かきのきくりのき かきくけこ

「ねぇいろちゃん。私ってどう思う?」

「急に聞く内容じゃないよね? 抽象的過ぎて私はどう返したらいいのよ」


 確かにそうかもしれない。


 お昼の学食でお互い顔を見合わせながら私は唐突にそんな事を聞いていた。


「とりあえず今の答えとしては」

「答えとしては?」


 阿吽の呼吸で返してくれる彼女に少し嬉しくなる。


「顔に海苔を付けた妖怪みたいなヤベェ奴かな」

「は?」


 おいおい、どこの美少女を捕まえて妖怪だと?

 可憐な歌恋かれんちゃんを捕まえて妖怪と言ったのかね?


「何が可憐な歌恋ちゃんよ」

「さてはお主エスパーかっ!」


 目の前の文学少女、もとい情報屋はそんな特殊能力があるのかしら?

 そんな訳もなく私自身の心の声を音読していたらしい。


「はい鏡」


 ポケットから取り出したるは意外と女の子趣味全開の鏡。それを受け取り自分の顔を覗き込む。


「どちゃくそ美少女がいるんだが!」

「それだけ前向きならいっそ清々しいわね」


 とはいえ猫のお髭よろしく頬っぺたの左右に刻み海苔が付いていた。


「ほら、ほらほら!」

「何やってんの?」


 今が恒例イベントのチャンスだよ!


「ほっぺに付いたご飯粒のアレだよ。知ってるでしょ?」

「知っててもアンタにはやらないし」


「そう言わずに。手に取って自分の口に持っていくまでがセットだから」

「めんどくさいわっ!」


 彼女からポケットティッシュが飛んでくるまで同じやり取りを3回した。




 放課後の教室で帰りたそうにする彼女を引き止める。


「んでさ、私ってどうよ?」

「昼間の続き?」

「そそそ!」


 私も彼女も部活が休みだから時間はいっぱいあるのだ。


「どうって言われてもね」

「なんか無いの? こうエネルギッシュとかキューティクルとかギルガメッシュとか」


「エネルギッシュは認めるけど、あんたの髪質はまぁまぁだし、最後に至っては王様だし」


 ジョハリの窓に照らし合わせると私は王様かもしれない。

 私の知らない私、なんか素敵。


「なんだっけ。養成所の先生に言われたんだっけ? あんたの胸が薄いって」

「薄くねぇし! 育ち盛りだし! これから弾け飛ぶ未来しかないわっ」


 メガネ拭きでメガネを拭きながら私の気にしてる事をさらりと告げる。さらりとしたお文ってヤツだね。吐く言葉は薬にも毒にもなりそうだけど。


「人間性が薄いっていうか演技が薄いって言われたの」

「ふーん」


 何にも気にしてないようにする彼女はスマホを取り出してピコピコと文字を打つ。こっちは真剣に話しているのにこの女ときたら。そのメガネに木工用ボンドを塗って錆取りでもしてやろうか!


「ちょっとウチが真剣に悩んでるのに……」

「経験が足りないかもって書いてあるわ」


 は?

 突然何を言い出すの。


「役者の心得的なサイトには経験が足りないかもって書いてあるわ」


 人の話を聞かずにスマホを弄っていたのではなく、私の悩みを聞いて調べてくれていたのか。

 この女はまったく。


「キスしていい?」

「っ!?」


 机ひとつ挟んだ文学少女に顔を寄せる。


「ゾッとするから真顔やめれ」

「ふみゃっ」


 実家の猫に猫吸いを敢行しようとして肉球で拒否られたような声が出た。


「ひどい。私の純粋な愛を弄んで」

「アンタ詐欺師に引っかかりそうで心配だわ」


 そんなチョロくないわいっ!


「私も素人だから良くわかんないけど……経験を力に変える的な事が書いてあるわ」

「経験ねぇ」


 それは分からなくもない。

 昨今の創作界隈でも同じような話題があったから。経験が無いものは書けないというのなら創作をする人は異世界帰りなりハイスペックなり身に付けているハズだ。

 まぁそんな事を言い出したらキリがない。


「今やってる役なんだっけ?」

「ん? 恋する女子高生の役」


 演技レッスンの一環で舞台演劇をやっていて今の役がそれにあたる。


「歌恋さ恋愛経験は?」

「直球で聞くじゃん色ちゃん! ウチの事好き過ぎでしょ?」


 ちょっと冷やかしたい気持ちはあるけれど彼女の目は普段とは違い真面目だった。いやいつも真面目だけれど。


「な、ないよ」

「ふむ。なるほど」


 何がなるほどなんだか。

 もう終わっているハズのメガネ拭きを何度も繰り返している。きっと彼女のこの作業が思考へのダイブなのだろう。


「……じゃあ恋すれば?」


 さも当たり前のように紡がれる言葉。

 けれど私は即答する。


「無理っ! 男怖いっ!」


 今度は私が彼女の顔をふみゅっとしてしまった。


「なんで?」

「いや……それは」


 それでも彼女は止まらない。

 別に演技をする上なら男性と関わるのは普通にできる。しかしこと恋愛となるとどうにも昔の虎さんと馬さんが。


「アンタの事知らないと私もアドバイスできないでしょ?」

「うぅぅ……」


 彼女の気迫に押されて昔の事を白状してしまった。

 児童劇団の時に私に好意を寄せていた男の子がいた事、その男の子の事が好きな別の女の子がいた事、先生からの期待もあった私は劇に集中したかった。男の子から言い寄られても袖にして相手にしなかった。そこから始まった陰湿な嫌がらせの数々。




「――集団心理って怖いんだよ色ちゃん」

「…………」


 それが嫌で児童劇団を辞めて今の養成所にいる訳だけど。あんな目に遭ったのに芝居を捨てられないのは、結局演技が好きなんだという事なのか、それとも未練でもあるのか。


 暫く無言でメガネを拭いていた彼女は何かを決意したように私の目を見つめる。



「じゃあさ……女の子に恋したら?」



 ハハッ。

 それはとってもおあつらえむきで。


「色ちゃんに……恋していいの?」

「私はダメ」



 即答だった。

 なんでぇぇぇぇ!?



 私と彼女のレッスンは前途多難になりそうだ。

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