悪役令嬢モノのヒロイン()はもうソイツが悪役令嬢

きょうまひらふじ

転生者ルビアの孤児院的日常

第1話 天才の器に凡人の転生者


 女子に突き飛ばされ、庭木に頭を思い切りぶつけて気絶したら、脳味噌に前世が生えてきた。


 ちなみに前世スペックはろくでなし。うだつの上がらないフリーター喪女オタクとかいう、社会的に悲しい存在のまんま事故死している。何か凄い技能とかはなかったし、凄い専門家とかでもない。

 バイト先でやっていたレジ打ちはまあまあ早かったかも?


「まあ、異世界にレジはないからなぁ」


 薄汚れてへたれたベッドマットから身を起こし、後頭部を触ると見事なたんこぶになっていた。二回も強く頭を打てば、前世などという存在しない記憶のひとつも生えてくるだろう。

 まったく迷惑な話である。

 突き飛ばしてきたクソアマども、後で私がぶつかった木に顔面を叩きつけて前歯を全部折ってやる。

 そう思いながらベッドに腰掛け、ため息をついた。

 たぶん今世は記憶が戻らなかった方が、幸せを感じやすい人生だったのではないだろうか。


「だって現代日本の記憶がある状態で、モンスターがいるような中世ヨーロッパ系世界の孤児院へ転生だもんな。最悪の上げ落としだよ」


 不幸中の幸いで、前世を思い出しても今世の記憶が消えた訳じゃない。言葉もなんも分からん状態で知らない世界に放り出されることにはならなかった。

 だから前世の義務教育に感謝して、そこそこ賢く生きて行くのが一番良いのかもしれない。

 この身体の持ち主で、まだ六歳だったルビアちゃんの人格はアラサーの記憶と人格に飲まれてしまったけれど、彼女はどうやら毎日ずっと孤児院の他の子達からいじめられていたらしく、消えてしまいたいと思っていたようなので、本人としても丁度良いだろう。

 南無阿弥陀仏。


「んー、たぶん女子からはひがみ、男子からは好意でいじめられてたんだろうなぁコレは」


 そのままルビアちゃんの記憶をあさってみると、彼女はけっこう可愛い系の美少女という感じだった。

 こうなる少し前、院長室に置かれた鏡を見た記憶がある。

 明るい金髪にグラデーションの綺麗な青い瞳をした、痩せてはいるが愛らしい顔立ちの少女が映っていたけれど、他の子供の顔はここまで整っていなかった。おそらく孤児院で一番可愛いのは、このルビアちゃんだ。

 前世と比べてしまえば月とスッポンというヤツで、容姿だけなら今世は勝ち組と言って良い。


「でもなぁ、孤児院の美少女とか下手打つと搾取の対象だからなぁ」


 できればこの顔で良いお家の養子とかになりたい。なれそうだから、他の女子にひがまれて散々な目にあっていたのだろうが。

 しかし、もっと育ってしまうと裕福とはいえ中年の嫁さん候補や夜職の働き手として買われる可能性が出てくるから困る。

 だから孤児院にいる顔が良い姉さん方は、自分より少し歳上の男の中から働き口を見つけた者を捕まえて、嫁入りすることで脱出していたようだ。


「あとはまあ、攻撃魔法が使えれば魔物狩人として独立できる、かも?」


 ここが地球の中世ではなく、それに似た異世界だとすぐに理解できたのは、モンスターと魔法が実在しているという記憶があったから。

 ゲームのような話だが、この世界には動物より狂暴な魔物が存在している。そして攻撃魔法や身体強化魔法を使える人間が魔物狩人コア・ハンターとして魔物を駆除し、その魔石を利用することで人間の生存圏を確保しているそうだ。

 ちなみに魔物狩人という職種は殉職率が高く、その敷居は低く、求人は常に出ている状態である。つまり異世界転生モノで良く見かける冒険者とそう変わらないどころか、名前を変えた程度の違いしかない。

 その魔物狩人の適性だが、まず充分な攻撃魔法が使えれば食いっぱぐれることはない、らしい。


 基本的に人間は大なり小なり魔力を持っている。

 しかし高位の貴族であるほど高い魔力を持ち、強い魔法を使えるのが普通である。

 だが、中には貴族の血が混じった平民や突然変異などで強い魔力を持つ平民が活躍し、成り上がるなんて話もぽつぽつ耳にできるほど、この社会では魔物に対する戦力が重要視されていた。

 貴族たちが持つ高い魔力も、昔から戦力を維持するために英雄たちとその子孫が婚姻を重ねた結果と言える。


「なんて知識がすんなり出てくる程、ルビアちゃんは魔法使いになって、魔物狩人として活躍したかったわけだな……」


 魔力量は鍛練で増やせるが、どれほど増やせるかは上限があり、性別に関係なく個人の才能で決まると言われている。

 もちろん男女の違いで攻撃適性や支援適性などの適性傾向はある。だが攻撃魔法や身体強化魔法で爵位を得るほどの活躍をした女性や、支援魔法で聖人として名を残す男性も存在するのだから、絶対という話ではない。

