深愛~美桜と蓮の物語~3

桜蓮

エピソード22

月曜日から始まった新学期。

長かった5日間がやっと終わった。

今日と明日は待望の休日。

私の学校の休みに合わせて蓮さんも休みを取ってくれた。

この5日間、蓮さんは毎日私の送り迎えをしてくれた。

朝はマサトさんが迎えに来てくれて蓮さんを事務所に送る前に私を学校に送ってくれる。

帰りは蓮さんがベンツで迎えに来てくれた。

相変わらず二人とも校門の外じゃなくて昇降口の真ん前に車を停める。

朝と帰りの歓声も今では当たり前の光景になりつつある。

最初はプチパニックを起こしていた私も大分慣れて今では普通に行動できるようになってきた。

まだ、みんなの興味津々な視線は感じるけど同じクラスの子達は少しずつ私に話し掛けてくれるようになってきた。

麗奈は、一緒にお昼ご飯を食べに行った次の日の朝、私が自分の席に着くと隣の席に座っていた。

その席に座り一生懸命マスカラを塗っていた。

私に気付いた麗奈はマスカラを塗りながら『おはよう!!』って言った所為で手が滑り目の周りが真っ黒になっていた……。

片目タヌキになっている麗奈に『なんでそこに座ってるの?』って聞いたら『代わって貰っちゃった!!』と嬉しそうに笑っていた。

麗奈が私の傍にいるから、アユムと海斗も私の近くにいるようになった。

休み時間は、もちろん学食でお昼ごはんを食べる時も同じテーブルに4人で座る。

編入3日目の朝には、私と麗奈の席の前に海斗とアユムが引っ越してきていた……。

唖然とする私を他所に3人は意味有り気に笑っていた。

そのお陰で授業中に班を作る時もこの4人になった。

麗奈達といるのはとても楽で楽しかった。

相変わらず海斗は私によくカラんでくるし、口も悪いけどそれも慣れれば逆に楽しい事に気付いた。

ただ、私も海斗もハンバーガーショップでの話はしなかった。

あの次の日、学食でお昼ご飯を食べていた時、麗奈が『昨日、神宮先輩迎えに来てたね!!』って興奮気味に言った。

どうやら麗奈とアユムは2階から見てたらしい……。

『うん』と私が答えたのは耳に入っていない様子で興奮しまくりの麗奈は『美桜、すごいね』って言った。

そんな麗奈に苦笑しながら『なにが?』と尋ねると『あの白いベンツに乗れて』といまいち意味の分からない答えを返してきた。

首を傾げる私を怪訝そうに見つめる麗奈とアユム。

そんな私たちのやり取りを見ていた海斗が面倒くさそうに教えてくれた。

『神宮先輩は自分の車には絶対女を乗せなかったんだよ』

何度も蓮さんの車に乗っていた私は『は?』とすっ呆けた声を出して海斗の顔を見つめた。

そんな私に鬱陶しそうな表情を浮かべた海斗。

『今まで女の子で誰も神宮先輩の車に乗った事がないんだよ!美桜が“初”なんだよ!!』と興奮が最高潮に達した麗奈とそんな麗奈の隣で爽やかな笑みを浮かべるアユム……。

私は小さな声で『そうなんだ』と呟いた。

海斗はダルそうに宙を見ていた。

その様子を見て海斗は蓮さんの事があまり好きじゃないのかもしれないと思った。

蓮さんを心から尊敬して信頼している人が多いけどそういう人ばかりじゃない事も私は知っている。

でも、それは仕方のない事だ。

蓮さんの傍にいるのならそれを受け入れなければいけない。

だから私は、その日から海斗に蓮さんの話はしないようにした。

海斗が学校の中でいつも私の近くにいる事も、私にカラむのも優しさだと思うから……。

他のみんなが私の事を怖がっているのは分かっている。

それは、蓮さんの彼女だから……。

私になにかあれば間違いなく蓮さんが出てくる事をみんなは知っている。

