第8話 契約


 杞憂とは裏腹にラボはすぐに使える状態だった。遺伝子データをホログラムに映し出すOSには最新版がインストールされていた。


「お、AIも付いてるじゃないか。俺の前職と遜色ないな。これ全部使って良いんですか?」

「はい。前任者の研究に関する遺産はすべて、ロイさんに譲渡されます。証明書はvuから送っておきます」


 ロイの視界に新着のデータが届く。

 開封すると『使用許可』と記された書類が表示される。


「了解です。ありがとうございます」

「足りないもの等あれば町から補助金がかなり出るので仰ってください」

「あの、気になったんですが。雫さんとどういう関係になるのでしょうか」

「そうですね。では少しお話しましょう」


 そういってソファに二人で座る。清掃ドローンによって人が手を付けない状態が続いても清潔さが保たれている。雫は巻かれているタブレット端末を広げ話を始める。


「私は市の広報担当です。今この町がどのような状況かは分かっていますか?」

「えっと、確か……」

「はい。ここは都市から遠く離れた辺鄙な町です。人口は34700人程です。その人口の6割が60歳以上。このままでは高齢化が進んでしまい、衰退の一途を辿るでしょう」

 俺は頷く。高齢化が進んでいるとは聞いていたがここまで酷いとは思っていなかった。


「はい。それで?」

「はい。この問題を解決するために私たちは様々な取り組みを行ってきました。vuでの宣伝。ボランティアの募集。イベントの開催。町の観光スポットの紹介などを行い、何とか人口を維持しようと努力しました」

「なるほど」


 ロイは中央都市から出る前、この茨ヶ丘の情報をある程度は調べていた。ウェブページは意外にも充実していたが、残念なことに仕事の提案をされなければここに行こうという魅力が正直無かったのだ。


「しかし、一向に成果は上がりませんでした。そこで、新しい試みとしてvuを使って移住者を募集したのです」

「でもなかなか集まらなかったんじゃ」


 ここ数年での移住者はゼロだったことを思い出す。


「はい。そこで!!市長が目を付けたのが”キメラ食”なんですよ」

「それでキメラ開発が出来る俺が呼ばれたと」


 キメラ食は過去に何度か政府が試みた開発だったが、その当時は技術が未熟で実用化レベルには至らなかった歴史がある。正直、不安要素が無いわけでもない。


「はい。市としては是非あなたを雇いたいと思っています。一か月でこのくらい出せます」


 差し出された電子契約書には前職の三倍ほどの金額が記されている。


「こんなに出せるんですか??」

「その秘密はですねvuでのここら辺の土地は大企業のホームになってまして土地代で儲けるんですよ」


 驚くべきことにvuではハッキングが規制されていない。vu自体のセキュリティへの絶対的な自信かどうかは不明だが、個人の力によってデータを守る必要がある。例えば大企業は自社のデータを守るために様々な電子的防御を施したクラウド施設をvu上に設置する。


 そこをこじ開けようとハッカーが攻め入るわけだ。しかしクラウド上が中央都市から離れたページ(vu上での住所)であればある程度の牽制になる。そのため中央都市から遠く日本内にある茨ヶ丘エリアが大企業の情報保存庫として活用される。


 ちなみにネットの様々な情報が集まる喫茶「黒の輪」のページは中央に存在する。しかし異常なセキュリティーにより不正アクセスを受けたことがほぼない。このセキュリティーを構築したのはマスターとも伝説のハッカーとも言われているが真相は不明だ



「なるほど。この辺の地形はvuでのサイバー攻撃から守りやすい地形ですもんね」

「よくご存知で。そういうことです」


 その後ロイは雫に契約内容を確認し、サインをした。


 契約金額は150万新円/月。前職の3倍の給料である。


 こうしてロイはこの町での仕事を手に入れた。

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