告白とは感情を揺さぶる魔性である


 ――先輩が好きなんですよ――


 女の子から告白をされたのは生まれて初めてだった。朝になれば、実はそれは夢だったのではないかと思える程に現実味が薄い。

 しかし、スマホを確認すると昨夜のスズネちゃんからのメッセージがしっかりと残っていて、やはり現実だったのだと寝付き悪くボヤッとした起き抜けな頭も段々と覚醒しハッキリと理解をしてくる。


(俺のなにがいいんだ?)


 正直、女の子に告白されるようなリアルに充ちた青春イベントが俺の身に起きるなどとは思ってもみなかった。これが宇市ういちゃんガールズに囲まれた爽やかイケメン宇市朗ならともかくとしてだ。俺にこんな事が起こりうるもんなのだろうか? だいたい、俺は彼女の、知念鈴音さんの事を全くなにも知らなかったんだよな。誰にとはいわんが困惑をするのも無理はなしと思って欲しいよ。それにだ、スズネちゃんは昨日の電車で彼女曰く「ドキドキフォーリン」と言っていた。つまりはだ、彼女の方も昨日まで俺の事を知らなかった可能性が高いんじゃないか。これは突然のひとめぼれ? たまたま電車で助けた事により彼女の眼には俺が良い人に見えすぎた? いきなりの好感度MAXイベントなんて、ゲームでだってそうそうお目にかかれないのに現実リアルでありえるもんなのか?


「ああっわからんわらないっ」


 考えれば考えるほど頭はパニックだよ本当にね、また夢という名の微睡みに潜って現実リアルを先延ばしにしたいと思うが、そんなことは許されない。こんな理由でズル休みなんざもってのほかだし、スズネちゃんにも失礼てもんだろう。

 好きだと告げられて嬉しくなかったのかと言われればそれは凄く嬉しい、嘘じゃない。俺にはもったいないくらい可愛い子が好きと言ってくれたんだ、嬉しくないわけはない。俺だって、元気に思春期な高校生だ。女の子にも興味がないわけじゃないんだよ。ないんだけど、別に今すぐに彼女が欲しいわけでも、恋愛したいとも思っているわけでは正直……ない、のかなぁ?


「ああっ、考えても埒が明かん。とりあえず、学校へ行く準備をするッ。動けよ俺!」


 いつまでも悶々とした頭はシャッキリさせるに限る。俺は勢いよく立ち上がって、準備を始めることにした。


 が、結局、朝の支度が全て整って朝飯を食い終わっても悶々とした頭は晴れることはなかったのであるが。





 *




「……あ」


 頭の中が纏まらないまま学校に行こうと玄関を開けると、ちょうど制服姿の美咲花が家の門扉アルミフェンスを閉じている所だった。


「お、おはようっ」

「……おはよう」


 俺が片手を上げてぎこちない挨拶をすると美咲花みさかは眼を細めて俺の顔をジッと眺めてから、とりあえずといった様子でおはようを返してきて、そのままスタスタと歩いてゆく。俺も美咲花の後を追って歩く、歩幅は俺の方が広いのですぐに追いついてしまった。


「……」

「いやいや、行き先は同じでしょうが」


 横に並ぶと眼鏡のつるテンプルフレームの合間を縫ってジイッと横目の視線ビームをキツめに発射されるが、行き先は同じ学校、同じ駅だ。そして同じ時刻に電車に乗り込まないと遅刻してしまうのだから、ここは多めに見てくれないでしょうか。


「駅、近くになったら離れてよ?」

「へいへい了解です姫」


 美咲花のシラッと冷たい朝方な声に、俺も茶化した軽返事を返す。学校での美咲花は俺とは距離を取る。家にいる時は互いの両親仲が良いためか、一応の幼馴染として口を聞いてはくれるが、下の名前で呼ぶことは家であろうと滅多にない。いつ頃からこうなってしまったのだろう。少なくとも中学、いや高校に入ったばかりの頃は今みたいではなかったはずだ。その証拠に共通の友人である下城とも変わらずに二人とも仲は良いし、この前のコンビニの酒盛りにも付き合ってはくれていた。急に学校で話し掛ける事を禁じられたのは一年の終わり頃だ。当時は困惑したことを覚えてはいるのだが。学校でのこの距離感に慣れてしまった今となっては遠い記憶にも感じる。冷静に考えるとまだ一年も経ってはいないんだよな。

 朝の時間も、美咲花は俺よりも早くに家を出るので今日のように朝一緒に登校するというのはなかなかに貴重なことだ。今回は俺が朝から悶々と考え事をしていたために登校タイミングがガチンコしてしまったのだろう。だけど、美咲花にとってはたまったものではないのかも知れない。


(……うん)


 しかしなんだ、頭が告白の事でいっぱいになっているせいか、こうして並んで歩いている美咲花も俺の知らない所で告白をされた事があるのかと考えてしまう。美咲花は幼馴染という贔屓目もあるかも知れないが可愛い女の子だ、俺の知らない所で告白のひとつもされてるのでは無いだろうか。幼馴染に対しては照れ隠しや強がりなのか可愛い女の子でも「可愛くねえよ」と突っぱねる男子のほうが多いと聞くが、俺は素直に美咲花を可愛いと思っている。もちろん本人には言わないんだけど、可愛いと思う事は自由だろう。もし、何処かで男子からの告白を――


「──なによ?」

「うん、告白されたら嬉しいかなって?」

「っッ!」


 ――ん、俺いまなんて言った?