だから、近付いてこない。

でも、海斗や麗奈達と大騒ぎする私を見るクラスのみんなの視線が変わってきている。

少しずつだけど……。

恐る恐るだけど……。

私に話し掛けて来てくれるクラスメートが増えてきた。

そんな優しさをくれる海斗達といつも楽しく笑っていたいと思った。

だから、私が蓮さんの話をすると不機嫌になる海斗の前ではその話題は避けるようにしていた。

何も知らない麗奈がたまに蓮さんの話題を口にしたけどそんな時は必ずダルそうに宙を見つめる海斗。

私はその会話が早く終わるような返事をしていた。

学校に迎えに来てくれた蓮さんはその後ずっと私と一緒にいてくれた。

迎えに来てくれた蓮さんと繁華街で少しだけ遊んで夕食を食べる。

それから、マンションに帰って一緒にお風呂に入る。

夜、私が学校の課題をしている時、蓮さんは同じテーブルでノートパソコンを見つめながら仕事をしていた。

たまに分からない問題を蓮さんが教えてくれた。

日付が変わる少し前に蓮さんと一緒にベッドに入りその温もりに包まれて眠りに落ちる。

それが毎日の日課になっていた。

新学期が始まると一緒にいる時間が減ると不安に思っていた私。

でも、蓮さんは私の不安を打ち消すように傍にいてくれた。

優しく穏やかな笑顔で……。

◆◆◆◆◆

いつもより長く眠った私はすんなりと目が覚めた。

身体を包み込む温もり。

掌に感じる固い感触と規則正しい鼓動。

私はゆっくりと瞳を開けた。

一番に目に入ってきたのは、スヤスヤと眠る蓮さんの顔。

閉じられた瞳の下に長いまつげが影を作っていた。

まるで絵の様に綺麗な寝顔を私はボンヤリと見つめていた。

無意識に伸ばした手が蓮さんの頬に触れる。

指先から伝わってくる優しい温もり。

「……美桜」

蓮さんの少し掠れた声に私の胸は高鳴った。

ゆっくりと開かれる漆黒の瞳。

「目、覚めたのか?」

「うん。でも、蓮さんはまだ寝てていいよ」

そう言った私の顔を見つめる蓮さんの瞳はまだ眠そうだった。

「いい」

「ん?」

「もったいねぇじゃん」

「えっ?」

「お前が起きてんのに、寝てたらもったいねぇじゃん」

蓮さんはそう言うと私のおでこにキスを落とした。

それから私に背を向けてサイドテーブルにあるタバコに手を伸ばした。

私の瞳に映ったのは、色鮮やかに目を引く刺青。

蓮さんの綺麗な肌に映える刺青は私の視線を捕らえて離さない。

「ねぇ、蓮さん」

「うん?」

「痛かった?」

私は背中の龍を指でなぞりながら聞いた。

「そうだな、痛かった気がする」

「……気がする?」

「もう、忘れた」

「そう」

「なんだ?彫りてぇのか?」

「……無理」

蓮さんは楽しそうに笑った。

「そう言えば葵もTATTOOを彫ったってケンが言ってたな」

「は?どこに?」

「どこって言ってたっけな?……あぁ、確か左胸の上んとこだ」

「胸?」

「ケンさんよく反対しなかったね……」

「あ?アイツも背中一面に墨を彫ってんだ反対なんてできるわけねぇだろ」

蓮さんが鼻で笑った。

「……やっぱり……」

「やっぱり?」

灰皿でタバコを押し消し、蓮さんが私の方を向いた。

「海に行った時にTシャツを着てたから……」

「あぁ、そうか」

蓮さんが私の頭を軽く持ち上げ右腕を頭の下に置いた。

その上に頭を置いた私は蓮さんに尋ねた。

「ケンさんは、何が入ってるの?」

「風神雷神と牡丹」

「……それってTATTOO? それとも刺青?」

「ん?あれは明らかに刺青だな」

「……」

……ですよね……。

……でも、どんなのなんだろう?

