞬間、ポケットに手を入れメスを握りしめる。


「わたしたちのこともわかるの?」

 恵が傍に寄り、頭を撫でる。


「ま、ま」

「ぱ、ぱ」

今度ははっきり聞き取れた。


「ほら、すごいでしょ、パパっ!」

 豊はまだ油断できないと肩に力を入れた。

「君たちは僕たちを襲わないよね?」


 少し間があり、ワードとルピーは悲しげな表情をしたように見えた。

「か、ぞ、きゅ、」

「な、きゃ、よ、く、ま、も、りゅ」

優は二人をワシャワシャして喜んだ。


 豊は安堵してポケットから手を出し、三人を大きく包みこみ同じ暖かさに触れた。

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