第26話:河村亮と川原真紀

 入学したての頃だった。入学して1ヶ月、2ヶ月と経つとみんなが学校に馴染んでくる。クラスメイトの名前も何となく覚えて、変わりない日常を送る。同じクラスになっていた川原真紀は、何もしていないにもかかわらず入学当初から男子の人気を得ていた。

 遠巻きに真紀の様子を眺めている河本亮も、その一人だ。

 彼女はまず可愛い。男というのは単純なもので容姿が良いというだけでそれがプラス印象になりうる。更に言うと声が良い。放送部に入っていることはクラスの中で周知の事実だったし、毎日昼に流れる真紀の放送の声は凛としていて聞いていて心良い。彼女は人と話す時、仲が良くない相手には殻に籠って話しているようだった。


 確かに見た目の愛想もよく、受け答えもしっかりしていないが肝心の本心が掬いづらい。その事実に気づいたのは、真紀のことを可愛いと陰で言っていた男たちの中では亮が一番だろう。彼はふざけではなく、本気で恋に落ちようとしていた。


 しかし、一つ大きな障壁があった。それは彼女へ告白した人達の玉砕である。たまにではあるが、彼女に告白して振られたという話をする人がいるのだ。更に言うと彼女に付き合ってる人はいない。男たちは、真紀が超えることの出来ない大きな壁であることをようやく悟った。


 最初に彼女と仲良くなれる道を探った。仲良くなれば、心を開いてくれると考えたからだ。四苦八苦した末に放送部に入った。当時の部員は三人。亮と真紀とおとなしい性格の三年生。残りのひとりが三年生なので亮が入った後に引退していったことも幸いし、二人の話す時間は日に日に増えていった。

 

 クラスでは事務連絡くらいしかしない相手と好きなことの話や、学校の話をすることはとても楽しかった。同性の友達……とまでは言わないが異性の友達としてはかなり仲良くなった方だと思う。しかし、ひよった。ここまで来たのにも関わらず、友達として気軽に接してくれるようになった真紀の態度を失ってしまうと考えたからだ。そう一度考えてしまえば、いくら告白する理由が積もっても踏み出すことは出来ない。そして、亮から見て彼女と自分に特別な関係になれる予感はしなかった。いわゆる、脈ナシだ。


 『約束通り今日の放課後にやる』

 亮は朝、まだ寝ぼけている目でスマホを見ながら自らそう理人に送った。彼とのトーク履歴をほんの少し戻すと『付き合えました!』と何とも胸にグサッとくるメッセージが残されている。いや、焚き付けたのは自分だ。後輩の幸せを喜ぶべきなのだ。既読が着いたかどうかも見ずに、スマホの電源を落とす。黒い画面に写っているいつもと変わらない自分の顔が今日はやけに気になった。

ーーーーーーーーーーーーーー

 最後の授業が終わって教室の皆がゆるい雰囲気になりながら、帰路に着いたり部活へ行ったりする。今日の放送部は部活が元々ない。真紀は兼部をしている訳でもないのですぐに帰る。

 「川原、ちょっといい?」

 「ん? いいよ」

 真紀の友達は「先に行くよ」と短く伝えてから教室を出ていく。他の人たちも然り教室を後にしていく。教室の中はだんだん2人だけの空間になっていく。長く伸ばした黒い髪の毛。艶々しいそれに惹かれたのはもう1年半は前の出来事だ。何も言わずに最後の一人が教室から出ていく。教室は完全に2人になる。

 「ぁ」


 その状況に陥った真紀は至近距離にもいる亮にすら聞こえない声量で何かを察したかのような声を上げる。この状況と空気感は、幾度か経験してきた。

 「あのさ」

 亮はそんなことも知らずに話し始める。タイミングがここでいいのかは分からない。こんな時にしてもいいのかすら知らない。もしかしたら人間関係が気まずくなるかもしれない。でもそんなリスク度外視でやらないと、告白なんてやってられない。

 「直球に言うと……俺はずっと川原のことが好きだった。1年生の時に川原と仲良くなっていつか付き合ってやるって、そう決心して未経験の放送部に入った。それから毎日のように川原と話すようになって……俺からすると川原がこれを受けてくれるとは正直思ってない。受けて貰えたらそりゃ嬉しいけど、川原は可愛いし俺よりいい相手は沢山いるだろうし。けど、俺はずっと好きなんだ」

 想いが溢れてくる。これまで一度も言う機会なんてなく、同じクラスの友達にも言ってこなかった気持ち。事前に頭の中で用意していたセリフはとうに消え失せて自分が思うがままに気持ちが繋がっていく。自分の中で出てきた等身大の言葉。彼も、そうだったのだろうか。


 「だから! よければ俺と付き合ってくれませんか」

 しっかりと亮は真紀の目を見る。彼女の目に動揺の色が現れているのは明らかだった。真紀は逡巡した後真っ直ぐに亮の目を見る。

 「私結構告白されたことあるんだけど、一回も受けたことないんだよね」


 「何となく怖かったから。その人と付き合ったら関係性は時間と共に変わっていくし、そのスピードも普通に友達と比べたら格段に速いよね」


 「その過程でお互いのことをもっと好きになったり、別れたり……そういうのに怖さを感じてたんだ」


 「今、亮が告ってきた時なんとなく『今から告白されるな』って分かったんだ。それで最初は断ろうと思ってた」

 

 「でも亮の言葉の一つ一つが私を認めてくれてる気がして、今人生で初めての気持ちを感じてる」


 「私は付き合うってことが怖くて、それで今まで何も出来なかった臆病だけど」

 ここまでの一つ一つの言葉はゆっくりと紡がれた。亮はそれを黙って聞いている。彼も臆病な人物の一人だ。一歩を踏み出すことはできずに、ただ普通の人が――あの男子たちが勇気を出してやっていた告白から目を背けていた。


 「私も付き合ってくれたら嬉しいです」

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