「な、なにを言ってっッッ!」


 いや、美咲花のこの反応はいま確実にヤバいこと言いましたよね自分。


「あの、美咲花――」

「――名前呼ぶなっってんでしょうがっ!」

「ご、ごめんなさいッ!」

!!!????!ぇッ、こくはっ、なッッ、そんっ、こまッ、告白、コクハッて、ハァ?


 トホ、これはまたしばらく学校以外でも口聞いてもらえないかも知れないなぁ。





 *




「……」

「……っ」


 学校へと向かう電車の中、俺の目の前には美咲花がいる。普段の俺達は同じ時刻の電車に乗っても別々の車両から乗り込んで距離を取って学校に向かうため、こんな向かいあって電車に揺られる事は無いのだが、今日はなぜだか美咲花は駅についても俺の隣を離れず同じ車両に乗ってきた。朝の通勤通学ラッシュの満員電車になる頃には二人で向かい合って電車に揺られている。本人は途中まで上の空な様子で満員電車にしばらくと揺られていて、後からハッと気づいたようだったが既にスシ詰めな車両を移動することは叶わず身動きが取れなくなっていた。まぁその、なんだ、上の空の原因は俺が妙な事を口走ったせいだろうから、なんとも言えないわけだが。

 とりあえず、できることは無言を貫いて満員電車からの開放を待つのみなのだが。


「……っ、ッッ」


 さっきから美咲花が俺の顔を見つめては眼を逸らすを繰り返していてどうにも落ち着かない。妙に熱っぽい気恥ずかしさで見つめられてる様に感じるのは俺の自意識が過剰すぎるのだろうか。肌に触れそうな密着ギリギリな近さが俺相手でもそんな顔をさせてしまうのか?


「……ぁの」

「へ? な――」


 なにか美咲花のか細い声が聞こえた気がして、俺が聞き返そうとした瞬間、電車がグラリと揺れ、吊り革から手を離していたらしい支えを無くした近くのサラリーマンの身体が美咲花の方に倒れ込んでくるのが見えた。


「ちょっ!」


 俺の身体は咄嗟に動いていた。美咲花の背にする自動扉へと強く手を突き、足を前へと一歩踏み出してサラリーマンの大柄な身体が美咲花を潰さないように割り込み入った。俺の腕と足に身体をぶつけたサラリーマンは「す、すみません」と腰低く俺に頭を下げて吊り革に掴まり直してた。俺は軽く頭を下げて大丈夫ですということを無言で伝えると、サラリーマンももう一度頭を下げて申し訳無さそうな顔をしていた。いや、故意じゃないんだからそこまで下手にならなくてもとサラリーマンに伝えようとした時。


「ままままっ」

「ん?」


 俺の胸元でなにか壊れたピアノのような上擦った声が聞こえてきて思わず下へと顔を向けると


「て、てて、てっ」


 眼鏡が耳から半分ズレ落ちた裸眼の視線で、俺を見上げる恥じらいに殺されそうななんとも言えない表情をした美咲花の顔がすぐ近くにあった。


「いっ」


 荒れた呼吸を整えようとする美咲花の吐息は近く何度も首元にぶつかってくる。扉を突いた手は美咲花の顔横にドンと着かれていて、いわゆる壁ドンで、前に出した足もまるで彼女を逃さないような態勢になっている。


「こ、こり、これぇってな、なんっ」

「お、落ちつけ」

「れ、冷静なんだわたしはにゃあ」


 声は小さいが明らかにパニくって俺の壁ドンしてる手と顔を往復して器用に眼だけがグリグリと動き、身動いだ太ももが俺の足を何度も触ってくる。


「ちょっ、動かんちょいてっ」

「ぅ、うぅ動いとらッッ」


 パニくった声の吐息と太ももから伝わってくる微熱がマズい。なにがマズいかなんて言えるわけはないけど、この密着は非常にマズいのだ。とにかく、離れないといけないのだが、追加で電車に無理やりとねじ込まれてきた客に押されて前と後ろに柔らかいものがぶつかってくる。いけない、せめて美咲花を俺の身体で押しつぶさないようにと踏ん張るしかない。


「ろ、郎英、あの」


 美咲花の声に俺が真下に顔を向けると、ポゥとした表情の美咲花が俺を見上げていて、俺の喉が無意識に鳴り言葉の続きが紡がれるのを俺は待っ。


「だ〜あ〜れ〜だぁ」 

「えっ」


 が、突然に俺の目の前は真っ暗になり、蜂蜜を流し込まれたような甘ったるい声が耳元で囁いてくる。後ろの柔らかなものが更に押し……て、これは、ちょっ、もしかしなくても。


「ス、スズネ、ちゃんかい?」


 俺は恐る恐ると応える。


「はいそうでぇす、大正解のスズネですよぅ。ろうえいせんぱぁい」


 凄く嬉しそうな甘い声が後ろから返ってくると同時に


「……はァっ?」


 恐ろしく無感情な声音と共にギロォッと吊り上がった眼から発射される視線ビームが真下から俺を穿つらぬいてくるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る