その3 魔女のネフ

 影がもぞもぞ動いて、するり、と上のほうが取れた。

 しゅばっと何かが広がる。風つかみの白い翼が照らしたおかげで、僕はそれが長い黒髪だと気付く。

 バタバタと揺れているのは大きな布。そのてっぺんからすぽん、と頭部が出た。

 想像していた、腐りかけた悪霊みたいなのではない。月明かりに照らされて、すらりと鼻筋輝かせ、一人の少女がそこにいた。


「……なにかしら、その顔は」


「……え?」


「鏡を見てごらんなさい。フロ・リフレク前へ・光を反射せよ


 ぼわっ、と目の前が歪んで、次の瞬間目の前に僕がいた。いや、正確には僕の顔が浮かんでいた。


「おわ!?」


「ひどい顔してるわよ。まるでゴキブリ見たときのシェナみたい」


 シェナ誰だよ。


「もっとヤバいのを見た気がしたんだよ……これは魔法?君は魔女?」


「ええそうよ。見てわからない?」


 コガネムシみたいなシルエットが、空中でくるりと横回転。器用なものだ。そして、魔女には到底見えない。


「あ、飛行マント着てるからか。ちょっと待って」


 ボタンが外されて、大きな布がすばーんと後ろへすっ飛んでいった。


「え、飛ばされちゃったけど」


「平気、ちゃんとついてくるから。ほら、これなら見てわかる? わかるわよね」


「おお。魔女っぽい」


「魔女なのよ」


 飛行マントとやらで隠されていた、箒と細身のシルエットで、ようやく肩の力が抜けた。魔女と出会うなんて、珍しいこともあるものだ。





「わたしはネフ。ネフ・エンケラよ。あなたは?」


魔女は名前まで珍しかった。今まで聞いたことのない姓だ。


「僕はレノン・ブルーメ。冒険者をしてる」


「冒険者? ぴったりだわ。よろしくね、レノン」


「よろしく、ネフ。……ぴったりって何?」


「それは後でいいわ。というか、なんで逃げたの?」


 ネフと名乗った少女は箒をギリギリまでこっちに寄せて、ちょっと怒気を含ませて聞いてきた。


「そりゃ得体の知れないものに追いかけられたら逃げるよ」


「得体の知れないものって……こんな夜中に空飛んでるの、魔女以外はスラーミンくらいしかいないわよ?」


「スラーミン知らないもの。見分けつかないし」


「全然違うわ! スラーミンはこう、おどろおどろしい影してるのよ」


 両手をわしゃわしゃと動かして、ネフはスラーミンとやらを表現する。


「悪いけど、追っかけてた君はまんまそういうシルエットだったよ」


「ひどいことを言うわね」





(その4へつづく)

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