見てみたい気がする。

「見たいなんて言うなよ」

「へ?」

蓮さんが大きな溜息を吐いた。

「俺以外の男の裸なんか見せるはずねぇだろーが」

「……はい」

明らかに閻魔大王に変身しかけている蓮さんを人間のままでいさせる為に私は慌てて話題を変えた。

「葵さんがTATTOO彫ったのって本当に胸の上なの?」

「ん?なんで?」

「だって、ケンさんは葵さんがビキニ着るのも嫌がるのによく胸に彫れたなぁって思って……」

私は不思議そうに首を傾げる蓮さんに「胸にTATTOO彫るならブラも取らないといけないんでしょ?」と付け加えた。

私の質問の意味をやっと理解したらしい蓮さんが思い出したように笑った。

「ずっと、タオルで押さえてたらしい」

「……押さえてた?」

「あぁ、ケンがついて行ってTATTOOを彫り終わるまで葵の胸をタオルで押さえながら彫り師を睨んでたらしい」

……。

なんか想像できる……。

ものすごくその彫り師さんに同情してしまう。

「まぁ、ケンの気持ちも分かるけどな……」

「……」

「アイツが身体に墨を彫って後悔したのはその時だけだ。『葵の身体、他の男に見せるくらいなら墨なんて彫らなければよかった』って」

「……そう」

「ケンもヒカルも自分がしていることを葵やアユが『したい』って言ったら絶対に反対しねぇからな」

「……タバコ」

「あ?」

「ケンさんやヒカルはタバコ吸うのに、葵さんやアユちゃんがタバコ吸ったら怒るじゃん」

「それは、怒ってるんじゃなくて心配してるんだよ」

「心配?」

「あぁ、葵の親父さんは肺ガンで早くに亡くなってる。ガンは遺伝するっていうからケンはそれを心配してんだ。それに、アユは喘息を持ってるんだよ」

「……そうなんだ」

「それに、ケンやヒカルが注意すんのは目の前で吸っている時だけだろ?」

「……え?それは……どういう……意味ですか?」

蓮さんの言葉に私は確実に動揺した。

「俺達が気付いていないとでも思ってんのか?」

「……!!」

その言葉に私は勢い良く視線を逸らしてしまった。

蓮さんが鼻で笑ったのが分かった。

……正直絶対にバレてないと思っていた……。

根拠は何もないけどバレてない自信があった。

だから、かなりヘコんだ。

……謝ろうかな。

隠れて吸っていた事に罪悪感がフツフツと湧いてくる。

……。

……だめだ!!

ここで謝ったら認めてしまうことになる。

別に私はいいけど、葵さんやアユちゃんの名誉の為にも謝ったりできない。

「ト……トイレ行ってこよ」

私は逃げてしまおうとベッドから抜け出しドアに向かった。

「美桜」

ドアのノブに手を掛けようとした私の身体がビクっと反応した。

「は……はい?」

私が恐る恐る振り返ると蓮さんがベッドの上で上半身を起こして手を差し出していた。

な……なんだろう?

「一人でベッドから出て行くんじゃねぇよ」

……。

私と蓮さんは手を繋いで寝室を出た。

それから、私と蓮さんは一緒にお風呂に入ったりご飯を食べたりして夕方までゴロゴロと過ごしていた。

何度か蓮さんのケイタイが鳴ったけど、多分その全てがマサトさんからだったと思う……。

夕方になると雑誌を読んでいた蓮さんが、テレビを見ていた私に声を掛けてきた。

「晩飯、食いに行くか?」

「うん」

私がそう答えると蓮さんは雑誌から顔を上げた。

「なんか、食いたいもんあるか?」

首を傾げる私。

「蓮さんは?」

「酒、飲みたい」

……えっと……。

……ご飯食べに行くんじゃなかったの?

「居酒屋行くか」

「……うん」

準備をして外にでると今日は曇りだった。

太陽が雲に隠れていて、眩しくはなかったけど湿気を含んだような空気が私の身体を包んだ。

向かったのは駅の近くにある居酒屋だった。

一歩、店内に入るとヒンヤリとした空気に心地良さを感じた。

『いらっしゃいませ!!』

元気のいい声に出迎えられ『2名様ですか?』と尋ねられ『はい』と答えると『こちらにどうぞ!!』と店内の奥に案内される。

数歩、先を歩く店員の後ろを着いて行く私と蓮さん。

その途中の個室の仕切りの陰に見慣れた髪の色を見つけた。

眩しいくらいの金髪。

「ケンさん?」

私の言葉に隣を歩いていた蓮さんが足を止めた。

「美桜ちん!!」

私に気付いて大きな声を出したケンさんの隣から葵さんが顔を出した。

「美桜ちゃん!!蓮くんも一緒じゃん。今、来たの?」

「うん!!」

「一緒に飲もうよ!!こっち、おいで!!」

私は、隣にいる蓮さんの顔を見た。

「いい?」

そう尋ねると蓮さんは優しい笑顔で頷いた。

やり取りを見ていた店員が『どうぞ~!!』と誘導してくれる。

履いていたサンダルを脱いで個室に入った私は驚いて固まった。

「……海斗……?」

目を引く銀色の髪。

驚いたように見開かれたグリーンの瞳。

個室の仕切りに背を向け座っていたのは海斗だった。

「……」

気不味そうに私から視線を逸らす海斗。

「……どうしてここにいるの?」

「海斗、美桜ちゃんに話してないの?」

「……あぁ」

葵さんに問いかけられた海斗は俯いたまま小さな声で答えた。

……葵さんと海斗って知り合いなの?

