第2話 冷めきれぬ思い

 冷めきれぬ興奮を心の中で何とか飼い慣らしながら、夕日が沈みきった後の暗がりを照らしながら蛍は家路に着いた。結局友達と一緒に遊びに行ったはいいものソワソワしてしまってあまり楽しむことが出来なかった。引越しのことを話したらとてもビックリされたし、めちゃくちゃ期待の目で見られた。

 ……そうなったら、いいなあ。

 マンションの駐輪場に自転車を置いてロビーを覗く。理人の姿はない。

 少しだけ期待した自分が馬鹿なように思えてくる。|理人が自分のことが好きだという感じはしない《理人がめっちゃ取り繕ってる》し、何なら自分のことを好きだとしてもその為にいつ帰ってくるかも分からない人をロビーで待ち続けるなんてある訳が無い。引越しの準備も……よく知らないが1日あれば多分終わるだろう。


 肩を落としてマンションのエレベーターのボタンを押す。扉が開くと、そこには。

 「あ」

 蛍の声が思わず漏れた。理人が身体を強ばらせて立っていた。

 「そっか、同じところに住んでるんだもんな。会うこともあるか」

 心底びっくりした理人は、はぁと溜息を漏らした。彼もこんなところで会うなんて1ミリも思ってなかったのだ。あれから部屋に戻った理人は荷解きをせっせと行いながらこれから来るであろう生活に喜びを感じていた。ちょっと妄想とかもしてみたりしてもう既に新居生活を満喫していたところだ。

 「そうだね。はは……もう遅いよね? どこか行くの?」

 「いや。親の車に忘れ物したから、取りに行こうかなって」

 「じゃあ一緒に行かない?」と言ってみようか。いや、たかがちょっと外に出るくらいで何を言ってるんだコイツ、となる気がする。かと言ってここで待つのも不自然だ。今日理人と話せる時間は今日で終わり。というか、今のこの十数秒がボーナスタイムなんだ。


 「そっか。じゃあ、またね」

 エレベーターの扉がバタンと閉められた。何も出来ない自分が少し恥ずかしいような、惨めなような、そんな心の中からの呵責を感じて蛍は悔しくなってしまう。もっと上手く言えたんじゃないのか?? もうちょっと話したかった。

 

 「うん」と言う間も与えられず閉まって行った扉を数秒理人は見ていたが、すぐに駐車場の方に歩き始める。蛍のことを意識し始めてから、あの容姿端麗さと明るい性格に惹かれている。今日は流石に驚いていたからか、少し塩対応な気はするが、そんなことを気にする暇より嬉しさの方が圧倒的に勝っている。

 そう言えば、蛍に今恋人はいるのだろうか? そんな話は今までしたことが無い。ポロッとどこかでボロが出そうな気がするし、そんな話題を振ること自体が「私は貴方のことが好き」ということのアピールになると思っていたからだ。

 しかし告白するとなると少々話は変わってくる。そもそも恋人なんて居ない前提で話を進めないといけないから。いなさそうではあるけど……本当のところは分からない。

 理人が車のドアを開ける。車の中に忘れていたスマホを見つけた。

 「あれ?」


 そう言えば、蛍とはLINEを交換していない。そうだ。すっかり忘れていた。

 理人の高校では校内のスマホの使用が全面禁止されている。男友達とは1学期初めに何人かと交換したが、蛍と関わり始めたのは二学期になってからなのでそんなことをすっかり忘れていた。

 「不自然に思われないよな?」

 車のドアを閉めながらブツブツと呟く。蛍とはよく話す間柄だ。それに住んでる場所が近いという共通点もできた。LINEを交換するくらいなんら不自然では無いはずだ。


 「ただいま」

 おかえり、という父の声を聞きながら理人は自室で考えてみようとしたが上手く思考がまとまらない。すると、やっぱり行動した方が早い気がしてきた。


 第一目標だ。蛍とLINEを交換する。

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