美術館での出来事

人はこれをきっと運命と呼ぶ

 あっという間に時間が経った。

 テレビで録画してた番組を消化していってるとすぐに11時半になった。

 自宅から美術館は徒歩15分程。余裕を持ちたいからこの時間に出るのだ。


 お出かけするということなので軽く化粧をすることにした。

 まずは日焼け止めを露出している部分に塗る。そしてファンデーション。

 そしてアイブロウでさっさと眉毛を描く。そして薬用色付きリップを塗る。

 これで化粧は完成。この時は本当に化粧への興味が無く最低限しか持ってなかった。

 口紅は薬用色付きリップで済ませる。ファンデーションはプチプラ。

 日焼け止めだけは1000円ちょいする少し高めのものを使用していた。


 お母さんが日焼け止めは少し高めのを使って特に夏は毎日つけなさいと口うるさく言っていた。

 だから仕方なく毎日つけているのである。

 今でも日焼け止めを夏は毎日つけている。

 理由は特になく強いて言うなら、日には焼けたくないからくらいだ。


 メイクが完成した時にはいつもより少し可愛くなっていた。

 がっつりとメイクすればもっと変わるのだろうけどその時はこれで満足していた。

 「さてと出かけるとするか」


 エコバッグに財布を入れて手に持ち、出かける準備は万端。

 忘れ物はないかと何回か確認。そして家を出た。


 両親がいつ帰って来るか分からないからポストに鍵を入れておいた。

 日差しが眩しい。今日は本当に暑い。そして蝉の鳴き声も一段と五月蠅い。

 これが友達と美術館に行くはずだった日の有り様だろうか。全くそうとは思えない。

 もしかしたらこの天気の時点で一人で行く運命だったのかな。

 気を抜くとため息が出てしまいそうになる。


 人通りはそこまで多くなかった。今日が平日というのもあったのだろう。

 金魚たちもそこまで多くなかった。もっと別の場所で泳いでいたのかもしれない。

 美術館は高校からだとなんと徒歩10分程なのだが、ゆっくりと見たいし学校帰りだと

 鞄が重たいということもあり休みの日に行くことにしたのだ。

 こういうものは極力荷物も少なくしてスケジュールに余裕がある時に見るのがいい。


 美術館の入口の前には男子達が駄弁っていた。遠目からだから誰なのかは分からない。

 もしかしたら知り合いかもしれない。美術館の少し近くにある掲示板から様子を見ることにした。

 この掲示板は隠れるのにも最適だし距離もいいくらいだ。

 顔もここから見て分かる。音を立てないように掲示板の裏から覗いた。

 彼らは野球のユニフォームを着てスポーツバッグを持っていた。みんな同じものだ。

 そのカバンのデザインに見覚えがあった。同じ高校の野球部の人達だ。


 何でよりによって美術館の入口の前にいるのだろうか。最悪だ。

 しかもほとんど同級生ばかりじゃないか。何名かは知らない顔がいるけど。

 となると必然的に大河君もいるということになる。嘘でしょ。

 日々のリラックスや癒しの為に来たと言っても過言じゃないのに、どうして。

 何回か見たけどそこに大河君の様子はなかった。今日は休んでたのかな。


 とりあえずバレないように麦わら帽子のつばを下げる。

 今日は片手で数えれる程しか履いていないヒールにしようと思っていたけど

忘れていたからサンダルを履いている。

 気付いた時には若干後悔したけど、この状況ならサンダルの方が慣れているから有難い。


 今のあたしは外国のスパイ。見つかったら任務は失敗、命はない。

 そう言い聞かせて掲示板から恐る恐る出ていく。

 幸い有難いことに掲示板付近の人通りはほとんど少ない。

 人目を気にせずにベストなタイミングで行くことができる。

 でもあまりリスクは犯したくない。しばらくここで待ってみるとしよう。


 数分ほど待ってみたけど一向に退く気配はない。

 このまま待っているのは時間を無駄かもしれない。ここは腹をくくるしかない。

 そもそもあの人達の中での認知度はクラスメイトくらいだ。

 話しかけたこともないしお互いに興味がない。ならバレる確率は更に下がる。

 なんだ。それならタイミングを見計らう必要もない。ただ通り過ぎるだけでいい。


 早歩きなどすることもなくただ普通に歩く。大丈夫、大丈夫、バレない。

 傍から見たらただの通行人に見えるだろうけど心臓はバクバクだ。

 野球部の人達の後ろをさっと通り過ぎると、美術館の入口に通じる階段が出迎えてくれる。

 ここまで来るとひと安心だ。まだ気は抜けられないけどもう大丈夫と言っても過言じゃない。


 そう胸を撫で下ろした途端に強い風が吹いた。さっきまで風なんて吹いてなかったのに。

 そして麦わら帽子は宙を舞った。といっても深く被ることができないデザインだったのだ。

 「あっ」

 自分では分からなかったけど想像以上に大きい声だったのだろう。

 野球部の人達が一斉に見てきた。完全にやらかした。

 しかも強い風が吹いたのはたったの一瞬だけ。

 麦わら帽子は入り口付近の階段を上り終えた場所へとゆっくり落ちていく。

 「水本じゃねーか」

 きっとクラスメイトの誰かが言ったのだろうけど、無視をして階段を駆け上がった。


 今は風が吹いていない、けどまた吹くかもしれない。

 地面に落ちたら出て来た誰かに踏まれるかもしれない。何が起こるか分からない。

 早く取り戻したかった。その一心だった。

 この足のスピードだと地面に落ちるギリギリに辿り着くかどうか。

 最悪、人が来たら声を上げてどうにかしよう。

 まだ新品で今日使ったばかりなのに汚したくない。もっと大事に使いたい。

 

 あと数分もしたら辿り着くだろうと思っていたら入口から誰かが出て来ようとしていた。

 これはまずい。早く伝えなくては。

 「すいませ~ん! ちょっとそこで止まってて下さいっ」

 その人影は声に気付き入口から出ようとするのやめ美術館の中に戻った。

 良かった、きちんと声が届いてたみたい。風も吹かなさそうだしどうにかなりそう。


 階段を上り終えると同時に麦わら帽子も地面に落ちた。

 ラストスパートで走ってそこまで行く。お利口に待ってくれていた。

 しゃがんでそれを手に取ると反射的に立ち上がりガッツポーズをした。

 「やったぜっ」

 後ろにいる野球部の人達に気付かずに。この行動に大笑いしだした。

 またやらかしてしまった。もう本当に今日は何なの。

 野球部の人達には会うし麦わら帽子はどこかに飛んでいきそうになるし。

 つい涙が滲んだ。このままだと泣きだしてしまいそうだ。


 もう出ても大丈夫だと思ったのか人影は外に出ようとしていた。

 すりガラスの扉だから顔は分からない。心配かけないためにも急いで涙を拭う。

 そして人影は姿を現した。

 「結……?」

 「大河……君」

 人はこれをきっと運命って呼ぶのだろう。こういう場面に使うのだと、その時にそう思ったのだった。

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