「海斗、そっちに行け」

海斗にそう声を掛けたのは私の後から個室に入ってきた蓮さんだった。

「こっち来いよ」

そう言って自分の隣を顎で指すケンさん。

海斗がビールの入ったグラスを持ってケンさんの隣に移動した。

葵さんがお箸と取り皿を移動した海斗の前に置いた。

海斗が座っていた席に腰を下ろした蓮さん。

「美桜、座れ」

呆然と立ち尽くしている私に蓮さんが声を掛けてくれる。

私は蓮さんの隣に座った。

「弟なの」

無邪気な笑顔で葵さんが言った。

……。

……今、葵さんなんて言った?

「海斗は、私の弟なんだよ」

「……はい?弟?」

「うん!そう!!」

……ちょっと待って……。

全然、頭がついていかないんだけど……。

葵さんの無邪気な笑顔を見つめたまま私の思考回路は完全にストップした……。

それを助けてくれたのは蓮さんだった。

「久しぶりだな、海斗」

「はい、ご無沙汰しています」

……。

「……蓮さん……」

「うん?」

「……知ってたの?」

「あ?」

「海斗が葵さんの弟だって」

「あぁ」

……はい?

この前、海斗と会った時、何も言わなかったじゃん。

……っていうか、むしろあの時険悪なオーラを出してなかった?

