【後輩の少しだけ真面目な話と、その後】



「お風呂、ありがとうございましたー。タオルまで貸してもらっちゃって……。本当にすみません。ここに置いておけばいいですか?」

「はーい、わかりました」



「さてさてー。お楽しみの膝枕タイムー!」

「ほら、せんぱい! こっち! ベッドに来るの! ここに座るんですよう! 私のとーなーりーっ! よしよし、オッケーです」

「じゃあせんぱい、失礼して……。わはー、せんぱいの膝枕だーっ!」


「……ところで、せんぱい。他の女の子には、こんなこと、してないでしょうねえ……?」

「してない? そうですか。ふふっ、ジョーダンですよ、ジョーダン。ちょっと意地悪言ってみただけです。ちょっと心配になっちゃっただけですよー」

「そうです。ちょっとだけ、心配になっちゃっただけですよーだ……」



「……私、ワガママですよね……」

「付き合っているわけでもないのに、勝手に部屋に上がり込んで、好き放題言って……。せんぱいが優しくて、強く断れないのを分かってて、ワガママ言ってるんだ……」

「私以外と遊ばないで、なんて、言える立場じゃないのに」

「ただの後輩でしかないのに」

「……今だって、そう」

「こうやって弱みを見せれば、優しくしてくれるはずだ、って思っちゃってる」

「せんぱいなら私を追い出さないし、泊めてくれるし、もしかしたらその先も……って」

「全部、ぜーんぶ、計算づくなんですよ。嫌な女でしょ?」


「でも、せんぱいはそれすら分かってて、それでも、せんぱいは私に優しくしてくれるんですよね……?」


「ほら、今もそうだ。慰めようと頭を撫でて、涙を拭って、優しくして……」

「ずるいなあ、もう」

「また少し、さっきよりももっと、せんぱいのことを好きになっちゃうじゃないですか」



「……ねえ、せんぱい? 少しだけ、私の話を聞いてくれますか?」

「きっと、せんぱいは分かってるんでしょう? 私がどうしていきなり、せんぱいのところに来たか、って。『何か辛いことがあったんだな』って思ったから、どうしてここにいるんだとか、家に帰らなくていいのかとか、深く訊かなかったんですよね……?」

「……ふふっ。つまんない話ですよ?」


「…………お父さんとお母さんがね、ケンカしたんです」

「ううん、してるんです。ここ数日、ずっと」


「私の両親はね、すっごく仲が良かったんです」

「周囲からもおしどり夫婦って評判で、親戚からは呆れられるくらいにラブラブで、私が生まれた後も、大きくなっても、デートに行ったりしてたんです。ちょっと珍しいでしょ?」

「私にとって、二人は自慢の両親で、憧れのカップルでした。だから昔から、こんな夫婦になりたいなー、って思ってたし、なれると思ってたんです」

「でも、そんな二人が、大喧嘩して……。……びっくりしました」

「『あんな風に大切に想い合っていた二人の仲も、壊れることがあるんだ』――って」

「そうしたら、急に不安になったんです。なんて言えば、いいのかな……」

「そう」


「せんぱいのことを想う気持ちに、自信が持てなくなったんですよ」


「ふふ……。おかしいですよね? 私は本当に、ずっとせんぱいのことが好きで、本当に好きで、その気持ちに嘘はないし、その気持ちを伝える努力をしているつもりです。鬱陶しいなとか、ワガママだなとか、思われるのは全部覚悟の上で、せんぱいのことが好きだから、それを素直に伝えよう、態度で示そうって……」

「そんな風に毎日を過ごしていたのに、両親が言い争う様を見た、たったそれだけのことで、自分自身の気持ちに自信が持てなくなった……っ」

「……バカみたいでしょ?」

「そう思い出したら不安で仕方なくなって、すぐに会いたくなったんです」

「今すぐ会って、自分の気持ちを、せんぱいのことが好きなんだってことを、確認したくなった……」

「ふふっ、おかしいでしょ? そんなことをしたところで、お父さんとお母さんが仲直りするわけでもないし、せんぱいと付き合えるわけでもない……」


「……ううん、違うな」

「今、分かった」

「こうやって事情を話して、涙を流している様を見せれば……。せんぱいなら、もしかしたら……。もしかしたら、私に同情して……愛してくれるんじゃないか、って……。全部、受け入れてくれるんじゃないか、って……!」

「最低だ……!」

「本当に、嫌な女だ……。私……っ……!」



「……ごめんなさい、せんぱい。色々、本当にごめんなさい」

「私、今日は帰ります……!」

「ごめんなさい……ッ!!」



「―――きゃっ!」

「ちょっ、ちょっと! なにするんですかっ! いきなり後ろから抱き締めるとか、そんなの反則ですよっ……!?」

「…………え?」

「ここにいても、いいんですか……?」

「『もう遅いから』って、そりゃ確かに時間は遅いですけど、そんなの、ワガママしてた私の自業自得ですし……。第一、全部、計算づくだったんですよ? 聞き分けのないフリをして、慰めてもらおうとしてたんですよ? せんぱいが引き留めてるのは、そんな、最低な女なんですよ……?」

「……え、『楽しかった』って……? 『話してくれてありがとう』って……っ!」


「……もうっ!」

「せんぱいは、どこまでお人好しで、優しいんですかっ! 悪い女に騙されても知りませんからねっ!? 具体的には私みたいな子に!! どうするんですか、これも私の思惑通りだったら! せんぱい、私の手の平の上で転がりっぱなしですよ!? 踊らされまくりですよ、せんぱい!!」

「それでも、いいんですか……?」

「……そうですか。せんぱいには、私が泣いてるってだけで、その姿を放っておけないってだけで、優しくするには十分なんですね……」


「その気もないのに優しくして、勘違いさせて……」

「せんぱいって、本当に……。悪い人……」


「でも……。ありがとう、大好き……」



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