 つまり平民だろうが孤児だろうが魔力と適性があれば、魔物狩人には立身出世の可能性があるのだ。


 だからルビアちゃんは孤児院出身の魔物狩人や狩人組合の職員がやってくるたびに、その手の話をせがんで情報収集してたのだろう。

 その態度もまた同年代や少し歳上からすれば「自分より年下のくせに、稼いでいる男に媚びて獲物を横取りしようとする生意気なメスガキ」「可愛いけれど同い年の男である自分には目もくれない女子」みたいな評価につながっているようだったが。


 なんというか、めんどくせぇなぁ!!!


「だからこんな孤児院さっさと出て、稼げる魔物狩人になりたいって気持ちはかなり同意できるんだよね」


 しかし魔力量や魔法適性を調べるためには、魔物の魔石コアの粉末を使って検査をしなければならず、検査代も六歳がどうにかできる値段ではないそうだ。

 魔物狩人の新人なんかは、先に薪でゴブリンや大ガエルを殴り殺しまくって大銀貨一枚を貯めてから検査するのが普通である。

 そこで生活に魔法を使える程度の適性しかない場合は諦めるか、他に仕事がない者たちで集まり、魔力なしでも倒せる魔物を相手にし続けるか、という世知辛い話はかなり聞いていた。


 だから六歳にしてはかなり賢いルビアちゃんも、魔物狩人志望いっぽんは不味いと色々考えていたらしく……いや賢すぎでしょう。六歳なんかまだ夢ばっか見てる年頃じゃないの?

 普通の六歳は自分がなりたい将来になれない場合なんか考えていないと思ってしまうのは、恵まれた時代の恵まれた社会を経験してきたからだろうか。

 ともかく、彼女は魔物狩人になれなくとも代読や代筆みたいな、事務系の仕事をしたいと思っていたらしい。六歳ながら孤児院の教育を真剣に吸収し、ほぼ完璧に読み書きをマスターしていた。それどころか足し算と引き算も桁数を問わずできているあたり、天才なんじゃなかろうか。

 いや天才だな。


 だってルビアちゃん、六歳なのにまず「コップの水を別のコップに移しても水の量は同じ」ってことが理解できている様子なのだ。

 ピアジェの発達段階論において七歳以降に獲得できると言われている「保存の概念」を、現段階で得ているのだからやべぇ以外の何者でもない。


 つまり簡単に言うと、まだ小さい子はコップに注いだ一杯のジュースを平たい皿に移すと「(水面の高さが低くなったので)ジュースが少なくなった」と認識してしまう。

 しかし成長して脳が発達し、保存の概念を獲得した子は「入れ物を変えてもジュースの量は変わらない」と認識できる。

 それをまだ、小さい子どもであるルビアちゃんが出来てるから凄いね、って話なんだな。


「や、まあ脳味噌がちゃんと発達してないと、成人わたしの認知能力や人格をここまで再現できないんだろうけども。たぶんそこらのガキのおつむなら、記憶が戻っても意味を理解できないまんまだろうなぁ」


 下手したら今の段階で大人と同等の脳機能があるのか。

 これは頭脳労働で成り上がりを目指せるかも……?

 いやいやいや、落ち着け。調子に乗って痛い目にあいたくはない。もしかしたら魔法や魔物がある異世界だし、異世界人ホモ・サピエンスもどきはこれくらいの発達の早さなんて、まれに良くある例かもしれない。そうでなくともルビアちゃんの脳味噌の成長が、実はここで打ち止めかもしれないってことは考えとかないと。

 まあでもね、やっぱチートっぽい技能があるとワクワクしちゃうよね。


「孤児院スタートも、変なしがらみがないって考えれば悪くないかもね!」


 今後のことを考えると、思わずにんまり笑ってしまった。

 なんせ人間の欲望は尽きないものなので。


「いやー、ね。美少女で頭が良い……これ以上を望むとバチが当たるってもんだろうけど、そりゃ期待しちゃうよね」


 魔力。


 せっかく異世界に転生できたんだから、魔法はやっぱり使いたい。できれば早く。今すぐどうやって使うのかを知りたい。派手な魔法が良いな。

 いや、まだ無理なんだけどもね。


「やっぱ教会の検査かねぇ」


 魔法検査は年齢問わず、教会や魔物狩人組合でやってもらえる。けれど大銀貨一枚を工面するのが難しい。

 なんせ大銀貨の価値を感覚でざっくり言ってしまうと、日本円にして最低でも野口さん七人くらい、下手したら諭吉先生お一人様くらいのお金になるわけだ。

 そんでまあ、時間を掛けて頑張れば、まあ頑張れば貯められないわけではないだろうけれど、十歳にもならないの孤児が一万円を持って組合のカウンターに来たらどうよ?

