第18話  亜美の秘密






「そうだ…… そう言えば、この前怪しい人を見たんですが……」


 俺は本屋であったあの全身黒い服の青年の事を思い出し、亜美さんに相談する事にした。


「怪しい人物?」


 すると、亜美さんは首を傾げてから、真面目な仕事モードに入って俺から詳しい話を聞こうとしてくる。どうやら、俺と同じく例の失踪事件に関係があると考えたのであろう。


「えっと… ですね……」


 俺は亜美さんに本屋の店内で見た事、偶然かもしれないが亜美さんと悠の様子を窺っていた事、路地裏で女性と何か話していた事を報告した。


「黒いコートの背中に逆さ十字…… どっかで見かけた記憶が……」


 すると、亜美さんは顎に手を当てて何かを考え始める。


「智也。その人、本屋さんにいたんだよね?

「ああ」


「だったら… 亜美さん。その本屋さんの監視カメラにアクセスして、映像を見たらどうかな?」


 悠が提案すると、亜美さんは笑顔で答える。


「ナイスアイデアよ! ちょっと待っていて~ 」


 そう言うと亜美さんは、端末のキーボードをカタカタと叩く。そして数分後、画面に何かの映像が表示される。


 どうやら、これは昆虫型ドローンからの映像らしく、その超小型ドローンを操作して、本屋の防犯カメラをハッキングして録画映像を見るらしい。


「防犯カメラがデジタルでよかったわ~。アナログだと色々と面倒だからね~」


 亜美さんは画面を見つめながら、そう呟くと端末を軽快に操作しながら監視カメラの映像を確認する。


「……見つけた!」


 すると、突然亜美さんの表情が変わる。


「ど、どこですか!?」


 俺は思わず声を上げる。すると、亜美さんはある部分を指差す。そこには一人の人物が映っていた。それは紳士本売り場(18禁コーナー)の前で、入ろうか葛藤する俺の姿であった。


「智也君。別に恥ずかしがることは無いわよ? 君は健全な男子高校生なんだから、当然の行為で何も恥じる事はないわよ」


 亜美さんは、理解があるような事を優しく語り掛けてくるが、明らかにニヤけるのを我慢しているので、俺はその態度に少しイラッとしてしまう。


 そして、映像を早送りした後に、自称男子高校生に理解あるお姉さんはこう言ってくる。


「エロ本コーナーの前で30分も考え込んだ挙げ句に、結局恥ずかしくて買えないなんて、おまえは男子中学生か!!」


 そう突っ込んだ後、亜美さんは大爆笑である。


「うるせぇ!! 思春期なんだよ! 仕方ねぇじゃねえか!」


 そんな俺達のやり取りを見て、悠は何とも言えない顔をしながら呆れている様子だった。


 すると、そんな俺の後ろを件の逆さ十字の青年が通り過ぎていく。

 亜美さんはすぐに映像を一時停止すると、拡大と高解像度処理をおこなう。

 そして、処理が済んだ画像には拡大され鮮明となった青年の姿が映し出される。


「この画像を(宇宙警察)本部のデータベースに送って、該当人物がいないか調べるわ」


 亜美さんはそう言って、データ転送を開始する。これで青年の正体が解るかもしれない。

 結果が出るまで、俺は画面に映し出された画像を眺めていた。すると、直接出会った時には気付かなかった事に気付く。


「この腕のマーク… <666>って描かれていませんか?」


 俺は画像の腕の部分を指差し亜美さんに伝える。すると、亜美さんはその部分を拡大する。確かに、そこには<666>と描かれていた。


「どれどれ… あら、本当ね……。でも、それが何かあるの?」


 亜美さんは不思議そうな顔をして尋ねてくる。どうやら、宇宙では地球と違ってこの数字に特に意味は無いようだ。すると、悠が口を開く。


「亜美さん。<666>は地球では<獣の数字>と言って、逆さ十字と同じく不吉なモノとされているの」


「そうなんだ。じゃあ、この彼は地球人の可能性が高いかもね。まあ、怪しいことには変わりないけど」


 亜美さんの推察は理にかなっており、宇宙で意味のない数字をわざわざ使う宇宙人はいないだろう。


「宇宙人とかじゃないのか……」


 その言葉を聞いて、俺は思わず呟いてしまう。


「そう言えば、亜美さん。例の失踪事件の調査って進んでいますか?」


 俺はふと思った疑問を口にした。すると、亜美さんは苦笑いを浮かべて答える。


「う~ん。それに関しては進展なしかな~。宇宙船の監視カメラから逃れて、犯罪を実行しているから、その知識のある宇宙人だと思うのよね~」


「そっか……」


 やはりそう簡単に犯人を見つけることは出来ないようだ。

 すると、別のモニターに検索結果が映し出されるが、宇宙語なので俺達には何が書かれているか解らなかったが、亜美さんの反応と赤い文字の色からあまり良くないことは解る。


「何よ… これ……。データ閲覧禁止ってどういうことよ!?」


 亜美さんは端末を睨みながら、怒りを露にする。


「何かあったんですか?」


 俺が恐る恐る尋ねると、亜美さんは端末をテーブルの上に置くと、大きくため息をつく。


「あのね。今、本部にあるデータベースから、解析結果が返ってきたんだけど… どうやら、この青年の情報を閲覧するには、今の私のアクセス権限では見られないみたいなのよ」


 亜美さんは悔しそうに唇を噛みしめる。


「確か今の亜美さんの階級は警部でしたよね?」

「地球だと下から4番目の階級ですよね? なら仕方が無いんじゃないですか?」


 俺と悠は思ったことを口にする。普通に考えたら、下から4番目の階級でしかない亜美さんのアクセス権で、それ以上の情報は見られないのは当然ではないだろうか。


 しかし、どうやら違うらしい。


「私のアクセス権限は上から3番目よ。それで無理なんて… どうやらこの青年… 只者ではないようね……」


 いつになく真剣な表情の亜美さんを見て、俺達は思わずゴクリと唾を飲み込む。

 だが、ここで俺の中で恐らく悠の中でも一つ疑問が生まれた。それは―


 <どうして、こんなダメな警察官の亜美さんに、そんな権限レベルが与えられているのか?>ということである。


「どうして、いち警部の亜美さんに、そんな権限レベルが与えられているんですか?」


 悠は思っていたことをそのまま口にする。こういう時、女は強い。


「えっとね……。実は… 私の家って宇宙連邦内でも名門で、父親は宇宙連邦の偉いさんなのよね~。それで私にもそれなりの権限レベルが与えられているのよ」


 亜美さんは照れくさそうに、頬をポリポリと掻きながら答えた。


「亜美さんのお父様が宇宙連邦政府の高官ですか……。確かにそれなら納得ですね」


 俺は感心するように呟く。だって、この人が未だに懲戒免職処分を受けずに、警察を続けていられるのは、父親の権力によるところが大きいのだろう。




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