3. サステナビリティという考え方が生まれた背景

 前章で少し紹介したサステナビリティの考え方の発展について見てみよう。

 ことの発端は 1999 年の世界経済フォーラム(*3) の年次総会 (ダボス会議) だ。ここで、当時国連事務総長だったコフィー アナン氏はグローバル コンパクトを提唱した(*4)。グローバル コンパクトとは、世界的に事業を広げる、または広げようとする企業が環境、および人権と労働について共有した意識を持ち、短期的な利益を目指すのではなく、人道的な事業を執り行う、という協定だ。つまり、阿漕な商売でお金儲けするのではなく、世のため人のためを考えてお金を儲けましょうね、というお約束である。この時点では環境 (Environment) の E と、人権と労働の社会的な面 (Social) の S だけだったが、2004 年に腐敗防止 (Governance) の G が加えられた(*5)。これらをまとめて ESG という。


 さて、企業が「うちはグローバル コンパクトに参加する署名をしました、だから ESG に配慮して経営を進めてますよ」と単に言っているだけでは、企業にとっても社会にとっても絵に描いた餅に過ぎない。

 そこで、実際に ESG 経営を促進させる手段として、責任投資原則 (PRI: Principles for Responsible Investment) イニシアティブが、引き続きアナン氏率いる国連主導で 2006 年に組織された。これは投資機関向けの仕組みで、PRI に署名することで、うちは ESG を頑張っている企業に投資して人道的にお金を儲けてますよ、とアピールするためのものだ。

 仕組みは次のように機能する。

 PRI のメンバー投資機関は、自分が投資した企業の ESG の頑張り具合を監視して、一年間の ESG 投資の有効性を PRIに報告する。その報告に応じて、PRI はメンバー投資機関に A+ から E までの 6 段階の評価を与える(*6)。PRI の評価が良ければ、投資機関は資金を集めやすくなる。投資する方も、PRI に署名してる投資機関に頼んで「お金を儲けるんだったら地球に貢献してるところに投資したい」とか ESG の評価に基づいたポートフォリオを作ってもらえたりする。

 それ以上の PRI の利点は、投資機関が投資対象の企業内に ESG の仕組みを共同で構築していく点だ(*7)。今までは ESG に無関心だった企業が投資家にアピールするために PRI に ESG を経営に組み込むような効果が期待できる。また、地球に優しい製品を作っていたのに以前はあまり評価されていなかった企業において、投資先に選ばれることで企業価値が上がるのも利点だろう。

 このように PRI は、投資家と企業に ESG を考慮することでお金儲けができる仕組みを与えた。アナン氏は上手いことを考えたものだ。


 これとは別に SDGs がある。SDGs は、Sustainable Development Goals (持続可能な開発目標) の略で、国連が 2015 年に提唱した。日本語では、こういう略称は SDG と複数形の s は付けないで表記するのが普通だが、なぜか SDGs には s が入っている。誰が日本語でも s を入れると決めたのか知らないが、目標が複数あることを強調したかったんだろう。

 さて、SDGs を説明する前に、SDGs の元になったミレニアム開発目標 (MDGs: Millennium Development Goals) の説明が必要だ。MDGs は、「開発途上国の貧困問題を解決するための世界共通の開発目標」で、国連主導で 2000 年に提唱された。そしてこれは、主に各国政府が 2015 年までに世界の貧困や不平等を減らすために努力する目標だった。しかし、成果は思ったように上がらなかった。同時に 2015 年に至るまでに企業のグローバル化は進み、(先進国で販売する製品を発展途上国の安価な労働力で生産するなど) その社会的な影響と投資額は政府を上回るものとなった。そのため国連は、前述のグローバル コンパクトと併せて、2015 年以降、2030 年までの開発目標を実行しやすいように細かく設定し、企業にも開発目標の一端を担うように提唱した。これが SDGs だ(*8)。


 SDGs には PRI のような促進機構は無い。したがって、投資機関や企業に直接的な利益は無い。しかし、SDGs の達成は政府にとっての評価に繋がる。実際に SDGs の「13. 気候変動に具体的な対策を、14. 海の豊かさを守ろう、15. 陸の豊かさも守ろう、16. 平和と公正をすべての人に」あたりは本気でどうにかしないと切羽詰まったところまで来ている。政府ばかりでは手が回らないので、どの国でも実際は企業に頑張ってもらうしかないというのが実情だろう。そのため日本では各省庁が補助金を出したり、前述の ESG 投資の高まりを強調して企業に対して SDGs への取り組みを強く推奨している。


 次章では、企業が SDGs を導入する手順について説明する。




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