#13 ぼくのともだちだから


 凛とした声が響いた。

「誰!?」

 サディスト様の困惑。大声が脳に響いて少しだけ戻った理性が、状況を理解した。

 ――救世主が、現れたんだ。

 銃声が鳴り響いて、空からひとつの小さな人影。

 こつり、靴が音を立て。

 降り立った彼女に、ぼくは這いつくばりながら声をかける。

「エミ、リー……」

 そこにいたのは、黄色い魔法少女だった。

 小柄で未発達の身体。

 白の長手袋に包まれた腕。黄色いリボンとフリルで飾られたバルーンワンピースは、華奢な彼女を可愛らしく飾り立てる。ドレスと揃いの黄色い花の衣装の靴と純白の二ーソックスが華美な意匠に映えて美しい。

 編み込みのある内巻きロングの金髪。それは彼女のトレードマーク。

 幼げな顔に似合わないきりっとした目つき。花の色の瞳は、しかし優しく地に伏せるぼくを見つめた。

「にーにってば、力使いすぎ。ばか」

「あは……んっ。ごめん」

 笑おうとして失敗して、それをエミリーはくすりと笑い。

「いいのよ。それより……アレ。あたしが片付けていいよね」

 言って、闇堕ち魔法少女――レンちゃんに、手に持った古式の華美な意匠を施された拳銃を向けた。

 ぼくの心は一気に冷める。

「やめ――」

「安心して。……苦しまないように、一発で殺しきるから」

「だから、やめてっ」

 古式の銃を取り出すエミリーの足首をつかんだ。

「なに!? やめて! こいつ殺せ――」

「だから、殺さないで!」

「なんで!?」


「ぼくの……ともだち、だからっ!!」


 叫んだ。ぼくは叫んで、掴んだ足首を引っ張った。

「痛っ……なにするの!」

「ぼくの友達を殺さないで!」

「あんた、わかってるの!? 闇落ちした魔法少女は――殺すしかないってこと!」

「……っ」

 そして、唇を噛んだ。

「闇落ちした魔法少女はもう元には戻らない。ただ魔獣を作り出して魔法少女を憎むだけの怪物になる。それじゃあ、どうやっても待つのは悲劇だけ」

 悲しげなくっようで話すエミリー。

「殺してあげるのが……そう、最良の結末なのよ」

 言いづらそうに、苦し気に言い切る。

「でも……」

「でももだってもないわ! 助ける方法なんてあったら……あたしも使いたかったわよ……」

 ――そういえばエミリーは、かつて何人もの友達を手にかけたと言っていた。

 友達とは、なんの隠喩でも比喩でもなく、本当に友達になっていた子たち。それを、この手にかけた――殺害した、ということだ。

 ぼくと同じ状況。それに何度も出くわし、つらすぎる一択を選び続けてきた、ということだ。

 それは辛かったのだろう、とは前から思っていた。けど、実際に同じ状況になると、胸の苦しみは想像以上で。

「ふふ、仲間割れ? ざまあないわね、魔法少女」

 笑うかつての仲間に、僕は頭を抱えて――。

「――っ!?」

 突然、彼女は額を抑えた。

 どうしたんだ。目を見開いて息を荒げ始めるサディストにぼくは驚愕し。

「……チャンスね」

 ぼくを蹴飛ばして銃を構えるエミリーに、舌打ちするサディスト。彼女は地を蹴って、空中に跳びあがる。

「待ちなさいッ!」

 叫ぶエミリー。逃げるサディスト。そして、僕は――ただ、泣いていた。


    *


 頭が痛い。ひどく頭が痛い。

 それが魔力切れの証であることに気付いたのは、数秒後のことだった。

 魔法が一気に使えなくなっている。

 なんでなの!? なんで、いきなり――。

 頭の中で聞こえたもう一人の自分の声。

『時間切れよ、カレン』

 ……時間、切れ。

 脳内によぎった言葉に、アタシは目を見開く。

 時間制限なんてあるんだ。……この姿になったから、かなぁ。

 逃げるアタシ。けれど、遠目に見える魔法少女――特に、ピンクの衣装を着た少女に、自然と目を惹かれ――。

 銃声が響いた。慌てて避けて――なびいた髪が魔力の弾丸に当たって揺れる。

 ――逃げなきゃ、殺される。

 ――あれ、なんで生きなきゃいけないの?

 冷静になると、そんな考える意味もないようなことまで考えそうになって、頬を叩く。

 やがて、川の土手の野球場に出る。

 でたらめに逃げ回っていたけれど、どうやら魔法少女から逃げられたみたい。

 ほっと一息ついて。

『なんで魔法少女をやっつけられなかったの、カレン』

「それは」

 もう一人のわたしが詰問する。

 倒そうと思えば、倒せたかもしれない。エミリーとやらが現れる前に、限界になったミカちゃんを叩いて、力を奪えたかもしれない。

 すべて可能性だけど――あのとき、もう一つ魔獣を出していれば。

「……どうして、なんだろ」

「考えなくてよいぞ、そんなことは」

 老人の声。アタシは後ろを振り返る。

「ドクターちんちん、だっけ。何の用?」

「魔獣の補給じゃ。どれ、少しキャッチボールでもせんか?」

「しないわよ、そんなこと。アタシは疲れてるの」

 ため息を吐くわたしに、ドクターちんちんは近寄って。

「かなりの変態力を消費したようじゃな」

「わたしは変態じゃ――」

 言いかけて、やめた。

 そうだ。わたしはへんたいだ。だから、こんなおかしなカッコで、魔獣なんかを操って。

 傷つく友達を見て、喜んでたんだ。

「そうね。……あーあ、疲れちゃった」

 なんだかもう、どうでもよくなっちゃった。

 ため息を吐いて、四肢を大地に投げ出す。

 こうして、わたしは本能にすべてを委ねた。


 ――スマホに入った一件のメッセージを見るまでは。

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