 ……ね、ダメでしょ。

 だからまあ、孤児院の仕事から教会への手伝い派遣を積極的に受けて信用を積み上げて、他の仕事で小銭を貯めてくのが現実的なんだろうなぁ。

 まだ六歳じゃ狩人の真似事をしても、ゴブリンに殴り殺されちゃうだろうし。


「うーん、なんか市場で売れそうな金目のモンとか持ってないかなぁ」


 そもそもルビアちゃんの資産はおいくらだ?

 と思い出してみると、やはり手伝い仕事のオマケで貰えるような小銭を貯金していたようで、なんと銅貨や大銅貨ばかりを銀貨三枚分ほど持っているようだった。目標金額の三割まで達成とは、なかなかである。

 ちなみに隠し場所はベッドの近く柱の中。見えない隙間からコインをそのまま埋め込んで、下手に取り出さずに総額をそのまま記憶しているようだ。

 ワイルドかつ賢い貯金方法だが、いじめられっ子が貯金箱なんか持っていたら格好の餌食だから仕方がない。


「あ、あとは指輪があったっけ。母親が持たせてくれたヤツ」


 ルビアちゃんは三歳の頃に酒場の女給をしていた母親を亡くし、この公営孤児院へ預けられた。

 母親は亡くなる前に「いつか本当に、死にそうなくらい困った時は、教会の偉い人にこの指輪を見せて助けてくださいと言いなさい。それまでは肌身離さず、けれど誰にも指輪を見せてはダメよ」と言っていたそうだ。

 うん。三歳に理解できる文章じゃないだろう。良く理解できたなルビアちゃん。

 ……ん?あれ?


「母親のセリフ、なんか聞いたことある気がするな」


 いや、そうでなくてもコレは金目の指輪じゃなくて、もっとなんかヤバい価値がある感じのセリフだな。


 用心深いルビアちゃんがこっそり継ぎ足した、かぼちゃパンツの内側の隠しポケットから指輪を引っ張り出す。

 綺麗な銀色の指輪だが、宝石は付いていない。それどころか太くて大きなサイズなのだから、男性用の指輪なのかもしれない。表面には細かい傷もなく、しかし何の模様もないツルツルとした質感だ。

 ただし内側には、何かマークのようなものが刻まれている。

 七つの翼を持ち、ぐるりと円を描いて尾を食む蛇に囲まれた太陽。その太陽を背にして剣と杖のような棒が交差し、ど真ん中に二重のひし形が置かれているマークだ。かなり細かいところまで刻まれている、繊細な作品である。


「んー……なんか、見たことあるような」


 しかしこの蛇に囲まれた太陽、ルビアちゃんではなく前世の記憶の方で見たことがある気がする感覚。何かしらのアニメやマンガに、似たようなデザインの紋章でもあったのかもしれない。


「あ!あれだあれ。アリザリンが王太子妃になった時に作られた王室紋だわ」


 前世で読み散らかしていた悪役令嬢モノ小説のひとつである『悪役令嬢だけど斜陽の魔女なんかにはなりません!私は平穏に暮らしたいだけなのに!』のコミカライズで見たやつと似てるんだな。納得。

 守りの蛇と太陽は、山脈に囲まれた大国ソルシエラの王族が持つ紋章の基本で、その他は剣やら盾やら本やら杖やら動物やら星やらなんやかんやパーツを組み合わせて、各王族それぞれの紋章を作るって設定だ。だから主人公の公爵令嬢アリザリン(転生者)が王家に輿入れした時に、専用の王室紋が作られたんだっけ。

 あーあ、小説は完結まで読んだけど、コミカライズはまだ連載中だったんだよなぁ。

 せっかくクソヒロインのルビア・アルギム(転生者)が破滅して、アリザリンの知らぬ間に攻略対象の手配で魔力生成機能を破壊された挙げ句に去勢され、家畜化実験中の魔物の繁殖に使われてボロクソになるシーンが絵で見られると思った……の、に……???


「え、ルビア・アルギムって、え……え…まじ?」


 ちょっと待てちょっと待てたまたまだよタマタマ。

 キンタマキラキラ金曜日だからだよマジだからマジ。ほんとだってほんとだよ。

 この国の名前がソルシエラ王国で山脈に囲まれてるっぽい話を聞いたことあるけどマージでタマタマだから。おおきなきんのたまたま(金塊)だから。

 ふーん、叡知じゃん。


 はい、じゃあルビアちゃんのマッマの普段は言っちゃいけないフルネームは何だったかなぁ~?


 アリシア・アルギムでーす!!!




 おわり

(砂地に落ちた青いマスクと芽吹く若木のキャプチャ画像)



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