想定外の連絡

 この7月31日という日程。それは文香と入念に話し合って決めたものだ。

 お互いのスケジュールを確認して、この日ならゆっくりと楽しめるなとなりその日になった。

 パンフレットから事前に分かる限りの情報を知った。

 どんなお土産があるか。どういう巡回ルートかなどを把握しておいた。

 

 美術館に行くということが人生で初めてだった。

 そもそも小さい時から美術というものにあまり興味がなかった。

 だから親に美術館に連れて行ってもらうなんてことがなかったのだ。

 美術をそこまで好きじゃないと知っている。

 だから遊園地や動物園やデパートや公園などに連れて行ってくれた。

 

 お母さんは美術がとても好きだった。描くのはあまり上手くなかったけど。

 よく本に載っている絵画を小さい頃から見せてくれた。でもそこまで興味を示さなかった。

 それでこの子は美術があまり好きじゃないと両親は分かったのだ。


 それが分かってからお母さんは全く美術館に行かなくなった……というわけではなかった。

 勿論0歳~2歳頃くらいは子育てが忙しくてそれどころではなかった。

 でも3歳ごろから。どうしても行きたい展覧会があったらお父さんに子守を頼んだり

 親しい人に頼んだりして一人で見に行っていた。

 それくらいお母さんは美術が好きだった。のに対して自分は好きでないのだ。

 お父さんもあまり興味がないから、そこはお父さん似なんだなと思っている。


 そういうことがあって美術館に行くのが今回が初めてだった。

 だから一週間前に決めてからとても楽しみでわくわくしていた。

 パンフレットで美術館の情報は知っているから内装も分かっているけど

 実際に見たらどう感じるのだろう。どんな絵画があるだろう。初公開の絵画はどんなものなのだろう。

 そんなことをたくさん考えていた。とても楽しみにしていた。


 そして7月31日。

 12時くらいに着いて美術館の中にあるレストランでご飯を食べようと約束していた。

 起きた時刻は10時。スマホのタイマーに設定していた時間と丁度ジャスト。

 朝をゆっくりしながらかつ約束した時間に間に合うのは10時だな。となってその時刻に設定したのだ。

 スマホのロック画面に通知が表示されていた。それはLINEで相手は文香だった。

 『ごめんっ! ちょっと風邪ひいていけなくなっちゃったかも~』


 昨日は会っていなかったけど、LINEでやり取りをした。

 文章からはとても元気に見える。風邪のかの字すらも見えない様子だった。

 それがよりにもよって当日に風邪をひく……何かのドッキリだろうか。

 あまりにもタイミングが良すぎるのではないか。


 この文章を見た瞬間に衝動的に叫んでしまいそうになった。しかしそれをグッとこらえてLINEを送った。

 『とりあえず色々聞きたいから今から通話できない?』


 すぐに既読がつき文香からの着信画面になった。

 机の引き出しの中から無線イヤホンを取り出し両耳に装着。

 通話ができる準備万端の状態になった自分。ベッドに座りそして通話に出たのだった。


 「もしも」

 『ごめんね~。結ちゃんっゴホッゴホッ』

 電話をかけた瞬間に文香の大声謝罪が耳に飛び込んできた。更に咳もセット。鼓膜が破れるかと思った。

 「とりあえず何があったのか話を聞くだけ聞くわ。何があったの」

 『実は~クーラーをタイマーせずに眠っちゃって、朝起きたらね~。喉は痛いしなんか頭はぼーっとするし、鼻水止まらないし~風邪……ひいちゃった』


 想像以上に下らない理由だった。

 クーラー点けっぱなしでそんなに凄いレベルの風邪をひくのだろうか。

 布団に入らずにお腹を出したまま寝たのではないだろうか。

 ただ、風邪は思ったよりも症状は重たそうだからそれは言わないことにした。

 「大丈夫なの? 聞いてる感じだとなかなか症状重たそうじゃん」

 『うんっ。市販の風邪薬を飲んで少しだけ良くなったから今からもっかい寝るんだ~』


 この調子だと文香はどう足掻いても今日は行けなさそうだ。

 「どうする? 今日は延期して別の日にする?」

 『そうだね~そうしてくれたら有難いよ~また決め直そ~』

 「OK。お大事にね」


 文香との通話を終えたあたし。ただ一つ問題があった。

 お昼ご飯がない! まさかこんなことになるとは思ってなかった。

 お母さんは市外の美術館に出かけてるしお父さんは仕事。

 この日以外は今週ずっと家にいるのによりにもよって今日いない。

 どこかにご飯を買いに行くか、食べに行くかしないといけない。


 つまりどうあがいても家を出ないといけないのだ。

 「……デリバリー頼もうかな……」

 ふとそんな考えが思いついた。でも何が食べたいのか一向に思いつかない。

 「やっぱ一人で行くか。美術館」


 美術館の未公開の絵画も気になるしレストランにも行ってみたかった。

 どっちも同じくらいに気持ちが強く、そうすることにしたのだった。

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