許されざる冒涜に極寒の捌きを

「我々が関与してたならば全年齢で済ますはずがないじゃないですか!」


 アリッタケの命乞いと言い訳との間に挟んだこの一言で、エシュは幾分納得した様子、やっと首吊りから解放された。


 やはり信頼と実績は大事だ。


 ただそれでも、完全に信用されたわけではない。


 続くおっかない声での説明によれば、この動画を上げたアカウントがこちらpwcのものなのは確かで、どうやったらわかるのか撮影機器も関連しているようだった。加えてここが撮影場所だとは教えられたが、ここまでがエシュ側が知ってる全てのようだった。


 その上で、求めるのは妹の無事と動画の消去、関係者各位からの事情説明に、謝罪との事だった。


「そうおっしゃられてもちょっとすぐにはお応えできません」


「一度本部に連絡を取って担当者に確認しますので」


「少々お待ちください」


 どのような順番で並べたか思い出せないマニュアル通りの返答に、一応の納得は獲得できたものの、これで済むわけもなく、エシュの無言のオーラで自然と部屋の中央へと追いやられ、こうして俺は胃が痛む思いで社長からの返答を待っていた。


 やはり営業とは、攻めに回らないと精神衛生上よろしくない。


「わかったよアノ君」


 社長の声に安堵する日が来るとは思わなかった。


「まずあのアカウントだけど、あれはpwc創設初期に裏工作で大量生産した捨てアカの生き残りだったよ。いや懐かしいね」


「待ってください。それって内部犯確定ってことじゃあないですか」


「かもね」


「かもねって、そんな他人事な。ここにいるの俺じゃあないですか」


「でも大丈夫かな。調べたんだけど、多分これ、妹さんじゃないっぽいんだよ」


「は?」


「事実確認っていうの? アレ使ったんだよ。ほら、商品にならなかったやつ。顔覚えてる相手の名前を書いたら死ぬノート、それで逆バニー五人にこの動画とお名前書かせてみたんだけどピンピンしてた。可能性としては名前変えたかこれが別人かになるね」


「ノートが欠陥品ってことは? だから売れなかったんでしょ?」


「そっちは大丈夫、追加で別の五人に互いの名前書かせあって、ちゃんと書いた本人が死んでるのを確認してるから。それで思い出したんだけど、覚えてるかな? 最初期の商品候補、未完成品、名前出てこないんだけどディープフェイク使ったなんかレトロなやつ」


「誰でもスケスケスッポコポンAI動画フィルターアプリ?」


「そうそうスッポコポンスッポコポン、アレじゃないかなって。確か妹さん、前のカンパニーでバイトしてたらしいからそこから色々データ引っ張り出してってのが確立高そうかなって」


「いやでもアレって開発スタッフ全滅でお蔵入りでしたよね?」


「そうだね。確か、ビーチクの色でもめて殺しあったんだっけ? でも試作品ぐらい残ってそうだし、そっからかなーって」


 カツン。


 小さくない音、見ればエシュ、いつの間にか手にしていた鋼鉄の棍で床を突く。そしてスマフォを持つ左手でジェスチャー、俺のをよこせと言ってくる。


 ただでさえ大柄、手には棍、更には両腰に初対面で投げつけてきた短槍二本が回収済みだった。


 ……客ではないにしろ武器持ってる相手に逆らう気はない。


「すみません。先方が直接お話ししたいようなので、今の説明をもう一度お願いします」


「え、やだよ私人見知りだし、それに人様にビーチクとか言いたくないし」


 返事を聞き流し喧しい俺のスマフォを差し出すとエシュは左手で、自前のスマフォに重ねるように掴むと己の耳に当てる。


「おい」


 恫喝の一声、そこから続きはくぐもって聞こえないが、社長の声が漏れ聞こえてるから会話は成り立ってるらしい。


 その姿、流石は一目を置かれる傭兵と言うべきか、表情が読みにくい。


 頭骸骨で隠した顔はもちろん、右半身に立つ姿、棍を持つ右手にスマフォ二台持つ左手に力みはなくすぐに動かせる体制、それらにブレもなく、達人が見れば隙が無いとでもいったところだろう。


 それでも全く読めないわけではない。


 時折見せる頭蓋骨の動きは頷き、スマフォ二台の擦れ具合から感情の高ぶりが感じられた。


「すっぽこぽん?」


 声色は分析するまでもなく怒っていた。


 社長、どれだけ説明下手くそなのか、これでブチ切れられたら火の粉を被るのは現場の俺だ。


 今からでも代わろうかと思案して、今更気が付いた。


 スマフォ、エシュの、自前のもの、正確には奪ったものらしいが、その表面にポップなイラストで、猫が、描かれてあった。


 そこに亀裂が走る。


「びーちく?」


 俺は荷物を置き、リボルヴァ―取り出して、エシュの頭蓋骨の仮面目掛けて引き金を引いた。


 パンパンカンカンパンカンパンカンパンカンパンカン!


 全弾発射、制裁の銃弾、しかし全てが弾かれた。


「敵意? いきなり? それもなんだこのふり幅は?」


 至近距離からの連射を全て弾いた棍の裏で、エシュが呟く言葉は、謝罪でも贖罪でも言い訳の言葉ですらなかった。


「だが、攻撃してくるならば、敵として相手をしよう」


 それどころかこのエシュ、棍を構え直しながら、左手にあるスマフォ二台を落とし捨てやがった。


「貴様ぁ!」


 こんなこと見せられて冷静でいられるわけがない。


 弾切れの銃を投げつけると同時に左手突き出し全力の能力を放つ。


 ドライ=ブリザード吹き抜ける渇き


 ゴゥ!


 掌よりドライアイスの吹雪、急激な温度の低下に晒されて空気中の水分は白煙となり、地面の湿り気は霜柱に、弾切れの銃は姻族疲労で砕け散って、罪人の姿は覆い隠された。


 相手が傭兵だろうとなんだろうと凍らせて固めれば動けない。


 そして不死ならば、凍らせた後でじっくりとその罪を裁くことができる。


 怒りの中の冷静な思考、巡らせる俺の目の前に影が飛来した。


 ゴ!


 激突、額、衝撃、脳に響く痛みに腕がずれ、不覚にも能力が途切れてしまった。


 カラン、と転がり落ちるのはあの短槍、投擲したがドライアイスに阻まれ回って横から当たったらしい。


 つまり、罪を償うつもりはないらしい。


 ツーと滴る液体、袖で拭えば額が割れて出血していた。それを拭い、凍らせ、止血し、次やることは決まっていた。


 凍らせて、懺悔させ、猫に変わって裁きを下す。


 だけども白煙の向こうにエシュの姿はなく、ただ凍り付いた地面に飛び散った銃の破片と、スマフォ二台が転がるだけだった。

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