第21話 待ち伏せ

 昨日のシュガー先生とのやり取りを眺める。


 既にやりとりは終わっている。軽いやりとりを何度かした後、最後は俺がファンであることを伝えて、そのお礼のメッセージが来て終わった。


 推しに認知されるとか、ファンとして冥利に尽きる。


 一夜が明けた訳だが、シュガー先生とやりとりをしたなんて未だに夢みたいだ。


 昨日の夜は何度もやりとりを見返してにやにやしてしまった。姉貴にきもいと言われたのは言うまでもない。


 姉貴の暴言なんて気にならないぐらい幸せだぜ。


「うわ、昨日にも増してにやにやしてるけど、どうしたの?」


 引き攣った笑みを浮かべる蒼。どうやら登校してきたらしい。俺を見る目は完全にヤバい人を見る目だ。


「おう、おはよ。蒼」

「うん、おはよ。それでどうしたの? いつにも増して気持ち悪いよ?」


 朝から毒が凄い。そこまでじゃないと思うんだが。


「俺の絵がバズってるって話はしただろ?」

「うん、昨日見せてもらったし」

「その絵を見たシュガー先生からフォローが来たんだ」

「え、やったじゃん!」

「しかも」

「まだあるの?」


 不思議に首を傾げる。そうだろう。そうだろう。普通それ以上すごいことなんてあると思わない。


 だが、まだあるのだ。聞いて驚け。つい口元が緩む。


「シュガー先生からメッセージまで貰ったんだ。ちょこっとやり取りまでしてしまった」


 証拠のやり取りの画面を見せつける。蒼はぽかんと固まって、それから目を丸くした。


「え、ほんとに!?」


 俺のスマホの画面をまじまじと見つめる。何度も視線が往復している。


「……ほんとだ。すご……」


 おお。いい反応だ。唖然とする蒼とか見たことない。


 自慢したくて仕方がなかったが、ここまでいい反応されると心も満たされる。リアクションばっちりだ。


「流石にいつもみたいに長々と魅力を語らなかったんだね」

「最初打ち込んでて、送る寸前に気付いてやめた」

「うん、絶対それでよかったと思うよ。ほぼ初対面から色々送られてきたらドン引きだし」


 呆れたようにため息を吐く。やはり思った通りだったか。いつも2人に聞かせてるぐらいの熱さで文字を打ち込んでいたが、冷静になってよかった。


 シュガー先生に嫌われたら死ねる。もう、メンヘラ化は確実です。


 とりあえず、上手くシュガー先生に感想を伝えられたのでよかったことにしておく。

 これからは直接感想を届けられるのだから、たくさん伝えよう。そう思うことにした。


 放課後になり、久しぶり絵の修行を休んで帰宅する。


 普段はお母さんが昼間にアルフを外に出しているのだが、今日は仕事なので家にいない。姉貴も帰りが遅いとのことなので、早めに帰った。


 アルフの大好きな散歩の時間である。玄関でぶんぶん尻尾を振っている。リードをつけると、2倍速になった。2個つけたら4倍か?


 ドアを開けると、俺を引き摺り飛び出していく。ちょっと、アルフさん? まだ靴が片方履きかけなんですけど?


 俺の願いも虚しく、アルフは家前の草っ原に突っ込んだ。もちろん俺の片足、裸足になりましたとも。


 用を足しているので、ちょっとだけ離れて靴を回収する。戻ると既に終わっており、一生懸命地面の匂いを嗅いでいた。


 いつもの散歩道を今日も辿る。知り合いのおじさんの家の前、小学生の時の同級生の家の前、レンガで舗装された歩道。見慣れた光景が過ぎていく。


 折り返し地点の公園までもうすぐだ。


 ふと、なぜか公園前で白雪と会話した時のことを思い出した。


 あの時のことは今でも思い出せる。会いたくないと思っていた矢先のこと。最悪のタイミングで遭遇してしまい、なかなか気まずい思いをした。


 最近やたらと白雪と関わるが、考えればあの時くらいからだろう。白雪とやたらと話す機会が増えた気がする。決して狙ったわけではないのだが。


 そんなことを考えていたら、公園の入り口前で白雪に似てる人影まで見えてきた。


(まったく。そんなわけないのに……って、え?)


