その7 追跡開始

「一週間の差だったら大丈夫ね。早歩きくらいの速度で進んでるだろうし、箒を飛ばせば……五、六時間くらいで追いつけるはずだわ」


 今度は宿に向かって走る。少しでも急ぎたいからだろう、ネフは手を離してくれない。


「髪の毛、もっと速かったりしないかな」


「——前に髪の毛で魔物作った時はそれくらいだったから、まあ……そうでないことを祈るしかないわ」


 さらっとすごいことをおっしゃる。前に作った!? 思わず質問しかけたけど、今はそれどころじゃないよね。


「レノン、あなたの機械ってどのくらい速く飛べる?」


「えーと、巡航速度だと時速一五〇キロ。短時間なら最高で時速二〇〇キロくらい出せると思うよ」


「時速一五〇キロ……それなら、わたしの箒の方が速いのか」


 そりゃそうだよ、初めて会った時のこと思い出して。スロットル全開の風つかみにやすやすとついてきたじゃないか、って言ったら、確かにそうだったわ、って頷いてた。

 ……もしかしたら五〇〇キロくらい出るんじゃないか?


「それじゃ、作戦はこうしましょう。わたしが箒で先行するから、レノンは後から追いかけてきて。そうすれば、髪の毛を見逃しちゃう確率を減らせるわ。見つけたところで落ち合いましょう」


「待って、どうやって君を追いかければいいんだい? 夜だし、目には頼れそうもないけど」


「大丈夫よ、ちょうどいいものがあるから」





 部屋に入るなり、ネフはバックパックから布のポーチを出してごそごそし始めた。手探りすること数秒、これこれ、と取り出したのは丸いガラスの玉。二つ連なったそれをかちゃりと外し、はいっ、と渡してくれた。


「これはね、イシンデン針っていう魔道具で、二人で一つずつ持ってるとお互いのいる方向がわかる道具なの。ガラスの中に針があるわよね? その先っぽが片割れのある向きに向くようになってるわ」


 玉の中には液体が入っていて、その中に針が浮かんでいた。少しもぶれずにネフの手元を向いている。さすが魔法、すごい精度だ。


「あとはこうやって……」


 とん、とネフが指で叩くと、まるで見えない導線で繋がれているみたいに、二つの玉が同時に光った。


「簡単な連絡手段になるわ。持ち主の指で叩かないと光らないから気を付けてね。じゃあそれを握って、こっちに出して」


「こう?」


 イシンデン針を拳にいれて、ネフの前へ。


「ええ、そのままでいてね」


 するり、と杖を取り出したネフは、静かに目をつぶる。さっきの焦ってた姿が嘘みたいに、ゆっくりと息を吸って、ぶつぶつ何かを唱え始めた。


「──ローダ・シェネール、ユーゼ・レノン、シェ・ネフ、……ふっ、フ、フォルエ……!」


「うおっ」


 拳の中がいきなり熱くなって、思わず背中が跳ねる。

 ネフはなぜか真っ赤な顔で、「まあレノンなら……特に誰もいないし……」なんて呟きながら、そそくさと杖をしまった。


「こ、これでそのイシンデン針はレノンのものになったわ。叩いてみて」


「こうかな……あ、光った。ありがとう。——ところで、なんで顔が赤いんだい?」


「それはその……イシンデン針って、本当は想い人同士で持つものなのよ」


 え。


「呪文の意味も、この人とずっと一緒にいますみたいな感じで……」


「そ、そんな大事なもの、僕がもらっちゃだめなんじゃ……?」


「いい! いいわ、あくまで風習みたいなものだし! 他に手がないもの!」


 行くわよ、とネフは箒片手にドアを開けた。





(その8へつづく)

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