「蓮、この前海斗と会ったんだろ?」

それまでニコニコと私を見つめていたケンさんが口を開いた。

「あぁ。あの時は海斗だって気付かなかった」

「……気付かなかった?」

私はケンさんから蓮さんに視線を移した。

「海斗と最後に会ったのは二年近く前だ。その頃は銀髪じゃなかったし、もっとチビでガキだった」

「蓮さん!?」

海斗は顔を赤くして蓮さんを睨んだ。

ケンさんが「確かに」って言って鼻で笑った。

海斗は顔を赤くしたまま反対を向いてビールに口を付けた。

「調べたんだろ?」

ケンさんが意味有り気な笑みを浮かべて蓮さんを見た。

「まーな」

平然と答える蓮さん。

そんな蓮さんを見てケンさんと葵さんが顔を見合わせて吹き出した。

「お前もなんで蓮に話し掛けなかったんだ?」

ケンさんが海斗の顔を覗き込んだ。

「この前会った時、蓮さんの顔がすげぇ怖かったんだよ」

「……は? 怖かった?」

「あぁ」

海斗から蓮さんに視線を移したケンさん。

蓮さんはちょうどタバコに火を点けようと自分の手元を見ていた。

そんな、蓮さんを見つめていたケンさんが何かを思い付いたように海斗の方を向いた。

「……もしかして、お前……」

「なんだよ?」

「美桜ちんに触らなかったか?」

「あ?」

「例えば……手を握ったり、頭を撫でたり……」

「……?そう言えば、腕を掴んだ」

ケンさんが「……やっぱり」と呟いて大きな溜息を吐いた。

それから、葵さんの顔を見て「言ってなかったのか?」って尋ねた。

葵さんは『ごめん!!忘れてた……』と引き攣った笑顔を浮かべた。

そんな葵さんにケンさんが再び盛大な溜息を吐いた。

「海斗、覚えとけ。蓮に殺されたく無かったら、絶対に美桜ちんには触んな」

……いやいや、ケンさん……。

いくら蓮さんでも、私に触ったぐらいじゃ殺したりしないよ。

そう言おうとして私は言葉を飲み込んだ。

隣にいる蓮さんの顔が……。

すごく怖い。

海斗を見つめる眼が冷たくて鋭かった。

……この人、本当に海斗を殺しちゃうんじゃないの?っていうくらいの眼だった。

あまりにも真剣なケンさんの表情に、海斗は何も言わずに頷いた。

それを見た蓮さんの表情が少しだけ和らいだ。

そんな蓮さんに気付いたのかケンさんが海斗の肩を叩きながら言った。

「こいつは、彼女一筋だから、美桜ちんに手を出す事は絶対ねぇよ。それに、海斗に頼んだのは俺だから」

「あぁ、知ってる」

「だよな」

蓮さんが頷くとケンさんが安心したような表情を浮かべた。

どうやら話の内容を分かってないのは私だけらしい。

口を開く事も出来ない私はただみんなの顔を順番に見ているしかなかった。

その時、

『お待たせしました!!』

頼んだ覚えのないビールが私の前に置かれた。

「……誰が頼んだの?」

「俺」

既にビールを飲んでいる蓮さんが答えた。

「いつ?」

「さっき」

それは、海斗がここにいる事に私が驚き固まっている時だと勝手に理解した私はグラスを持った。

「海斗、なんで美桜ちゃんに話してないの?」

そのグラスを口に運ぼうとしていると葵さんが海斗に話しかけた。

海斗は面倒くさそうな表情を浮かべ反対を向いた。

「海斗!! なんでシカトすんのよ!!」

さっきまで無邪気な笑顔を浮かべていた葵さんが急変した。

今にも海斗に飛び掛りそうな葵さんの肩をケンさんが押さえながら海斗の顔を覗き込んだ。

「海斗、ちゃんと理由があるんだよな? もう美桜ちんに、お前が葵の弟だってバレてんだ。話してもいいんじゃねぇのか?」

ケンさんが優しい口調で海斗に言った。

そんな、ケンさんを見つめていた海斗が小さく頷いて私の方に視線を向けた。

「……悪かったな、黙ってて」

小さな声でそう言った海斗のグリーンの瞳はまっすぐに私を見ていた。

「なんで言ってくれなかったの?」

私は、率直な疑問を海斗にぶつけた。

「……もし、俺が葵の弟だって分かっていたら、気を使うだろ?」

葵さんとケンさんの表情が和らぐのが視界の端に映った。

海斗は拗ねたような表情で乱暴に銀髪の頭を掻いた。

その行動が、海斗の照れ隠しだと私にもすぐに分かった。

「ごめんね、美桜ちん。勝手な事して」

ケンさんが申し訳なさそうな声を出した。

そして、ケンさんは全てを私に話してくれた。

「“伝達”が出ている女を守るのは、チームの義務なんだ。それは、繁華街にいる時だけじゃない。24時間守るのが決まりなんだ」

「うん」

「聖鈴の高等部には、ヒカルやチームの幹部も何人かいるけど、中等部には美桜ちんを警護できるヤツがいなかったんだ。ウチのチームと敵対しているチームのヤツも聖鈴にはいる。だから、海斗に頼んだんだ」

「……海斗はケンさんのチームに入ってるの?」

私がそう尋ねると海斗が「俺は入りたいんだけど」と言って横目でケンさんを睨んだ。

海斗に睨まれたケンさんは「そんな事を俺が許したら、お前ん家の女を全員、敵に廻すことになるだろーが」と笑って海斗の頭を乱暴に撫でた。

海斗がここにいる理由も、葵さんの弟って事も、学校で私の傍にいつもいた理由も分かった。

でも、私にはもう一つ聞きたいことがあった。

「麗奈もケンさんに頼まれたから私と友達になってくれたの?」

一斉に私に集まる視線。

「麗奈?誰だ?」

ケンさんが葵さんの顔を見る。

「知らない」

首を横に振る葵さん。

「違う。麗奈はケン兄に頼まれたんじゃない。自分の意思でお前と友達になりたいと思ったんだ」

「……?」

「夏休みに麗奈とアユムと俺の彼女の4人で繁華街で遊んでた。そん時に麗奈は蓮さんと歩くお前を初めて見たんだ。蓮さんのファンの女からどんなに汚い言葉を投げつけられても堂々と前を見て歩くお前を見て『かっこいいー!!』って大騒ぎしてた」

「……」

「そんで、夏休みが終わるちょっと前、学校に補習で行った時、お前が編入してくるって聞いて『友達にならないと!!』って張り切ってた」

「ケン兄にお前の警護を頼まれたのはそのあとの事だ。俺がお前に近づくのは結果的に麗奈に協力して貰った事になるけど……。麗奈は俺にこの話がなくてもお前と友達になりたかったんだ」

