予想外の天気

 思い出した。あたしは大河君に恋をしていたんだ。

 まだ出会った時は多分恋というものではなかったと思うけど。

 何でこのことを今まで忘れていたのだろう。

 そう思うくらいにその記憶は鮮明に思い出せた。

 まるで何か一本の映画を見ているような感じだった。


 「思い出しましたか?」

 小村さんの声にあたしはハッと我に返った。

 「その様子だと思い出したようですね」

 小村さんはにこっと優しく微笑んだ。

 そう、大河君との出会いを思い出したのだ。

 まだそれしか思い出していないけど。今日はそれを思い出せただけで上出来だ。


 「もし他に思い出したいのならあなたがパッと思いついたものに心のままに行動して下さい。もしあなたが何も思いつかなかったとしてもその金魚様があなたの代わりに何をしたらいいか教えてくれますよ」

 金魚様と小村さんが呼んだあいつはこの空間を広々と泳いでいた。


 今までの自分ならそうとは全く一ミリもそう思えてなかった。

 けど小村さんの話を聞いて、本当にそうなんだろうなと思えた。

 「そして今回のことを思い出す以外にあなたの人生に役に立つ考え方を教えますね。とその前に」

 小村さんはそう言うと大きな藍色の傘をくれた。


 どこから取り出したのだろうかと思いながらも受け取った。

 「外は雨が降っていますからね。是非ともこれを使って下さい。返さなくて大丈夫ですよ」

 全く音が聞こえなくて雨が降っているように思えなかった。

 もしかしてこのテントの中が防音されているということかもしれない。

 普通の紫色のテントでとてもそうには見えないけど。

 「少し様子を見て来ても大丈夫ですか」

 小村さんは頷いた。あたしは席を立ちテントの外を覗いた。


 覗いた途端に雨がザーッと降っている音があたしの耳に入ってきた。

 外は土砂降りだった。空は暗くたくさんあった屋台も一つ残らず無くなっていた。

 数時間前までの祭り騒ぎが嘘のように思える光景が目の前に広がっていた。


 「あれから一時間ほど経ちましたからね。皆さん急に雨が降って、すぐに店じまいをしたのでしょう」

 「一時間も?!」

 そんなに経った実感がなくてつい驚いてしまう。

 「それ程夢中になっていたということですよ。それでは話を戻しまして言いますね」

 ずっとフードを被っていた小村さんはフードを外した。

 きっととても真剣な話なのだろう。


 「まずは普段使う言葉に気をつけて下さい。しんどいやだるいなどあまり言わないように。そんなマイナスな言葉ばかり使っているとよく体調を崩しやすくなりますし、そう言いたくなるような現象を引き起こしてしまいます。ですからツイてるや幸せなどプラスな言葉を日頃使うように心がけて下さい。全く言うな、というわけではありません。溜め込んでしまうのも良くありませんから、適度に吐き出すと良いですね。紙に書く方法が個人的にはオススメです。そして次に出来事に良い悪いとジャッジをしないで下さい。人は色々とジャッジしてしまいがちですが出来事に良いも悪いもないのです。一見悪いと考えてしまいそうな出来事もベストなタイミングで起きていて意味があるのです。他にもたくさん言いたいことはあるのですが」

 小村さんは半分に畳まれた紙をテーブルの上に置いた。

 「私が伝えたいことはこの紙に全て書いてあります。いつでもいいので読みたくなったら読んで下さいね」

 紙を受け取り鞄の中に入れた。


 にしても土砂降りか。帰るのが億劫に感じるな。

 そんなことを考えながら私は席を立った。

 「今日はありがとうございました。少しずつあたしのペースで思い出していこうと思います」

 「こちらこそあなたのお役に立てて良かったです。これからあなたにどんなことをして金魚様が思い出そうとさせるのか私にも分かりません。でも大丈夫です。なるようになるのです」

 きっとどうにかなる。大丈夫だと心の底から思えた。

 小村さんの言葉にはとても説得力があった。


 鞄を持ち外に出た。外の空気はとても肌寒く感じた。

 ただとてもうるさかった雨がたった数分で静かになっていた。

 肌に霧のような雨粒が当たった。もしかしたらまた降ってくるかもしれないな。

 そんなことを考えながら、傘をさして自宅まで帰ることにしたのだった。

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