第2話 もう一つの副業
『君がこのプロジェクトに必要なんだ。だから来てくれ』
今から約六年前。大学に入って、もともと興味があった教授の授業を受けに行った。
その教授こそが、後に私が今働いている『株式会社ユメミライ』の基礎『株式会社ユメカガク』の所長となった
その授業内で、10個ほどのグループに分かれて、テトリス風のちょっとしたゲームをコーディングすることになった。こんな多くのチームを教授一人で全部見るのは大変だと感じたのだろう。サポート役としてゼミ生を各チームに一人ずつ入れていた。
私は趣味程度ではあるが、大学に入る前からプログラミングをしていたので、担当することになっていた部分を他のメンバーよりもだいぶ早く終わらせてしまった。
「望ちゃん、終わるの早いね! 全然分からなくて、ここどうしたらいいかな?」
と隣で必死に取り組んでいた友人が助けを求めてきた。
「えーっと?ここは?どうしたいの?」
「今のままだと、ブロックが壁を突き破っちゃうんだ。だから、それを直したくて……。」
「ああ、なるほど。だったら当たり判定を使ったら良いよ。」
「当たり判定?」
「そうそう。IF文とFor文を主に使って……。ここをこうして……。ほら、出来た。」
「わぁ!ホントだ!うまくできてる!望ちゃんありがと!」
「いいえー。」
彼女が自分の仕事に戻った時、一人こちらに近づいてきた。
「円満井さんだったっけ?腕いいね。ちゃんとバグもないし。でも他の人は……。」
と言っているのは、当時はまだ北条先生のゼミ生の一人で、今回私が入っているチームのサポート役だった、
今は、株式会社ユメカガク研究所主任研究員兼、株式会社ユメミライプロジェクトリーダー。つまり、私の上司で私をプロジェクトに引き入れた張本人だ。
「そうですね。私以外はあまり慣れてないようですね。……ってことは、私がそのバグを直せばいいのかな? 持ち分終わってるし。」
ということで、デバッカー的な役回りを当時からすることになっていた。
春学期の授業が無事終わり、明日から夏休みー。という日に足立さんと教授に呼ばれてしまった。
『何かしでかしてしまったのだろうか。』と不安になりながら教授の部屋に向かった。
そして、その先で冒頭のように口説かれたのだ。
そして私はそのままチームに入り、デバッカーとして今も『ヨルムンガンド・オンライン』に携わっている。
しかし、本当に私で良かったのだろうか。
私は、そこまで上手くないし、デバッカーはプログラミングの際大事な人員だと言われているが、私でなくてもよかったように思われる。
毎度だが、不安がよぎる。
いつ、『貴方はいらない。』と言われるのか……と。
そこで夢が終わった。
さっき誰かー知らないはずの女性の政治家さんにそういわれた、気がした。
これが正夢になってほしくないが。
というか、いつのまにか寝てしまっていたらしい。
時間を確認すると只今、正午目の前。
だいぶ寝てしまっていた。
昨日、ダイブから戻って、ご飯食べて、ローランドに指摘された箇所をデバックして、それを本部にメールで送って……。
ああ、そのあとの記憶がない。そこから寝てしまったらしい。
ご飯の時にビールなんて飲むんじゃなかった。
飲んだらすぐ眠くなっちゃうってのに。
そういえば、アスナに迷惑かけてるかも、っていうか絶対かけてる。
三時間くらいで戻るって言ったのに、半日放置だもんな。
謝らないと。
そういえば、今日の夢、昨日アスナに言われたからだよね。
『初期メンバー』って。
確かに初期のメンバーではある。だが、私は目立ったことは何もしていない。
ただのデバッカー。それ以上でもそれ以下でもない。
なのに、皆はこのプロジェクトに初めの方から関わっているというだけで、持ち上げる。
足立さんや北条親子のように力や能力があるわけでもないのに……。
そんなことを思いながら、またゲームの世界に意識を飛ばした。
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【ヨルムンガンド・オンライン/ワーディス王国・オデッセア・ギルド内仮眠室】
「ソーンちゃん!来た? 助けて!一大事!」
と意識が覚醒して早々、仮眠室に入ってきたのはアスナ。
いつものちょっと抜けている感じとは違う。
ゲーム内にも関わらず青白く見える彼女の顔。
本当に一大事のようだ。何があったのだろう?
「えっと、半日落ちててごめん。寝落ちしちゃってた。........それで、一大事って何があったの?」
「えっと、ともかく一大事なの!」どうも、慌てていて目の前のことにしか意識を向けられていない。
「うん、それは分かった。非常事態なんでしょ?私もできることを手伝いたい。だから……。」
「今の状況を教えてほしい、か?」
と入口から声。
声のトーンからしてローランドだ。だが、仮眠室は立入禁止区域。
どうして?
「そうだけど。なんでローランドが? ........ってどうしたの、その傷?」
入り口に立っているローランドは、昨日会った時と様変わりしていた。
日焼けをしていて健康的そうだった体には全身包帯が巻かれていて、松葉杖をついていた。
もちろんアバターの状態であって、本体の体には何の影響のないはずだ。
それに、こんな大怪我をしてもある程度時間がたったら自然回復して元の姿に戻るはず。足とか折れてもヒーラーに頼むか神殿に行けば治るのに……。
その機能がうまく作動してない?どういうこと?
それが一つ目の大問題。
そして二つ目は........
前にも言ったが、ローランドが率いているチームは強い。
昨日バグを直した新クエストのボスは今のゲーム内では最強ランクのSS級モンスター。
そのボスもいとも簡単に倒したというくらいだ。
そんなローランド程の強者をこんな状態にしてしまったものとはいったい?
想像がつかない。
「えと。昨日ソーンちゃんが帰った後、街にね、見たことがないモンスターが出現したの、何の予告もなしに。なんかのイベントかなと思ったんだけど、ソーンちゃんも他の陣営の人も何も言ってなかったし。でも、このまま放置してたら町の人に被害が出ちゃうかもしれないから、街の人を避難させる間にローランドたちに相手してもらってたんだけど……。」
と、落ち着きを取り戻したアスナが説明を始める。
「その時間稼ぎしていたらこのざまだ。」とローランド。
「な、なるほど。それで、いまその未知のモンスターとやらは?」
「北の方向に向かってた。あのスピードのままだと........今頃はロワール渓谷あたりだと思う」とアスナ。
「ロワール渓谷か……。討伐に行くにも時間かかるしな。それに他のダンジョンを攻撃しちゃってもな……。」
ロワール渓谷、私たちが今いる都市オデッセアの北に位置するエルミナ大森林。その中に位置する断崖絶壁の谷である。
そして、その周りには数多くのダンジョンが配置されている。
「なんか良い手ないかな?」と頭を掻く。
「一個だけあるんじゃねえのか?」とローランドの苦笑い。
その様子に悪い予感がして横に視線を移すとアスナが手を合わせて懇願している。
噓でしょ。お願い、噓だとだれか言って。
「目の前にいらっしゃる、大魔武神【ソーン・ルナー】さんのお手を借りてもよろしでしょうか?」とローランドがにやけながら、だけど、ギルド職員としても、ゲーム運営者としても、そして、もう一つの副業ー魔道具を使う魔術師【ソーン・ルナー】としても、断れない提案をしてきたのだった。
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