ほうきとプロペラ

空色きいろ

馴れ初めのお話

その1 空を飛ぶもの

 白い翼がきらきら光る。

 雲なんてほとんどない、吸い込まれるような青空のなか、風つかみはふわふわと楽しそうに揺れながらすぃーっと滑っていく。

 操縦席は、前に風よけのガラスがあるだけ。手を伸ばせば、空に手が届く。

 あったかいけど爽やかな、風のなかを飛びながら、僕は伝声管に言葉を投げる。


「どうかな? 機械もけっこう、悪くないでしょ?」


「まぁ勝手に飛んでてくれるのは楽でいいわ、安心感もあるし」

 

 後ろからキンキンしたノイズをつれて、ちょっと生意気な返事がきた。


「でも、やっぱりわたしは箒が好き。あっちは自分の身一つで飛んでる感じがするもの」


「でもすごい疲れるんだよね? ネフ、いつも疲れたーって言ってる」


「それはしょうがないわ、人は鳥じゃないんだから。もともと飛ぶようには出来てないのよ」

 

 ふすん、と腕組みしてるのが目に浮かぶ。風つかみにバックミラーはないから、見ることはできないのだけれど。


「一長一短ってわけだ」


「悔しいけどそうなるわね。悔しいけど」

 

 ふふ、とすこし笑って、僕はちょっとだけピッチを上げた。





 僕は冒険家の家に生まれた。そしてしたきりに従って、十七歳で旅に出た。旅の目的は人によってまちまちで、例えば伝説の黄金の国探しとかまだ見ぬ大陸へ行くことなんかがあるけれど、僕は特に何も決めていなかった。

 とりあえず、もう知り尽くした故郷を離れ、まだ知らない世界を知りたい。

 そう言ったら、それこそがフロンティア精神だ! なんて父さんは笑っていた。

 普通、冒険家の旅っていうものはなにか立派で大いなる目的を据えるもので、てっきりよく考えろと諭されるものだと思っていた僕はすこし拍子抜けしたものだ。

 なにはともあれ、父さんのお古の風つかみに乗り、母さんお手製のバックパックを後部座席に積み込んで、僕は旅を始めたのだった。




 旅を初めて一週間目くらいだったか、その日は月がこうこうと明るくて、夜なのにまるで昼間のような明るさだった。夜に飛ぶのは危ないことだけど、これなら大丈夫かなと思って、僕は練習も兼ねて夜間飛行をしていた。

 風つかみも、操縦桿を握る僕の手も青白い。さながら冥界の使者か、それとも骸骨か、不安や恐ろしさを感じるシルエットで、白い機体は森の上を飛ぶ。

 深緑の木々は根本まで見えず、何かが潜んでいるような、こちらを窺っているような。

 モーターの他に聞こえるのは、ひょうひょうと流れる風切り音だけ。

 ──そのか細い呻き声が、僅かに変化した。

 風つかみと旅をする冒険者は、五感で空気の流れを把握する訓練を積む。

例えば、目が良ければ空気の揺らぎで、鼻が良ければ匂いで、という具合だ。僕は耳がよく聴こえるほうだったから、主に風の音で空気を読む。僕の横を流れた風は、何かに当たって音を変えていた。

 何かが、風つかみの後ろにいる。





(その2へつづく)

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