 思わず目を疑う。何度も目を擦る。だが目の前の光景は変わらない。


 宝石のような綺麗な双眸がこちらを捉えている。


「こんにちは、黒瀬さん」

「白雪……」


 明らかにこの通り道で俺を待ち構えていた。え、なに? 怖いんですけど?


 とりあえず謝る準備を整える。だって怒られる未来しか見えないし。


「何か用か?」

「以前約束した通り、アルフを撫でさせてもらいにきました」

「……え?」


 あまりに予想外すぎて拍子抜けだ。身構えていた力が抜ける。


「別にいいけど、それだけのためにわざわざ?」


 思わず聞いてしまう。


 だってそうだろ。確かに白雪の犬好きの異常さは前回で察していたが、ほんとに? どんだけ好きなんだよ。


「……いいじゃないですか、なんだって。そこのベンチに座りましょう」


 そっと俺から視線を逸らし、ベンチの方へと歩き出す。アルフがぶんぶん尻尾を振ってついていく。ほんと、白雪のこと好きですね。


 仕方なく自分もついていった。


 茶色のベンチで白雪の隣に腰をかける。白雪は「久しぶりですね」とアルフを撫で回している。目を細めてアルフは気持ちよさそうだ。


 隣の白雪も幸せそうで、ほんの僅かに気配も柔らかい。満足そうで何より。


「本当に犬を撫でるために待ってたんだな」


 ひとしきり白雪はその白い手で撫でていたが、ふと手を止める。


「……それもありますけど、お礼を言いたかったんです」

「何かしたか?」

「スポーツ大会で元気付けてくれたじゃないですか」

「いや、あれは……」


 確かに1ミリもそういう気持ちがなかったわけではない。ないけど、改めて言われると少し恥ずかしい。


 まあ、白雪がどうしてわざわざ待ち伏せしていたのかは分かった。


「……お礼といってはなんですけど、シュガー先生の話を聞いてあげようと思いまして」

「……いいのか?」


 おいおいおい。そんなこと言ったら調子に乗っちゃうよ? 軽く一時間は話しちゃいますけど?


 覚悟を問えば、白雪はこくりと頷く。


「日頃、話し足りない様子でしたし、それで少しでもお礼になるなら」

「もちろん、なるなる。なんならお金払う」

「それはやめてください」


 冷めた声がぴしゃりと飛ぶ。うん、ごめん、調子に乗りました。謝るからその怖い視線やめて?


 白雪は「私をどんな悪女だと思ってるんですか」とため息を吐く。


 それからしばらくシュガー先生の話に華を咲かせた。


「—————でさ、本当にあの伝説のイラストは凄いと思うわけよ」

「……ほんとうに大好きですね」


 呆れた笑みが白雪に浮かぶ。時計を見れば軽く30分は経っている。多少は満足したし、そろそろいいだろう。


 白雪がお礼ということでくれた機会はなかなかのものだった。


 ちょうどいい機会なので、大翔のことをお礼を言っておこう。

 あの時は友達の話と曖昧に誤魔化したが、俺の交友関係から察したに違いない。

 わざわざ大翔に話す機会を作ってくれたんだ。一応頼んだのはこっちだし、お礼を伝えるのが筋だろう。


「あのさ、白雪」

「はい、なにか?」

「この前、友達の話しただろ?」

「……ええ」


 なにやら真剣な表情で頷く白雪。そんな顔してもお礼しか言わないんだけど。


「わざわざ時間作ってくれてありがとな。察して機会を作ってくれたんだろ? 一応お礼を言っとく」

「いえ。満足してもらえたでしょうか?」

「ああ、もちろん。ばっちり幸せだったに決まってる」


 白雪と話した後の大翔の顔は人には見せられない顔をしていたが、大変幸せそうだったのは間違いない。


 白雪は「そ、そうですか」と微かに声を上擦らせた。

 



 

 


 

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