デート前の他愛ない疑問と質問


「おまたせ、それじゃ行こうか」


 さすがに塗料の臭い染みついて噎せる服でお出かけというわけにもいかないので手早く手に取ったTシャツとパーカーとジーンズ(UNIQLO購入三点セット)に着替えて玄関に出ると。


「へ~、この子はサンダーちゃんて名前なんですねぇ。クルクル回ってとっても可愛いですねぇ」

「そうそう、この子は研磨作業で使うんだよこれがな、動かしてみるとチュイーンて感じでカッコ良かったりもするんだよう。棒型のサンダーもあるよ~。いや~、スズネちゃんに可愛いて言って貰えるなんざ羨ましいなサンダー、おいコノヤロウ」

「……いや、めっちゃ打ち解けてますやん君たち」


 ちょっと着替えて戻ってくる間にもう仲良くなってるのはスズネちゃんの蜂蜜笑顔ハニースマイルなコミュ能力の高さ故かはたまた我が家の三十八歳児がチョロ太郎マンなだけなのかはわからんが、まぁ、待たせてる間の暇つぶし相手にはなってくれた事には感謝しますよ。太郎さん、どうもありがとう。てか、気づいて、お~い。


「あ、ろうえい先輩。おかえりなさ~い」

「おうなんだよ、もうちょい遅くても構わなかったんだぜ。ねえ~ぇ」

「だから、その鼻の下伸ばすのやめなさいっての。スズネちゃんが俺の後輩だって事を忘れるなっ。ごめんねスズネちゃん変なことされなかった?」

「いえいえ、色んなお仕事道具を見せて貰えて楽しかったですよぅ?」


 スズネちゃんがニッコリホワホワ笑顔でペンキを塗る前の新しいサンダーをツンツン突っつく。うん、楽しかったならよかったんだけども、しかし、この仕事道具がペンキ塗る前だったとしてもこんだけの数よく短時間でここまで持ってきたな太郎オヤジめ。たぶんスズネちゃんが可愛い反応してくれるから、あれもこれもってなったな。はい、その気持ちは凄くよく分かります。


「あぁ、でもちょっとスズネは大変な日にお邪魔をしてしまったのですねぇ。ろうえい先輩はのお仕事道具の手入れをお手伝いしてたのに、やっぱり日を改めた方がよかったでしょうか?」

「お、ッ! だってようぅ~っ。いやあまいっちゃうねえぇっ、どうするよう郎英おい」


 どうするもこうするもねぇよ。響きは「おとうさん」の言葉だけど絶対太郎の想像してる方は漢字が一個多いだろ。


「あのぅ、もしかしてなにかマズイ事を言ってしまったのでしょうか?」

「いやあっ、何も言ってないですよ。むしろお父様でもパパでもファザーでもウェルカムで──て、いやいやそんな事より気にせずに郎英を好きなだけ連れ回しなさい。オジサンの手伝いなんてミジンコも必要ないから、若者は若者らしくチチク──青春をアミーゴに謳歌してきなさい」


 おい、いまサラッと何を言おうとしたキサマ、お口を滑らせるのもええ加減にせえよ。


「う~ん、ところで何故この子達はペンキを塗られちゃうんでしょうか。オシャレさんなのですかぁ?」


 スズネちゃんは特に気にはしてないようで、呑気にペンキを塗った道具と塗られて無い道具を見比べて首を傾げている。


「おう、それはね自分のものですよてのをアピールする為だよ。オジサンの仕事はね、不特定多数の会社の人が集まって工場とかの修理や解体をする仕事だからな。こうやって、色を付けていると間違って持ってかれちゃう事を未然に防げちゃうんだなこれが」


 太郎は道具を持ってペンキの塗られたところを指さして丁寧に教える。うん、確かにそういう理由で塗られてはいるが、言い方は随分マイルドだ。実際は色を付けていなければ現場に忘れたり落としたりした仕事道具を自分たちの物と勘違いしたまま間違えて持っていってしまう事と、他の業者が落とした物を何食わぬ顔で不届き者から自分おのれの道具を守るためにペンキを塗るという事だ。実際はこれでも灯油でペンキを洗い落としたりして証拠隠滅を謀るやからもいるのでウンザリとするそうだ。

 スズネちゃんにはそんな現場仕事の闇を語って悲しい顔をさせる事も無いと、太郎はマイルドな言葉で濁したのだろう。


「なるほどぅ、持ち物に名前を書くような理由だったんですかぁ」


 スズネちゃんも理由を聞いて納得できたようで、ニッコリお顔は満足気だ。


「それじゃ、いつまでも家の前で時間を潰すのもアレだろうから、行こうか?」

「はい、それではお父さん。すみませんが息子さんをお借りしますぅ」

「うん、幾らでも借りていっちゃって。デート楽しんでいらっしゃ~い」


 どこぞの新婚さんお惚気のろけ番組先代司会者さんの大して似てない太郎クオリティなモノマネに見送られながら、俺とスズネちゃんのデートは始まるのだった。

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