「……そう」

私は不安だった。

麗奈がケンさんや海斗に頼まれて断れずに私と友達のフリをしていたんじゃないかって……。

「よかったな、友達が出来て」

「……うん」

蓮さんの言葉に私は素直に頷くことが出来た。

友達がいないのが当たり前だった。

いなくても全然平気だった。

友達なんていらないって思っていた。

……でも……。

麗奈が人に頼まれたからじゃなくて自分の意思で私と友達になってくれたことを嬉しいと思った。

麗奈に対する感情は、私が初めて持つ感情だった。

「葵!!」

突然ケンさんが大きな声を出した。

友達が出来た喜びを噛み締めていた私は驚きの余りバランスを崩して倒れそうになり後ろの壁で頭を打ってしまった。

……痛い!!

後ろの壁にムカつきながらケンさんの方に視線を向けると、タバコを銜えたまま引き攣った笑みを浮かべる葵さんと、そんな葵さんを睨むケンさん。

「なにやってんだ?」

低い声を出すケンさん。

「美桜ちゃんにお友達が出来たから嬉しくて……。ちょっとお祝いに一服しようかと思って……」

視線を泳がせながら答える葵さん。

「なんで、祝いがタバコなんだ?」

「……だね。あはははっ!!」

「笑って誤魔化してんじゃねーぞ」

「……ごめんなさい」

「ダッセー!!葵、ケン兄に怒られてる!!」

海斗が大爆笑しながらタバコを銜えて火を点けた

「おい、海斗」

ケンさんが再び低い声を出した。

「な……なんだよ」

海斗はスイッチの入ったケンさんに怯えている。

「お前もだよ」

「は?」

「タバコ吸うんじゃねぇよ」

そう言いながらケンさんは海斗のタバコを奪い取った。

……多分、これはケンさんの優しさ……。

葵さんと同じくらい、海斗の事も大事に思っているんだ。

そう思うとなんだか心の中が温かくなった。

それから蓮さんとケンさんと海斗はチーム関係の話題で盛り上がっていた。

私と葵さんにはいまいちついていけない話題だったから私達は二人で話していた。

楽しそうに笑っている三人を見ながら私は口を開いた。

「……海斗は蓮さんの事が嫌いなんだと思ってた……」

「え?」

不思議そうに首を傾げる葵さん。

「学校で蓮さんの話題が出たら海斗の機嫌が悪くなるの」

それを聞いた葵さんがクスクスと笑った。

「海斗は蓮くんの事が嫌いなんじゃなくて、ケンの事が大好きなのよ」

「……・?」

「私とケンが知り合う前から海斗はケンに可愛がってもらっていたの」

「海斗はケンのチームに入れて貰いたくてたまらないのよ。自分がケンを守りたいからって格闘技まで習って……。そのくらい、ケンの事が大好きだからみんなが蓮くんの事を『すごい!!』って言うと怒るの」

葵さんが優しい瞳で海斗を見つめた。

「蓮くんとケンってずっと一緒にいるでしょ?だからどうしても比べられてしまうの。ケンが、前に言っていた事がある。『蓮には何をしても敵わない』って……。でも、『それでも友達でいたい』らしいの……。『なんで?』って聞いたら『蓮は俺がいねぇとダメなんだ』って言ってたの」

「……?」

「その時は言っている意味が分かんなかったけど二人を見ていると何となく分かる気がするの。二人ともお互いを必要としているんだって……」

「……うん。私もそう思う」

葵さんが私にニッコリと微笑んだ。

「あと……海斗は蓮くんが嫌いなんじゃなくてヤキモチなんだよ」

「ヤキモチ?」

「蓮くんとケンが仲良しだから……」

そう言って葵さんは楽しそうに笑った。

ケンさんが、海斗をチームに入れないのも優しさ。

海斗が、蓮さんの話題で不機嫌になるのも優しさ。

ケンさんが、葵さんや海斗にタバコを吸わせないのも優しさ。

海斗が、私に“葵さんの弟”だって言わなかったのも優しさ。

蓮さんとケンさんがお互いの事を思いやる気持ちも優しさ。

麗奈が私と友達になってくれたのも優しさ。

蓮さんが私の傍にいてくれるのも優しさ。

みんなが私の事を考えてくれるのも優しさ。

そう考え出すとキリが無いくらいの優しさで溢れている……。

私は、この人たちと同じくらいの優しさを人に与える事ができるのだろうか。


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