第4話 幼馴染は(♂)? それとも(♀)?




悠はここが攻め時と考えたのか、恥ずかしそうに頬を染めながら上目遣いで、このような提案をしてくる。


「もう一度… 確認して… みる…?」

「なん… だと… !?」


その表情も言い方も正直あざとすぎるのだが、年齢=彼女いない歴の俺には効果抜群で、その心は簡単に揺さぶられてしまう。


(くそっ! なんなんだ!? なんで、いちいち可愛いんだ! この生き物は! こんなの反則だろう!!)


俺は思わず唾を飲み込んでしまう。


すると、悠は俺の反応をみてニヤリと微笑み、俺の右手を掴んで自分の胸にもう一度押し当てようとする。


その瞬間、俺の中の理性が崩壊しそうになる。


「うおおおおお!!」

「とっ 智也!?」


(俺のバカ! 俺のバカ!)


俺は悠のその手を振り払うと、掴まれていた右手で自分の頬を何度も叩いて、理性を保とうとする。これには幼馴染に手を出そうとした自分への戒めの意味もあった。


「うわぁ~! 智也がおかしくなっちゃたよ~!!」

(誰のせいでこうなったと思っているんだ!)


俺の当然の行動におろおろしている悠を見て、心の中でツッコミを入れる。

だが、右頬の痛みと引き換えに、俺は冷静さを取り戻してとある事実に気付く。


今までの”ラッキースケベ”イベントは、あくまで目の前の悠が女の子だという証明なだけで、本物である証明ではない。


そして、俺は目の前の悠が本物かどうか確かめる最適な方法を思いつく。


(そうだ! 悠を知る第三者に電話をして確認すればいいんだ!)


そう思い立った俺は、急いでポケットからスマホを取り出して、ある人物に電話をかけた。


『もしもし? どうしたの?』


2コールほどで相手は出てくれた。


「あ…… 母さん。あのさ、今ちょっと時間があるかな?」


俺と同じく悠を昔から知る人物、そう母親である。


『えぇ…… お母さん今買い物中でデパートだけど、別に構わないわよ……?』

「じゃあさ、聞きたいことがあるんだけど……」


そして、俺は目の前の悠が本物か偽物かを判別するために、母親の記憶にある【悠】の事を聞き出すことにした。


「【悠】って、【男】… だよな…?」


俺はちらりと目の前の自称【悠】を見る。

すると、彼女はその俺の行動を黙って見ている。だが、その表情には焦りはなく、むしろ余裕があるのか笑みを浮かべている。それはこれから母親が答える言葉への自身の表れであった。


その悠を見た俺の脳裏に、一瞬嫌な予想が浮かぶ。


『何を言っているの? 悠ちゃんは【女の子】じゃない…』


そして、俺は母親からその嫌な予想通りの答えを聞くことになった。


「…………」

『智也? 聞いているの?』


「あっ うん。ごめん、ちょっとぼーっとしていた」

『もう、しっかりしてよね……。それじゃあ、お母さん買い物の続きがあるから、切るわね』


プツッ ツー ツー ツー 携帯から通話が切れる音が聞こえてくる。

それを見ていた悠は、どこか満足げな表情を浮かべている。


俺はその後、悠を知る友達に片っ端から電話をして同じ質問をするが、返ってきた答えは一緒であった。


『(杉村さん)悠ちゃんは、【女の子】だよ』


2つだけ別の答えもあったが―


『【リア充死ね!】【リア充乙!】』であり、これは悠が女の子であることを示している。


「どう? 満足した? これで、ボクが元から【女の子】だってこと分かったでしょ?」

「……」


「智也……?」

「……」


「もしかして、まだ信じてくれていないの……?」


そう言って悠はまた涙目になりながら、俺を見つめてくる。


俺以外の周りの人間が、悠を【女の子】だと言っている以上、自ずと一番無いと除外していた<3.俺が知らない間に、【悠が女の子の世界線(平行世界)】に来てしまった。>が、最も現実的に考えられる可能性となってしまった。


俺は頭を抱えてしまう。

そんな俺を見て悠は、不安そうな表情で俺の顔色を窺っている。


(そうだとすると、目の前の悠の反応に違和感は無い…。むしろ、俺のこの頑なに信じない態度が、何の罪もない【女の子悠】を傷つけていることになる…)


そこで、俺は自分の中に浮かんだ結論を笑われるのを覚悟で、悠に話して今までの態度を謝罪する。


「――というわけで、信じられないと思うけど、俺は【悠が女の子の世界線(平行世界)】に来てしまったようなんだ。だからといって、今までの悠を傷つける行為が許されるわけではないのは分かっている。本当にすまなかった」


俺はそう言い終えると、悠に向かって深く頭を下げる。


「そっか…… 結局平行世界論にしちゃったか…… 」


悠はそう小さな声で呟く。


「ん? 何か言ったか?」


「ううん。何でもないよ。そうか、平行世界の智也か~。それなら、今までの態度も納得だね… うん… 今までのことは水に流すよ。ボクと智也の仲だからね」


「ありがとう……」


(よかった~! 悠の奴、案外あっさりと受け入れてくれた)


俺はほっと胸を撫でおろす。

そうなると、次に大きな問題が浮上する。


「そうなると、俺は悠の― 君の知っている俺じゃないんだが… 」


そう、目の前にいる悠が俺の知っている悠でないように、彼女にとっても俺は並行世界から来た別の俺になる。


「そうなんだよ… 平行世界論はそこが面倒なんだよね… だから、その辺を有耶無耶にして、押し切ろうとしたのに……」


悠はまた小さな声でぶつぶつと独り言を呟いている。


「悠…?」


俺がそんな悠に声をかけると、彼女は俺の声に反応して顔を上げると


「ボクにとって、平行世界の智也でも智也であることに変わりはないよ? だって… ほら! 話をしていてこちらの世界の智也と同じだったからね! だから、ボクは今まで通りに接するから、智也もボクに今まで通り接していいからね」


と笑顔で言ってきた。


「いや…… さすがにそれは…… 俺が相手をしてきた悠は男だったし… 」


俺はそう言って断ろうとするが 悠は首を横に振ると


「いいの、いいの! ボクはボク! 智也は智也! 二人は今まで通り接して、付き合って結婚する! それでいいじゃない! さあ、家に帰ろうよ!」


そう言って、彼女は議論を強引に中断させると俺の手を引いて歩き始める。

その手は柔らかくて、とても暖かかった。

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